19 夕暮れの公園で + Intermission
「つまり、犯人は水無月のことを良く知っていて、なおかつ恨みを持っている者だ!」
息をのみ、俺の顔を見つめる穂乃果達。決まったぜ。参ったな、惚れてもいいが俺は一人しかいないんだぜ?
「なんかたっくん、おいしいところだけ持って行ってる気がする」
「そうだな。私の不幸をダシにドヤ顔するのは人としてどうかと思う」
えー、そんな。水無月まで梯子を外すのか。
助けを求めて見渡すと、登呂川は話に飽きてきたのかスマホをいじりながらお菓子を食べている。
「なあ、登呂川はどう思う」
「んー、花火ちゃんは心当たりある?」
「恨み買うもなにも、入学からこのかた教室では殆ど喋ってないし」
「あー、花火ちゃんそういうとこあるよねー」
登呂川、割と毒舌だ。こいつの方がよっぽど恨みを買いそうだ。
「それなら、犯人に当てはまる人、一人見つけた」
「誰だ?」
イチゴポッキーで俺を指す。
「拓馬君、あなただよ」
「はいっ!?」
まさかの展開。俺自身が知らない内に犯行に及んでいたのか。それとも叙述トリック的な何かが現実世界で起こったのか。
「花火ちゃんに恨みを持つ者って言ってたけど、プライベートな人間関係はここの部員に限られている。眉毛の件を知っていたのはあなただけ。やたらと花火ちゃんの潔白を証明しようとしたのも、容疑者から逃れるための印象操作と考えればつじつまが合う」
登呂川は突き付けたポッキーをそのまま俺の口に入れる。美味い。
「墓穴を掘ったね、犯人さん」
「え、そんな! 俺じゃない! 信じてくれ」
「ま、冗談はこのくらいにして。これ、捨てといて」
登呂川はしれっと言うと、ポッキーの空袋を俺の手に乗せながら、
「もう一つラインがあるよ。オナ中の知り合いとか。花火ちゃん、そっちに心当たりは?」
「あー、うー」
頭を抱える水無月。お前、そんなキャラだったか。
「心当たりが無い、わけじゃない」
呻くように声を絞り出し、しばし迷ってから話し出す。
「中学の時、ゲーム同好会入ってて。ちょっと揉めた、というか恨みをかった女子が一人いたんだ」
へえ、中学の時は友達いたんだ。言いかけて黙った俺は少し大人になったのか。
「なんというか。その子とあと一人、男子と3人で良くつるんでたんだけど。えーと」
「あれですね! 恋バナですね! はい、みんな集まって!」
バリッ。ポテチのビッグパックを開ける登呂川。彼女のテンションは一気にマックスだ。
「そんな面白い話じゃないって。だから、3年の夏頃かな。男子が私に告ってきて」
『おお~っ!』
一同、思わず声を上げる。やばい、俺も普通にテンション上がってるぜ。
「私、そんな気が無かったから普通に断った。それだけ」
水無月にもそんな甘酸っぱい思い出があったのか。
しかし登呂川はそれだけでは収まらなかったようだ。ソファから身を乗り出して水無月に詰め寄った。
「で、なんて言われて告られたの?」
「それ、必要か?」
「メチャ重要! というか今回のメインテーマよ! こと細かく、微に入り細を穿って克明にお願いするわ!」
勢いに水無月は完全に飲まれている。流石に照れるのか、フードを鼻のあたりまで引き下げて、ぽつりぽつりと話し出す。
「あー、なんだっけな。夏休み、二人で図書館に出かけたんだけどさ。帰り道、何故か公園に誘われて」
「うんうん」
皆、身を乗り出して水無月の言葉を待つ。ポテチを食いながら。
「私がもう一人の子も来てたら久々に3人で狩れたのになー、とか言ったら、ごめん、わざと彼女は誘わなかったんだとか言われたんだよ」
「きたきたきた! 花火ちゃん、それでそれで!」
「あー、なんだっけな。私といると時間の経つのを忘れるとか、こんな気持ちになったのは初めてとか。ずっと一緒に居たい、付き合ってくれ的な事を言われて」
「おーっ!」
何故か一同拍手。コングラチュレーション。お幸せに!
