24 二人の距離それぞれに
その時、俺達の会話を盗み聞いていたのか。扉が突然開いた。
「そうよ、あんたが疑われたままだと、私の管理責任が問われるの」
うわ、最低な大人が来た。
BL部顧問の蜂須賀陽子だ。苦笑いする風見を引き連れ部室に入ってくる。
「で、どういう話なの。ちゃんと聞かせなさい」
俺は最初から順に事情を話した。
時折鳥海に確認を取ったが、映像の効果があったのか。今度は素直に話を認めた。
「大体は分かったわ。今の話、他の先生にも伝えるから。鳥海さん、追って聴取と処分があると思う。退学にまではならないから安心して」
「はい」
抜け殻のような顔をして鳥海は頷く。
水無月は不安そうに彼女を眺めていたが、思い切ったように蜂須賀先生に向き直る。
「あの、先生。処分とか、無いように出来ませんか。私、無実が証明されればそれで」
「どうして。今回は冤罪を証明できたけど、出来なかったら良くて停学だったのよ。本人が許したからってそれじゃ」
「すいません、どうにか。お願いします」
深々と頭を下げる水無月。
「だって、持ち物検査までして大騒ぎになったのよ。今更」
水無月は頭を上げようとしない。
蜂須賀先生はしばらく何かを考えていたようだが、最後にはイライラと頭を掻きむしった。
「あー、もう! ゲームソフトを貸し出してたのを忘れていたのよね!」
俺達の反応を見るように見回すと、最後は鳥海に向き直る。
「それをあんたが無くなったものと勘違いした。表向きにはそれでいくわよ!」
「先生!」
水無月の表情がパッと晴れる。こいつ、こんな明るい表情ができたのか。
「鳥海、他の先生達にはちゃんと本当のことを言うからね。私の評――えっと、水無月の今後のこともあるしね」
この人今、私の評価って言いかけた。
「じゃあ、悪いようにはしないから。鳥海も一緒に来て頂戴。事情を説明してもらうよ」
「はい、すいません。先生」
鳥海はまだ頭がはっきりしないのか。フラリと立ち上がった。そのまま部室を出ていこうとしたが、先生に頭をポンポンと叩かれた。
「ほら、あんた何か言い忘れていることが無い?」
「花火、ごめんなさい。私、私」
「いいよ。もう済んだことだから」
水無月はもう少し何かを言いたげだったが、やはり上手く言葉にならなかったのか。もう一度先生に深く頭を下げた。
「でも水無月、あんたも学校で友達の一人くらい作りなさいよ。担任も心配してたわよ」
「そうね、花火ちゃん。友達くらいはいた方がいいよー」
お祝いでも始めるのか。カールのうす味をカバンから取り出す登呂川。
「え」
「そうだな。勇気を出してクラスメートに自分から話しかけてみようぜ」
「水無月さん、気が合いそうな人を何人か紹介しようか」
「え、え? えーと」
テンパる水無月の両肩に、穂乃果が後ろから手を置いた。
「蜂須賀先生、大丈夫です。水無月さんは私達の大事な友達ですから」
「そうか、よし」
蜂須賀先生はにやりと笑うと、鳥海の肩を抱いて部屋から出ていこうとして、最後にもう一度振り向いた。
「あと、カメラは外しておけよ!」
――――――
―――
俺は穂乃果が差し出したマグカップを受け取ると、ベランダの柵に寄りかかった。
「ありがと、穂乃果」
「たっくん、今回は大活躍だったね」
え、そうかな。俺は照れ隠しにコーヒーを啜って顔を隠した。
「それに登呂川さんの盗さ――」
言いかけて、
「監視カメラがなかったらどうなってたか」
「ホントだよな。登呂川の特技がなければどうなっていたか」
穂乃果も一連の騒動が片付いてホッとしたのか。いつもより緩んだ表情で、チビチビとコーヒーを飲んでいる。
「なにより、水無月の疑いが晴れてよかった」
「たっくん、最初は疑ってたじゃん」
「それ、穂乃果もだろ」
二人でひとしきり笑って会話が途切れた刹那。穂乃果は俺の目を正面から見つめてきた。
……この展開ってもしかして。
見れば今日の穂乃果のジャージはいつもよりちょっとおしゃれな奴だ。その証拠にマジックの名前も小さいし膝に穴も開いていない。
