26 秘密秘密
穂乃果のお誘いから二日。
俺はスマホを握りしめながら穂乃果からの連絡を待ち続けていた。
すでに金曜日の夜。買い物の約束は今週末だ。
週末に二人で買い物って、それ完全にデートだよな。
ドキドキしっぱなしの俺を知ってか知らずか。学校でもいつも通りの穂乃果の姿に、あの夜の出来事は妄想だったのではないかと不安になる。
スマホが震える。何度目かの空振りを覚悟して、画面を見る。
Honoka《この前言っていた買い物だけど》《明日の昼前からどうかな》
!! 夢では無かった! もちろんOKだ。着ていく服はどうしよう。それより返事はなんと返そう。がっついて見られるのも良くないぞ。と、迷っているうちに次のメッセージ。
TORO CHAN《オッケー!》《部費がもう出たんだね!》
そうか登呂川もOKか。ん? あれ?
6月《私も大丈夫》
TORO CHAN《風見君はどうですかー?》
キラキラ瞳のウサギスタンプ。
風見《俺も大丈夫だよ》
よく見れば、穂乃果が送ったのって、BL部のグループラインだ。
混乱する頭で考える。あの晩、そもそも穂乃果は皆で買い物に行こうと言っていたのか。ひょっとして、俺の独り相撲? うわ、そうなら滅茶苦茶恥ずかしい。
のたうち回る俺の苦悩は、穂乃果からのメッセージであっさり解決した。
Honoka 《ごめん》《間違えてグループに送った》《じゃあみんなで出かけようね》
しかも三國志スタンプで「こやつめハハハ」とか送ってきやがった。
というか、それって俺が送る側だろ。ああもう、何から突っ込めばいいのか。
えっと、つまり穂乃果とのデートは。無かったことに? 俺はベッドに倒れこんだ。
まじかああああっっ!! 俺のときめきを返せえええっ!!!!
――――――
―――
見上げれば雲一つない行楽日和。ああ、穂乃果と二人きりだったなら。
そう言いながらも駅前の待ち合わせ場所に約束の30分も早く着いてしまった。
穂乃果の私服、楽しみだなあ。
「拓馬君、随分早いねー」
現れたのはうっきうきの登呂川。
「登呂川か。そっちこそ早いな」
「ふっふー、風見君とのデートだしね。気合い入ってるよー」
気は多いが、結構健気なところもあるようだ。
「早く待ってる健気な私の路線で行くし。風見君が来る前に一旦姿消してね」
俺の扱いひでえ。
「二人きりじゃないのにデートといえるのか?」
登呂川はやれやれとばかりに肩をすくめる。
「そうやってがっつくから女の子にもてないのよ。一緒に楽しい時間を過ごして、お互いを知り合うのがデートなの。人数はその次の段階よ」
畜生、ぐうの音も出ない。
「でも二人きりなら?」
「最高に決まってるじゃない!」
だよな。初めて登呂川と意見が合った。
「ね、手を組まない? 穂乃果ちゃんと二人になれるようにしてあげるから、風見君と私を」
「水無月は?」
「花火ちゃんはいい子よ。仲間に入れてあげてね」
早くも交渉決裂だ。
しかし今日の登呂川は、良く分からないけどホワホワした可愛い恰好だ。あれか。これが読者モデルとかそんな感じのファションか。
……あ、でも、
「登呂川の服、なんか袖が短くないか。袖もヘロヘロだし、残念だけど子供の頃の服はもう」
「七分丈! あなたマジなの?! 縦の細ストライプは今年のトレンドよ! 袖もシャーリング加工! おろしたてよ、これ!」
そんなに怒らなくても。へろへろした服は全部古着かと思ってた。
「あー、もう。あんまり怒ると化粧が崩れるからこのくらいにしとくけど。そういうあなたも大した格好は――」
登呂川は俺の上から下まで見渡すと、
「あー、うん、まあ。ちゃんと服着てて偉いよね。袖とか付いてるし」
途端に可哀そうな人を見る目に変わる登呂川。おしゃれピーポー的にはそんなんか、俺。
「あれ、なんかLINE来てないか。電車が遅れてるって」
「あー、ホントだ。信号機故障か。先に店行っててって。集合場所を店に変更だってさ」
「どこ行くんだっけ?」
「ヴィレヴァンかプラザ。まずは食器選ぶの。どっちにしよっか。食器ならプラザかな」
俺の答えを聞く前に歩き出す登呂川。俺も並んで歩きだす。ここで俺は一つの真実にたどり着いた。
なんというか、可愛らしい恰好をした女の子と一緒に歩くのっていいよね。すべてが許されたような気になる。
「拓馬君ってさ」
「え、なに?」
「割とデレデレしてるよね。そーゆーの表に出てるとモテないよー」
登呂川はからかうように笑って目の前のビルに入っていった。
「あれ、ここどこ」
「ここの2階にプラザが入ってるの。花火ちゃん、先にここに来てるって」
そうなのか。この界隈は風見に連れられてアニメイトに来るばかりで、雑貨屋なんてヴィレヴァンくらいしか来たことないぞ。
連れてこられた雑貨屋はチェーン展開っぽい明るさと開放感のあるカジュアルな店だ。
女性客とカップルしかいないのは気になるが、何しろ今日の俺の隣にはおしゃれな女子がいる。無敵感しか感じない。
「あ、このマグカップ良くない?」
登呂川のお勧めは、白地にシンプルな線で動物が描かれているシリーズだ。種類がたくさんあり、おしゃれ度の割に値段も安い。
「あー、いいかも。クワガタとかもあるかな」
「ないよ。あのね、拓馬君、風紀委員の三年生のことだけど」
クワガタに冷たくはないか。更に、なんでここで馬剃天愛星の名前が出てくる。
「委員長の馬剃さん?」
「あー、そうそう。あの人、最近風見君と君の周りをウロウロしてない?」
「俺の周り?」
言われてみれば、視界の端にしょっちゅうあの人がいる気がする。
とはいえ、そんなのは風見といれば日常茶飯事。最低でも一人、ファンクラブ会員が当番で付きまとっているのだ。
「風見のファンなんだろ。いつものことじゃん」
「それが、風見君一人の時は現れないのよ。拓馬君と一緒、その時だけ姿を見せて、その、写真とか撮ってるみたい」
マジか。
「こないだの持ち物検査の時も、拓馬君だけやたら時間かけてたんだって?」
「えーと、それは俺が目をつけられてるせいじゃないかな」
「それだけじゃないの。撮影時のアングルからすると、不可思議なことにメインは拓馬君なのよ―――」
穂乃果さん、何気にポンコツを見せ付けました。
そして拓馬君、思いがけないところにフラグが立ったのかも知れません。
……早く折らないと。




