27 アルファベットでBLです
「———それだけじゃないの。撮影時のアングルからすると、不可思議なことにメインは拓馬君なのよ」
不可思議で悪かったな。いやしかし、
「なんで委員長の動向にそんな詳しいんだ?」
「えー、だって風見君の周りの女子は一人残らず監――」
言いかけて、
「偶然、気付いたの。それが何か?」
「しかし、あの人と俺は大した接点はないぜ」
強いて言うなら、穂乃果の命令で本を取り戻すため、ちょっと無茶しただけだ。
ん? あれが変な風に受け取られてないだろうな。いや、1年生のお茶目くらいで堅物の上級生がそんなまさか。俺のことを?
「えー、そんな馬鹿な。いやいやいや、まさか。ねえ?」
「うわ、キッモ」
はい、キモイとか止めてください。思春期男子、マジで凹みますんで。
「あのね、あなた身の程知らずにも穂乃果ちゃん好きなんでしょ」
いきなりの爆弾発言。
「え、そんな。誰から聞いた?」
「バレバレよ。あなたは穂乃果ちゃんの幼馴染ってしか武器がないんだからね。ひたすら誠実で忠実に、安心できる存在でいるしか見込は無いんだから」
「つまり、それを心がければ俺にもチャンスが?」
「そうね。穂乃果ちゃんが将来、夢破れて恋に疲れ果て実家に出戻ってきた時とかにワンチャンあるかもよ」
俺のチャンス、そんなに限定されているのか。打ちひしがれる俺を知ってか、登呂川はスマホを見て目を輝かせた。
「あ、二人とも駅に着いたって。私、建物の前で待ってるから拓馬君はここで待ってて」
風のように去っていく登呂川。そういえば水無月は店に直接来るとか言ってたな。
見回すと思いの他、近くに水無月の後ろ姿。
「おーい、なにやってんだ」
「それが、バラしたら戻せなくなった」
プラスチックの小山の前で悄然と佇む水無月。
手描きポップを見る限り、元は蛙の形をしたキッチンツールのセットだ。今は原形を留めないバラバラぶり。
「よし、こっちの色違いを参考にバラして作りを確認しよう」
「なるほど」
間もなく、バラバラの小山が二つになった。
「秋月、使えないな。そんなんじゃ掛彬にふられるぞ」
「え、聞いてたのか」
「聞いたって、何をだ?」
嬉しそうな笑みを浮かべる水無月。また弱みを一つ握られた。
「しかし、なんというかお前の恰好」
水無月はブカブカのパーカーとプリーツスカート。学校にこの恰好で来てても気付かないぞ。なんて代り映えがしないのか。
「ふーん、何か文句あるのか」
「いえ、とてもお似合いです」
思わず敬語。と、水無月とグダグダしている俺の服を引っ張る手がある。
「もう、何やってるの」
真打登場。穂乃果が眉をちょっとひそめながら、俺を睨みつけている。
そんな穂乃果は、緑がかったモノトーンの花柄ワンピになんかチョッキっぽいのを着ている。可愛い。
小さな花のついたヘアピンも可愛い。つまりは穂乃果は可愛いということだ。
「それが、カエルがバラバラになって、困ってるんだ」
「ちょっと私に貸してみて」
穂乃果は手際良く二匹のカエルを組み立てると、俺と水無月を強制連行。
「マグカップ選んでるんだから、二人とも一緒に見て」
「じゃーん、ちょうど柄が5種類あるの。一人一個、選ばない?」
嬉しそうにマグカップを並べる登呂川。風見は何気なく一番端のカップを手に取る。
「これ、ライオンか」
「じゃあ、私はウサギ。やーん、風見ライオンに食べられちゃうー。パクパクー」
なんだこのバカップル。
浮かれまくる登呂川の横、風見はライオンの虚ろな瞳をひたすら見つめている。
「私、先に選んじゃったんだけど。良かったかな」
穂乃果の選んだカップには、丸い顔をした動物の絵が。
「タヌキか。可愛いな」
「アライグマ」
クールに訂正する穂乃果。
さて、残るはカエルとアリクイだ。水無月はカエルのカップを手に取ると、じっと見つめる。
「私、これ」
どうやら気に入ったらしい。俺は残ったアリクイだ。模様からするとミナミコアリクイといったところか。
