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21 花火ちゃん頑張る

「やっぱ無理! これ以上無理だって!」


 “防犯グッズ”設置から数日。

 水無月が珍しく感情を露わに部室に転がり込んできた。


「お前ら、他人事だと思って無茶ぶりし過ぎだって!」

「でもね、花火ちゃん。目標の達成状況が芳しくないの。もう少し頑張れないかなー」


 ノートパソコンで本日の監視映像を確認していた登呂川は、笑顔を崩さず一枚の紙をテーブルに置いた。


 <達成目標>

 〇 電子遊戯同好会の部室の周りをうろつく

 〇 誰かいる時に扉を開けて意外そうな顔をしてすぐ閉める

 × 部員と世間話をしながら、値打物の情報を聞き出そうとする

 × 部室の前で容疑者と偶然出くわし、慌ててその場を立ち去る

 × 男子部員と二人きりになったら何気なく色仕掛け


「まだ二つしかクリアしていないじゃない。せめて今日中にあと一つはクリアして欲しいな」

「無理だって。しかも色仕掛けとか無理過ぎ」

「ちぇっ、今日も空振りかー」


 映像をチェックし終えた登呂川は小さく舌打ちをするとノートパソコンの蓋を閉じた。


「花火ちゃん。私が厳しいことを言うのはあなたの為を思ってのことなんだよ。ほらほら、秘蔵のクラッシュアーモンドポッキーあげるから、元気出して」


 覇気の無い顔でポッキーをコリコリ齧る水無月。


「さ、食べたらもう一度行っておいで」

「ええっ! ヤダよ!」

「大丈夫、花火ちゃん可愛いから文化部の男なんてイチコロよ」


 ……思っていたのと何か違う。皆で力を合わせて仲間を救う。そんなことを考えていたのだか、何故だかこんなブラックな流れに。


「まあ、そんな無理しなくてもいいんじゃないかな。もし本当に電子遊戯の鳥海さんとやらが犯人なら、十分プレッシャーを与えているだろうし。もう二度とあんなことが起きなければそれでいいじゃないか」