……って、そういや断ったのか。
「なんで断ったんだ?」
「そいつとは1年の頃から友達だったから、恋人とかそんな風には見れなかったんだ。お前らも分かるだろ?」
畜生、分からない。これだから恋愛強者は。それよりも、
「うん、何か分かる分かる」
ポテチをつまみながら頷く穂乃果が気がかりだ。
「それで男もゲーム同好会辞めちゃって、何となく3人組もバラバラになっちゃったんだ」
水無月は手をパンパンと打ち鳴らし、
「はい、おしまい。散った散った」
なるほど。経緯は判った。しかし判然としないことが一つ。
「それで、なんで水無月が恨みをかうんだ?」
俺のもっともな疑問に、登呂川はどや顔で肩をすくめた。はー、やれやれとか言ってるし、なんかムカつく。
「そんなの、その子が男のことが好きだからに決まってるじゃない」
「そんなもんなの? だって、水無月がフッたんだから、その子にとってはチャンスじゃん」
素直な俺の感想に、登呂川はあからさまな呆れ顔。
「拓馬君がモテない理由が分かったよ」
「ああ、心が汚れてるな」
水無月にまで言われた。悔しいが、モテ実績の前には何も言えない。
穂乃果の反応が気になりコッソリ目をやったが、ポテチをもりもり食っているその姿からは表情は読めない。多分、男女の恋愛の機微に関してはそれほど興味が無いのだろう。
「SNSでも見張られてたり、変な書き込みされたりしたから、アカウントも全部消したんだ」
あれか。これがネットいじめという奴か。NHKで見たぞ。
「心当たりがそれしかないって話で、あの子がやったなんて証拠は無いし」
「で、その相手は誰なんだ?」
水無月は暫く言いよどんだが、観念したように言った。
「電子遊戯同好会の鳥海真美子」
Intermission ~とある日のベランダ会議
今晩の穂乃果はいつもと違う。
ただでさえ大きな胸を更に張り、目を輝かせてパジャマの裾を夜風になびかせている。
一日の疲れを感じさせない明るいオーラと胸元に、俺は思わず目を奪われる。
「穂乃果、なんかいいことあったのか?」
「ふふ……ついに手に入れたの! 兼様と貞様の絢爛業火Ver等身大ポスター!」
穂乃果はドヤ顔で自分の部屋を指差す。
そこには向かい合わせに貼られた2枚のポスター。
穂乃果が今はまっている、戦国三昧の推しキャラである。
「あれ。並べて貼らないんだな」
何気なく口にした一言に、穂乃果の瞳が怪しく光る。
「……それだと、お互いが見つめ合えないでしょ? そこは分かってあげないと」
「え。あ、はい、そうですね」
……俺、叱られてる。そしてなぜ叱られてるのかは良く分からない。
穂乃果はうっとりと両手を合わせ、輝く星空を見つめる。
「それにね、この衣装は絢爛業火モードだから二人の心は完全に通じ合ってる状態だし、この距離もむしろスパイスだから。貞様がちょっと俯いてるように見えるけど、それでも視線はちゃんと兼様に向いているところが二人の関係を表してるというかそもそも私が貼ったんじゃないかと突っ込まれるかもしれないけど先日放送の第6話の――」
面倒なスイッチ入った。
俺はうんうんと頷きながら、相変わらず可愛い穂乃果を眺める。
「……それで、たっくん。今日来てもらったのは他でもないの」
あ、妄想は終わったのか。
我に返った穂乃果は、わしゃっとした黒い紙の筒を2本。ベランダ越しに手渡して来る。
思わず受け取った俺は首をかしげる。
「なにこれ」
「等身大ポスターを分割コピーして、貼り合わせて。それから人型に切り抜いて黒く塗りつぶした奴」
……なにそれ怖い。受け取るんじゃなかった。
「……えーと、お寺で供養でもすればいいのか?」
「なに言ってるの。たっくんの部屋に貼るに決まってるじゃない」
そうか、決まってるのか。
決まってるんじゃ仕方ない。せめて箪笥の裏とかに貼るとしよう。
「これも向かい合わせに貼った方がいいのか?」
「あのね、これは壁に貼るんじゃないの。カーテンに部屋側から貼り付けて、ゆらゆら揺らしたりしてみて」
BL界隈にはそんな呪いみたいなのが流行っているのか。
「えっと……それにどういう意味が」
「いい? 私の部屋から覗いたところを想像してみて。たっくんの部屋のカーテンに兼様と貞様のシルエットがチラチラ映るのよ!」
「はあ、そうかもしれませんね」
我ながら実に気が無い返事だ。穂乃果はお構いなしに喋り続ける。
「隣の家に兼×貞が二人っきりとか! 正直滾るしかない!」
「俺の部屋だから俺もいるんだが」
俺の突っ込みに穂乃果の動きがぴたりと止まる。
「たっくんが……?」
低い声で呟く穂乃果。ようやく魂が異世界から帰還したのか。
穂乃果は俺の顔をじっと見つめる。
「兼×貞に……たっくんが割り込み……?」
「安心して。割り込まないから」
「それもあり……? カーテンの向こう側では3人でくんずほぐれつ……」
再びあちらの世界に旅立った穂乃果。
瞳には俺に見えない何かが映っている。
「……あの。穂乃果さん、何を考えていらっしゃる?」
「ちょっと待って! 今、想像の中でページめくるとこだから」
「その本、閉じようか。いやマジで」
こうなるともう止められない。しかし想像の中とは言え俺の貞操がかかっているのだ。
何とか穂乃果をこちらの世界に連れ戻さないと。
「呪いのポスターの件は分かったから、ちょっと冷静に―――」
「!」
突然、両手で鼻を押さえる穂乃果。
……何が起きたのか。戸惑う俺に、穂乃果が目で何かを訴えてくる。
「穂乃果どうした。具合でも悪いのか?」
「いや……あの……ちょっと鼻血が……」
「…………」
……もう何も言うまい。
俺はゆっくりと頷いた。
「……ティッシュ持ってくる」
水無月にもこんな甘酸っぱい過去がありました。
そして、シリアス展開(?)が続いたので、ある晩の二人の日常を挟みました。
展開に直接絡まない時の穂乃果は、だいたいこんな感じです。
箸休めにどうぞ御覧ください。