「じゃあたっくん、一緒にレジ行こう」
なんか今日は穂乃果がグイグイ来るぞ。レジで財布を出しながら、
「ねえ、私が来る前、水無月さんと何の話してたの?」
疑わし気に俺を見る。
「ああ、なんかバラバラになったのが戻せないってんで、俺もチャレンジしたらあんなことに」
「ふーん、随分盛り上がってたね」
どうだろう。そんな要素あったっけ。
「領収書お願いします。名前はBL部で」
あー、そうか。これ、部費で買うのか。なんかレジの人と領収書の宛名でやり取りをしている。
「はい、アルファベットでBLに部活動の部です」
レジのお姉さんが露骨に嫌そうな顔をして俺の顔を見ている。
すいません、バカップルのいたずらにしか見えないかもしれませんが、そうじゃないんです。
――――――
―――
「家具は明日の放課後に届けてくれるって」
穂乃果は電話を切ると、猛然とフライドポテトLLサイズの攻略を再開した。どうやら彼女は揚げた芋を見ると理性が後退するらしい。
あれから家具屋で中古の食器棚と本棚を注文し、皆でマックでランチタイムだ。
穂乃果が芋を口一杯に頬張る姿をアイスコーヒー片手にほほえましく眺めていると、彼女は警戒心露わに俺を見返してきた。
「大丈夫、俺、ポテト欲しがらない。ポテト、全部、穂乃果のもの」
俺は両手をあげ、敵意がないことを示す。
穂乃果はしばらく俺を見ていたが、ようやく警戒を解いたのか、再びポテトを食べだした。
「穂乃果ちゃんのポテトデカいね。ちょっとちょーだい」
「っ!」
なんということだろう。登呂川は穂乃果の返事も待たずにポテトをつまむと口に放り込んだ。しかも、あろうことか禁断の3本食いだ。
「おいしー」
これはいけない。流血をも覚悟した矢先、登呂川は穂乃果にアップルパイを差し出した。
「じゃ、私のも一口あげる。あーん」
穂乃果は少し戸惑ってから、アップルパイをかじる。
「おいしい」
「でしょ? これと紅茶の組み合わせが最高なの」
まるで巨大ダンゴムシを手懐ける姫様のごとく穂乃果の怒りを収めた登呂川。
正直彼女のことはずっと怖かったが、意外な一面もあるものだ。
「ねえ、風見君も一口食べない?」
「ありがと、俺もそれ好きなんだ」
一口齧り取る風見。うん? それって穂乃果の食べかけじゃないのか。えー、先に言ってくれたら二千円くらいはノータイムで払ったのに。
「どしたの拓馬君、怖い顔して」
「え、いやいや。俺もなんかもうちょい食べようかなって」
いかん。邪な考えがばれる前に一旦席を離れよう。
レジに向かいながら考える。追加でバーガーを食べるほどお腹は空いていないし、アップルパイを重ねるのも芸がない。ここは無難にナゲットでも。
注文しようとした俺は、ふとメニューのポテトパイに目を留めた。これも芋だ。これを穂乃果に勧めつつ、食べかけをゲットする。よし、いける!
俺は悪魔的発想に戦慄しながらポテトパイを注文した。
と、横から伸びてきた細い手が百円玉を一枚、カウンターに置いた。
「ポテトパイ、もう一つ」
「!!」
水無月花火! 彼女は全てを見透かしているかのようににやりと笑うと、そのままトイレに消える。
くっ! これでこの作戦は潰えた。女友達も食べているメニューを俺が穂乃果に勧めるなど、下心が丸見えだ。
何か他に手はないか。考える俺に容赦無く、チェーン店の効率化されたマニュアルが襲い掛かる。
「ポテトパイお二つのお客様ー」
早い! さすが無駄のないオペレーションで出来立ての味をお届けするマクドナルドだ。
「おー、ちょうどだな」
いつの間にか戻って来た水無月がトレイを受け取る。
「お前、ちゃんと手を洗ったか?」
「秋月、そっちの趣味もあるのか? 手広いな」
軽くあしらわれた。もちろんそんな趣味はない。多分。
趣味って色々なので、人の趣味を否定してはいけませんよね。
最近私も、わからせられ好きだと思っていたら、わからせでもイケることに気付きました。
人っていくつになっても成長するんです。




