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18 ワサビとカマボコ

 その日の放課後。


「ごめーん、ちょっと遅れたー!」


 最後に部室に飛び込んできたのは登呂川蜜。満を持して揃った5人の内、最初に口火を開いたのは水無月だ。


「謝るのはもう無しだからな。そもそも最初から怒っちゃいないって」

「うん。水無月ちゃん、ありがとう。あのね」


 穂乃果は少し恥ずかしそうに俺達を見渡した。


「皆で昨日のこと、手分けして調べたの」

「あ、うん。秋月から少し聞いた」

「まずは、風見君からがいいかな」

「ああ、そうだね」


 風見はお手製の美少女柄手帳をとりだす。指で隠れてはいるが、表紙の美少女はちょっと女子にお見せできない表情をしている。


「最初にカマボコを見つけたのは朝練に来た女子陸上部の人たちだ。怪しく思ったので、校門に居た生徒指導の杉山先生に連絡。それが朝7時頃」


 そこでスマホを取り出し、


「その場面を撮っていた生徒がいたんだ。写真を送ってもらったので見てくれないか」


 皆で顔を突き合わせ覗き込む。画面は先生が袋に紙皿ごとカマボコを入れているところだ。昼に俺が見つけたのと同じ物だろう。


「ねえ、この周りにあるのって」


 穂乃果が不思議そうに指さす先には光るペットボトル。カマボコの置かれた場所を取り囲むように幾つも置かれている。


 これ、いわゆる猫除けの水入りペットボトルというやつか。効果が疑わしいとされているが、一部では根強く残っている除猫法だ。


「気になるな」

「うん、ちょっと気になるよね」


 登呂川は深刻そうに頷いた。いつになく真剣な表情。なにかに思い当たったのか。


「ねえ、風見君。写真を送ってくれたのって女子陸上部の子?」

「そうだよ。えーと、来栖さんとかいったかな。親切な人でね、事情を話したら向こうから協力するからって連絡先を教えてくれたんだ。知り合いかい?」

「ううん、知らないけど。大丈夫、覚えたから忘れないわ。絶対に」


 登呂川は満面の笑みで答えた。やだ、この人なんか怖い。


「じゃあ、続いて私の調査報告です」


 コホンと可愛らしく咳払い。次は穂乃果の番だ。


「私は杉山先生に話を聞いてきたんだけどね、確かに回収時にワサビの匂いがしたって。でも特に気にせず、そのまま袋に入れて職員室のごみ箱に捨てたらしいの」

「特に気にせず?」


 思わず口を挟む。それなのにどうして、水無月の呼び出しに繋がったんだろう。


「うん、引継ぎで簡単に報告して、普通ならそれで終わりなんだけど。通報があったみたいで」

「通報?」


 思いがけない方向に話が進む。


「うん。その、水無月さんが日頃から猫に悪戯してて、猫にワサビを食べさせようとしたのは彼女じゃないかって、他の生徒から指摘があったみたいなの。だから、先生としては聴取しないわけにはいかなくなったんだって」


