14 6月のfireworks
昼休み、俺は購買に向かってぶらぶら歩いていた。
その道すがら。中庭の芝生の上であぐらをかく女生徒に気付く。
制服の上からオーバーサイズのパーカーを羽織った彼女の名は水無月花火。
見かける時は決まって携帯ゲーム機で遊んでいるが、今日はなんだか様子が違う。膝に何かを抱えているみたいだ。
俺は興味本位で後ろから近付く。
こっそりのぞき込むと、水無月の膝に居るのは猫だ。
白に茶ブチのブサ可愛い系で、水無月に喉を撫でられて気持ち良さそうに身をよじっている。
……おや、これは意外な一面だ。
生き物を慈しむとか、そんな情緒がこの娘にもあったのだ。同じ部員として喜ばしいばかり。
なんと微笑ましい光景だろう。
水無月は人差し指で上手に猫の喉を撫ぜながら、空いたもう片方の手にマジックを持ち、猫の顔に眉毛を描いて——
……眉毛。眉毛?!
「?! 水無月、何してんの!」
俺の声に驚き逃げ出す猫。水無月はフードを被り直しながら不機嫌そうに振り向いた。
「ちょっと、猫が逃げたんだけど」
なんで俺が文句言われてるんだ。
「いやいや、ダメでしょ。猫に眉毛描いちゃ。動物虐待ダメ、ゼッタイ」
「大丈夫、ちゃんと油性マジック使ってるから。濡れても流れて目に入らない。ワタシ、ガッコウノネコ、ダイタイトモダチ」
なんだこのノリ。
「とにかく、あんまり変なことしてると部が活動停止とかくらうし。猫はモフるくらいにしといてくれよ」
「ほいほい」
水無月は立ち上がるとスカートから猫の毛をパタパタ払う。
……こいつ、意外とスカート短いな。
思わず視線をやった俺に気付いたのか、水無月はニタリと邪悪な笑みを浮かべる。
「おい、エロい目で見てたって掛彬に告げ口すんぞ」
「穂乃果は関係ないだろ」
「お前、エロい目で見てたのは否定しないのな」
水無月はあきれ口調で言うと、ポケットから棒付キャンディを二つ取り出す。
「ん」
一つを俺に差し出した。
「くれるのか? ありがと」
なんだ、こいついい奴じゃん。こう見えても俺は買収にはすこぶる弱い。
水無月は俺が包み紙をはがすのを見計らい、
「それやるから、ちょっと付き合え」
パーカーのポケットに手を突っ込んで歩き出す。あれ、俺ってちょろい?
「なあ、どこに行くんだ?」
「エロいのを隠さないお前に、ご褒美やろうと思ってな」
「からかうなって。ちょっと待てよ」
飴を舐めながら水無月の後をついていく。
今まで意識したことは無かったが、スカートの裾から見える細い足は意外と白く、肌のキメの細かさが離れていても見て取れる。
水無月は迷いない足取りで、真っすぐ校舎裏の人気のない方に向かっている。
……え、まさか、冗談だよな。
校舎裏から更に入り込み、水無月は足で草をかき分けながら用具倉庫の裏に姿を消した。
えええええ。こんな唐突に俺は大人の階段を上るのか。いや、しかし俺には穂乃果が。
怖気ついた俺が迷っていると、建物の陰から水無月がひょっこり顔を出す。
「おい、早く来いよ。まさかビビってるのか?」
「はい? 誰がビビってるって」
売り言葉に買い言葉。俺は思い切って用具倉庫の裏に入った。
そこには後ろ手に組んだ水無月が、さっきまでとは違う、ちょっと照れたような表情を浮かべながら、俺を待っていた。
え、これマジな奴?
「えーと、あの。水無月、やっぱこういうことは」
「ん。なーに?」
さく。草を踏み分ける音。水無月が一歩足を踏み出した。
「ややややっぱ、ちゃ、ちゃんと好きあった同士でだな! 段階を踏んですべきであって!」
もう駄目だ、限界だ。自分でも分かるほどに顔が赤いのが分かる。
「ほい、これ」
「え?」
差し出されるままに受け取った俺の手には、金づちと木の板。
「ほら、あそこ」
水無月の指す先にはツバメの巣。
「この倉庫、壁がかなり傷んでるから下手すると落ちるかもなんでな。ちょいと世話焼いてやろうかと」
「はあ。ツバメの巣」
「悪い、マジでエロい展開期待してた?」
「ばっ、馬鹿言うな、そんなわけないだろ!」
やばい、完璧に手玉に取られた。畜生、男子高校生の純情を弄びやがって。
俺は恥ずかしさに水無月の顔を見ることが出来ず、
「あれ、届かないな。何か、踏み台になるものないか」
と、話を変えた。
しばらくあたりを探し回るが、適当なものは無い。どうしたものか。
水無月はきょろきょろあたりを見渡すと、後ろを向いて足を開き気味に腰を落とした。
「しゃーないな、ほい」
「どうした? トイレなら校舎に戻ってした方がいいぜ」
「馬鹿。肩車だよ、肩車」
「はいっ!?」
え、だって水無月、スカートじゃん。まじで。またからかうんだろ?
「早くしろって。昼休み終わるだろ」
まじだ。いいのか。
つーか俺が気にし過ぎで、高校生ではこのくらいは普通なのか。みんなこんなドキドキな日々を送っているのか。
俺は覚悟を決めて水無月の足の間にもぐりこんだ。
「おい、スカートの中に顔突っ込んだら頭に釘を打つからな」
心拍数が半端なく上がっているのが分かる。
首筋に触れるスカート生地の感触、温かさ、生地越しの内腿の感触。
それどころか、持ち上げるなら足に触らないといけないのでは。
いいのかそれ。条例に触れないのか。
「なあ、早く上げろよ」
「お、おう」
……軽っ!
水無月を持ち上げた最初の感想はそれだった。女の子ってこんなに軽いのか。
「ふらふらするなって。はい、もうちょい前」
これは水無月だぞと自分に言い聞かせる。
が、いい匂いはするし、痩せてるにも関わらず柔らかい身体。
なんだこれ。男子と同じ生き物なのか。
金づちを振り下ろすたび、水無月の内腿が一瞬俺の顔を締め付ける。
後頭部には水無月の下腹の動きまで伝わってくる。彼女が小柄な分、全身の動きが俺に伝わるのだ。
俺の理性が限界に達する直前に、水無月は手際よく巣の下に手作りの台座を打ち付けた。
「よーし、オワタ」
「じゃあ降ろすぞ」
なんか思った以上だ。肩車がこんなにセクシャルな行為とは思っていなかった。
やばい、にやける顔を見られるわけにはいかない。
「へえ、上手いもんだな」
俺は平静を装っていたが、肩車の余韻で頭の芯がしびれている。ああ、肩車カフェとかどこかにないだろうか。
水無月は満足げにツバメの巣を見上げていたが、俺の様子に気付いたのかどうか。悪戯っぽく笑いながら俺を小突く。
「どうだった、私からのご褒美は?」
「いやいやいや、肩車だろ、ただの肩車! 俺はもう行くからな」
俺は逃げるようにその場を離れた。
……完敗だ。男は女子にかかればこんな簡単に道化に堕ちてしまうのだ。
水無月ちゃんもちょっとだけヒロイン力を出してみました。
主人公、男女を問わずちょっとチョロ過ぎだと思います。