俺はごくりとつばを飲む。
「そういえば、たっくんと水無月ちゃん、すっかり仲良くなったよね」
さあ考えろ。この会話の意味を。俺は頭をフル回転させる。お子様ランチの旗ほどの小さなフラグでも必ず掴まなくては。
まずは落ち着くためにコーヒーを一口。
「どうだろ。特に二人でLINEしたり出かけたりする訳じゃないし」
「そんなことないよ。ほーんと、気楽に肩車をするほどの仲だもんね」
コーヒー吹いた。
「は? いやいやいや、なんでそれを知って」
あ。笑っている穂乃果の目が怖い。
「へー、やっぱそうなんだ。水無月ちゃんの足を撫でまわしたり、顔を色々なところに押し付けたりやりたい放題なんだね。よかったねー、たっくん」
「違う違う違う! ツバメ、ツバメの巣を守るためにだね! やむを得ずなんだよ! うん、やむを得ず!」
水無月、穂乃果に何を吹き込んだんだ。いやもうホント信じらんない。
「たっくんも男の子だもんね。水無月さん可愛いし、その気になっちゃうのも仕方ないよね」
「違うんだ、ご褒美くれるって言うから。あ、いや、ご褒美って言っても想像するようなもんじゃなく、単にからかわれただけで」
うわあ、墓穴掘りまくり。神様、時計の針を戻してください。
「へーえ、ご褒美欲しさにホイホイ水無月さんの言うこと聞くんだ。へーえ、どんなご褒美なんだか」
何も言えずうつむいた俺の視界に、苛々と爪の甘皮を削る穂乃果の指先が入る。顔を見なくても分かる不機嫌オーラがビシビシだ。
これぞ針の筵だ。嫌な汗がだらだらと頬を伝う。
「あの、だから、飴を貰っちゃったから、仕方なく、仕方なくなんだよ」
「たっくんは不審者に連れていかれる子供ですか」
返す言葉もない。
「私が言いたいのはね、部員同士が校内で、あの、ふ、ふしだらな」
顔を赤くして言い淀む穂乃果。ふしだらは照れるのに、いつもの問題発言はノーカンなのか。
「そういうのは困ります。活動停止になったらどうするんですか」
穂乃果も少し落ち着いたのか。深呼吸をしてコーヒーを飲みだした。
「本当にそんなんじゃないんだぜ、必要最低限の文化的な肩車というかなんというか」
「ふうん。たっくん、デレデレと鼻の下伸ばしてたんだってねー」
「ま、まさか。肩車なんかで一々そんな。ははははは」
「そうなんだ。たっくんって、それはそれはオモテになるようで。へーえ」
やばい、この選択肢も誤りか。俺が動揺してあたふたしていると、穂乃果は俺から顔をそらし、むっつりと黙り込んだ。
「あの、穂乃果?」
「って、ことはつまりこういうことよね」
顔を背けながら、俺に向かって伸ばした手には棒付きキャンディ。
俺は戸惑いながら受け取った。
「え? え?」
「じゃあ、もらったからには私の言うこと聞くってことよね」
え。どういうことだ。俺は完全に混乱し、口もポカンと半開きだ。
「穂乃果、何でこっち見ないの?」
「……」
「怒ってる?」
「怒ってない! 何でもないから! この件は忘れて! わーすーれーてー!」
穂乃果の耳が真っ赤に染まっている。え、これってもしかして。
「じゃ、お休み! また明日学校でね!」
「ちょっと待って!」
部屋に戻ろうとした穂乃果を俺は呼び止める。
「お礼、と言っては何だけど。もらったからには穂乃果の言うこと聞くよ。何をすればいい?」
「……モノ」
「モノ?」
「買い物。今週末、買い物付き合って」
「え? ああ構わないよ」
「じゃあまた連絡するから。今度こそお休み!」
穂乃果は最後まで振り返らずに部屋に戻ってカーテンを閉めた。俺はベランダで一人立ち尽くしながら、先ほどまでの会話を反芻する。
これって、もしかして穂乃果、妬いてた? 俺と水無月に?
えええええ。
水無月なりに考えて出した結論。
なんだかんだで少しずつ距離が近付く二人。
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