 一瞬、水無月の表情が変わる。


「穂乃果凄いな、そこまで聞き出すなんて。しかし、生徒から通報があったなんて、よく話してくれたな」

「あ、最後のは蜂須賀先生が話してくれたの。こっちが聞く前から」


 そうか。ダメな先生だな。


「ついでに誰が告げ口したのか教えてもらえないかな」

「もう少しで聞き出せそうだったんだけと。なんか学年主任の先生に怒られて止められちゃって」


 さすが学年主任。ちゃんと仕事している。


「もう一つ気になることがあって」


 風見が再び話し出す。


「陸上部の人たちに聞いた限りでは、カマボコにワサビが入っていることを知っている人はいなかったんだ」

「ん? でも、通報した生徒は水無月を名指しで告げ口して、ワサビのことも知っていたんだろ」

「ああ、そこが少し引っかかるんだ」


 はいはーいと登呂川が手を挙げる。


「花火ちゃんが呼び出された昼休み、私C組に行ったでしょ。クラスに戻った時には花火ちゃんが猫に毒を盛ったって噂がすっかり広まっていたの」

「えらく手際がいいな」

「それがね、うちのクラスのSNSアカウントにツイがあって、それで一気に広まったの」

 登呂川がスマホを差し出す。


≪うちの学校に猫に毒を盛った生徒がいたんだって! 今、先生に呼び出しを受けている!≫


 登校されたのは昨日の昼休み。アカウントのフォロワーは0。見たところ、このためだけに登録されたアカウントだ。


 あまりの用意周到ぶりに一同黙り込む。


「じゃあ、簡単にまとめてみよう」

 沈黙に耐え切れず、俺はノートにここまでの経緯を書き出してみた。


 ①朝練に来た生徒が何か変なものが落ちていると先生に通報(複数の目撃証言有)。

 ②通報を受けた先生がそれを片付ける。

 ③水無月がいつも猫に悪さをしていると誰かが通報。

 ④水無月が事情聴取

 ⑤噂が広まり、元々いない友達がマイナスに


「5番目は必要か? なあ、必要か?」


 水無月が足をぐりぐり踏んでくる。


「待てって、きっとそれがこの先に生きてくるんだって。コナン君なら、決め顔のアップでCM入りのタイミングだぞ」


 俺の軽口を華麗にスルーして、水無月がノートに書き加える。


「あと追加で」


 ⑥犯人は猫に危害を加えるつもりはなかった。


「そういえば、猫除けのペットボトル」


 穂乃果が思わず口に出す。


「昼休み、秋月と現物を見てきたんだ」


 水無月はスマホの写真を見せながら、


「ワサビの臭いがきつく、とても猫が喰いつくようなものじゃない。そして、問題のワサビだが」


 写真を拡大。


「これ、なにかおかしくないか」


 穂乃果が目を細めて画面を見つめる。


「やけに繊維が大きいし、なにか、大根おろし? みたいな」

「そう。多分、細かくおろした大根だ。それに何かを混ぜて着色しているんじゃないかな」

「うん、そうだね」


 え、そうなの。これって気づいて当たり前なのか。顔を上げると、風見も同じく驚いた顔で俺を見返す。


 ジェンダー的に大丈夫なのかはともかくほっとした。登呂川の口からも小さく「ほへーっ」と聞こえるし。


「じゃあ、あのワサビの臭いは?」

「カマボコからじゃなく、紙皿の裏側から強く匂ってきた。つまり、皿の裏にワサビを擦り込んだか、香料か何かを吹きかけたか、だ」

「おお」


 どうやら俺達のコナン君は水無月だったようだ。素晴らしい。これで一件落着――


「してないな。何も解決してないな」

「解決は、してないね」


 穂乃果も無念そうに呟いた。


 ここまでで確かになったのは犯人が猫に対して見せた過剰なほどの気配りだ。俺はノートに続けて書き出した。


 ⑦学校への通報の内容、タイミングからして通報した生徒が犯人である可能性が高い

 ⑧犯人は水無月が猫に眉毛を描いているのを知っている人

 ⑨犯人は猫派


 さて、他に気が付いたことはないか。

 手を止めて考えていると、俺に皆の視線が集まっているのが分かる。


「おい、拓馬。⑧は駄目だろ。水無月さんが猫に悪さをするなんて」

「たっくん、冗談でもさすがにそれは」


 なんか俺、責められてる。というか⑧は共通認識ではなかったのか。


「あれ、水無月ごめん。さっき聞いた話とごっちゃになって」 

「あの、猫に眉毛というのは、その、身に覚えがあります、です」


 顔を伏せ、ビクビクと手を上げる水無月。


「……」


 重々しい空気とは、時の流れさえも止めてしまうのか。


「うん。水無月さん、よく話してくれたね」

「そうね、水無月さん。告白って勇気がいるよね。さあ先生の所に――」

「いやいや、私、その他はやってないから!」


 またこの展開か。しかし今回は俺が悪かった気がする。俺は皆の注意を引こうとノートに勢いよく書きつけて、ペンをテーブルに叩きつけた。


「みんな、聞いてくれ。もう一つ項目が加わった」


 ⑩犯人は水無月をピンポイントで狙ってこの騒動を起こしている


「――つまり、犯人は水無月のことを良く知っていて、なおかつ恨みを持っている者だ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、本気で猫に危害加えるならイカやチョコ、ネギを使いますからね。 [一言] 特にイカは気付かず与える人もいるので要注意です。他の二つは大抵の動物には毒ですが。
[一言] 犯人、すっごく手間かけてるね! よっぽど憎いか愛しいか…どっちだ?w
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