 意を得たりとばかりに水無月の表情が明るくなる。


「甘いよ、拓馬君。恋愛沙汰は恨みが簡単には消えないからね。相手が隙を見せたら思い出すのも嫌なほど徹底的に叩き潰すのがセオリーなの」


 登呂川はノートパソコンを爪先で叩きながら、ブツブツと呟きだした。


「カメラがばれてる可能性は薄いのよね。クラスも違うし、容疑者の単独犯の可能性が高いから。設置から今まで、鳥海さんがC組に立ち寄った形跡は無し」


 しばらく考え込んでいた登呂川が、いつの間にか俺を見ている。嫌な予感しかしない。


「拓馬君、電子遊戯同好会の部室を監視できる位置にカメラを仕掛けられるかな。できれば室内も。盗聴も視野に入れて設置場所を絞りましょ」

「おいおい、もしバレたら大変だぞ」

「むしろ囮をバレるように設置して、本命を隠すのもありだよね」


 やばい。このままでは部活の活動内容が変わってしまう。良くて諜報部、実情はストーカー部の設立だ。


「水無月、とりあえず電子遊戯の部室見に行こうぜ。ほらほら俺も一緒に行くから」

「えー、嫌だって」


 渋る水無月を引っ張り部室から退避。部室から十分離れたのを確認して、


「よし、登呂川が落ち着くまでどこかで時間潰そう」

「え、それでいいのか」

「あまりエスカレートすると逆効果だろ」


 冤罪が冤罪でなくなるのは問題だ。とはいえ、部室が駄目ならどこに行こう。風見が校内にいるなら、まずは合流しようか。


 スマホを取り出しLINEでメッセを送っていると、隣の水無月が小さくうめき声をあげた。


 顔を上げると女生徒が一人、こちらを睨みつけるようにして立っている。

 険しい表情にもかかわらず目がクリクリして小づくりな顔。リスを彷彿とさせるような可愛らしい少女だ。


「……鳥っち」


 水無月がかすれ声でつぶやく。そうか。この子が例の容疑者か。


「花火、あなたどういうつもり。あんまりうちの部室の周りをうろうろしないでよね」


 顔に似合わない強い口調で言い捨てると、女生徒は踵を返して立ち去った。 




 ――――――

 ―――




「それで水無月ちゃん、元気なかったんだ」


 ジャージ姿の穂乃果は風呂上がりの野菜ジュースを飲みながら納得したようにつぶやいた。

 このところ、ベランダで俺と会う時は決まって小豆色のジャージ姿だ。


「あ、やば、こぼした」


 ジャージの胸元をゴシゴシこする穂乃果。こすってもジュースの汚れは取れないぞ。


「うーん、水無月も随分参ってるから、そろそろ終わりにしてもいいかと思うけど。犯人がいたとして、何も手を出してこなければそれでいいんだし」

「そうだね。仮に犯人を暴いても、しこりは残るもんね。このまま何も起こらなければそれがいいのかも」


 ズズズズズ。ストローでジュースの残りをすする穂乃果。


 ……なんだろう。

 俺達、しょっちゅうベランダで顔を合わせているが、色っぽい展開になりそうな気配が感じられない。水無月が男をフッた話を思い出す。


 こないだ読んだ漫画だと、出会ってから早い内に恋愛対象として意識させておかないと、友達から抜け出せなくなると書いてあった。

 確か穂乃果と出会ってからは、小1のころからだから、えーと約9年か。


「駄目じゃん」

「え?」


 穂乃果が目を丸くして俺を見返す。


「あ、いやいやいや、もっと水無月の気持ちを考えてあげなきゃ駄目だったかなと」

「うん、そうだね。明日、皆で今後のことを話し合ってみようか」


 今抱えている問題の今後。俺と穂乃果の今後。なんとなく、まだまだこれからだと思っていた色々が、意外と現在進行形。



 ほけーっと星を眺める穂乃果の顔を眺めながら、この日々もいつかは思い出になるのだなと感傷に浸っていた。





 Intermission ~とある少年たちの日々



 ある日の放課後。

 とにかく平和だ。窓の外からは雨の音。


 部室には風見と二人。

 奴は声優雑誌をめくりながら、時折スマホでメモを取っている。


 俺もソファに深く座りアタリメをかじりながら、スマホで引っ張ったり離したりするゲームに興じていた。


 ダラダラだ。

 これが本当のダラダラだ。もう一生、こんな風に暮らしたい。


 最近ゴダゴダが続いている。

 何もない時はすっかり気が抜けて、自堕落な日々を送っている。

 

 それに拍車をかけたのがこの部室だ。

 テレビにソファ、冷蔵庫。皆が持ち込んだ漫画まである。


 職員室のWiFiまで使い放題と来て、これ以上何を望むのか。


「なあ、拓馬」

「んー?」

「掛彬さんのことだけどさ、なんか意外だったな」

「えー、どんなところが?」

「優等生で結構きっちりしたイメージだったけど、割と話しやすいキャラだよな」


 そうかもなーとか言いながら、俺は風見にアタリメの袋を差し出す。


 風見はアタリメをムシャムシャやりながら、声優とイカはよく合うよなーと呟いた。そうなのか。今度試してみよう。


「で、もう告ったのか?」


 むぐっ。俺はアタリメを思わず飲み込もうとして咳込んだ。


「おい、大丈夫か」


 俺は水でアタリメを流し込む。


「……あのな、俺達はそんなんじゃないって」

「まだなのか。脈は弱いが無いとは言えないぜ」

「弱いのかよ」


 少しはオブラートに包んでくれ。


「それにほら。登呂川や水無月にバレるとうるさそうだし。しばらくは秘めた恋を続けるよ」

「ま、それもいいかもな。だけど二人とも薄々、勘づいてるんじゃないかなあ」


 そうか。うん、そんな気もするが。


「なあ、このこと穂乃果には」

「もちろん黙ってるさ。それはそうと、アイドル声優にはイカが合うが、美少女ゲーにはビーフジャーキーが合うんだぜ。これがソシャゲになると話が変わって――」


 風見の謎理論は続いている。予報では雨は夜遅くまで続くらしい。俺はアタリメを噛みながら、ぼんやりと何を思うでもなく風見の話を聞き続けた。

容疑者と遭遇。花火ちゃん、頑張りました。


そして拓馬と風見の日常も少し挟ませて頂きました。

彼ら、いつもこんな感じです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 期せずして目標を達成したようですが、相手はどうやら花火さんの不審な行動に前から気付いていた様子。それでも無視できないということは、なにかしら気にはかけていたのでしょう。 [一言] このまま…
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