20 電子遊戯同好会 鳥海真美子
電子遊戯同好会。
平たく言えばゲーム部だ。水無月が何故入っていないのか気になっていたが、こういう理由か。
しかし、容疑者が絞れたのなら対策も打てるはず。
「今回は水無月の奇行を付けこまれたわけだ。つまり水無月が別の奇行をすれば、尻尾を出すかもしれない」
「そうね。今回が上手くいったから、次回は隙を見せる可能性も高くなると思う」
穂乃果はハンカチで手を拭きながら皆を見渡す。
「確証バイアスって言って、人はつい都合の良い情報のみを選んで思い込んでしまう傾向があるの。だから、一度成功して気が大きくなっているところに、お膳立てした状況を並べてあげれば、引っかかるかもしれない」
ほっぺたにポテチのカスがついているが、言うことはカッコいい。
風見も納得したように大きくうなずいた。
「そうだね。ただ、誰かを傷付けたり、実際に被害者が出るのは良くない。犯罪行為を想起しやすいギリギリの奇行を行えば、おのずと犯人はそれを利用して水無月さんの評判を落とす行為を繰り返すんじゃないかな」
「いーね、私そういうの大好き」
「ちょい待ってくれ。私が奇行をすることが前提なのか」
水無月、少し黙っていてくれないか。俺達は大事な打ち合わせ中なのだ。
間もなくそれぞれの案が出揃った。
俺案:素肌にトレンチコートを着て、深夜の学校をうろうろする
穂乃果案:間違えたふりして男子更衣室に出入りするとか
風見案:眼帯に包帯をして、暗黒の力がどうとか呟くのはどうだろう
登呂川案:職員室でテスト問題を盗み見してほしいなー 特に数学
なるほど。どれも悪くない。
「とはいえ、犯罪性が薄いのは露出、覗きあたりかな」
「露出は犯人が分かってしまうからな。ここは覗きに絞ってはどうだろう」
風見の意見に皆(水無月を除く)が頷いた。
「つまり、水無月がプチ覗きを繰り返す出歯亀キャラとして定着すれば、犯人もそれを利用した冤罪を仕掛けやすくなるというわけか」
方向性は定まった。穂乃果が静かに挙手をする。
「はい、あえて野球部の部室の覗きとかどうでしょう」
「ほう、聞かせてもらおうか」
「セセ高バッテリーは一年生の頃からの名コンビとして名高く、二人の仲には誰も入り込めないともっぱらの噂なの」
? えーと、穂乃果ちゃん。何の話だろう。
「野球部は上下関係が厳しく、レギュラーが着替えている間は控え選手は部室に入ることすら出来ないんです」
「はあ」
「つまり、密室の中で何が行われているか、当事者達しか分からないんです!」
えーと、部屋の中では着替えているんだと思います。
「はーい、じゃあ私はサッカー部に一票!」
登呂川が勢い良く手を上げる。なんだか方向性が違ってきたぞ。
「ちょっとみんな待てって。水無月、何とか言ってやってくれ」
「ここで私か?! 本気で私に言ってるのか?!」
切れ気味の水無月が俺に突っかかってくる。
「じゃあ、いっそのこと初心に戻って電子遊戯同好会を見張るのはどうだろう」
苦し紛れの俺の言葉に視線が集まる。
「よくよく考えたが、運動部の部室を覗いても、単に水無月が変態だと認知されて終わりの気がする。犯人が手を下すまでもなく」
「確かに。目的は犯人をあぶりだすことだしな」
風見も納得したように独りごちる。
「容疑者としては自分の周りを水無月がうろうろしていたら危機感を覚えるはずだ。何か尻尾を出したところを掴む」
風見と登呂川が大きく頷く。
「あの、野球部の部室は」
「……覗かないよ」
しゅんとする穂乃果。やばい。油と炭水化物を摂取した穂乃果はやたら欲望に忠実だ。
「水無月、これでいいか。これで釣れなければ、また考えよう」
「もしなにもなければ、私はそれでいい。全部勘違いならそれに越したことは無いし」
観念したのか。水無月は気が無さげにポテチをつまむと、自分を納得させるように何度か頷いた。
――――――
―――
翌日。朝6時、俺は1年A組の教室にいた。
昨日、話が決まってからの登呂川の動きは早かった。職員室で蜂須賀先生を捕まえて、部活の勧誘ポスター撮影の名目で早朝の教室の使用許可を得たのだ。
誰もいない光景と、早朝の光の差し込み具合を撮りたいとかなんとかで。
教室には俺と登呂川の二人。穂乃果と風見は廊下での撮影と称しての見張り役だ。
「なんか誰もいない教室って新鮮だな」
少し浮かれ気味の俺に構うでもなく、登呂川は黙々とカバンの中身を広げ始めた。
登呂川は全て任せて欲しいと豪語しただけはあり、机の上には次々と様々な小道具が並んでいく。
俺は親指の先くらいの小さな塊をつまみ上げた。
「これ、なんだ?」
「ちょっと、勝手に触らないで。Bluetooth接続のカメラよ。電池で一週間は持つし、これで花火ちゃんの机を監視するの」
凄いな、こんな小さいのか。あれ、でも。何でこんな物持っているんだ。作戦が決まったのは昨日の夕方のはず。
「それって盗撮――」
「防犯用よ。女の子はみんな使ってるから」
「でも、まるでスト――」
「防犯用。防犯。ボ・ウ・ハ・ン。女の子は色々と大変なの」
登呂川の表情が険しくなってくる。怖いし、ここは逆らわないに限る。
「だ、だよね。俺は、どうすればいいのかな」
「机の中に一つと、机の横のカバンが見える場所に取り付けるわ。あと、教室にも花火ちゃんの席と出入口を見渡せる場所にアングル違いで2か所」
うわ、これはガチのやつだ。若干引き気味の俺のスマホに着信がある。
「設置場所の写真を送ったから、そこに取り付けて。私のスマホに画像飛ばすから、見ながらアングル調整をするよ」
「へえ、リアルタイムで見れるんだ」
「いつもは部室にノートパソコン置いといてそっちに飛ばすけどね。ほら、例えばこのカメラを黒板に向けてみて。パンフォーカスだけど結構綺麗に映るの」
俺はカメラを黒板に向けながら登呂川のスマホを覗き込む。なるほど、予想以上に鮮明な画像が――。
「あれ、これどこだ」
「間違いっ。忘れて」
慌ててスマホを隠す登呂川。
「今の、ここの教室じゃなかった気が」
「しつこい。キモイ。その話、もう終わったから。さ、みんなが来る前に終わらせるよ!」
……これ以上踏み込まない方がよさそうだ。
俺は登呂川の指示でカメラを仕掛け終えた。
時計を見ると、そろそろ朝練の生徒が来る時間。引き上げの時間だ。撤収作業を手伝いながらも、ふと疑問が頭をよぎる。
「そういえば、なんで風見は見張りなんだ。あいつの方が背が高いのに」
「何故って、女の子の秘密を男子に見せられないでしょ。相変わらずデリカシーが無いわね」
俺が男子扱いされていないのも気になるが、それよりも何よりこの子怖い。いつもの能天気キャラはどこに行ったのか。
黙々と作業を続けていると、とんとんと肩を叩かれる。顔を上げるといつも通りの満面の笑み。
「もし風見君に余計な事言ったら、分かってるよねー」
……やっぱりこいつ、怖い。
登呂川さんは女子力が高いので、防犯意識も高いです。あくまでも防犯です。
そして穂乃果さん、欲望を段々隠さないようになってきました。一番の危険人物はこの人かもしれません。




