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14/35

14 6月のfireworks


 昼休み、俺は購買に向かってぶらぶら歩いていた。


 その道すがら。中庭の芝生の上であぐらをかく女生徒に気付く。

 制服の上からオーバーサイズのパーカーを羽織った彼女の名は水無月花火。


 見かける時は決まって携帯ゲーム機で遊んでいるが、今日はなんだか様子が違う。膝に何かを抱えているみたいだ。

 俺は興味本位で後ろから近付く。


 こっそりのぞき込むと、水無月の膝に居るのは猫だ。

 白に茶ブチのブサ可愛い系で、水無月に喉を撫でられて気持ち良さそうに身をよじっている。

 

 ……おや、これは意外な一面だ。

 生き物を慈しむとか、そんな情緒がこの娘にもあったのだ。同じ部員として喜ばしいばかり。


 なんと微笑ましい光景だろう。

 水無月は人差し指で上手に猫の喉を撫ぜながら、空いたもう片方の手にマジックを持ち、猫の顔に眉毛を描いて——


 ……眉毛。眉毛?!


「?! 水無月、何してんの!」


 俺の声に驚き逃げ出す猫。水無月はフードを被り直しながら不機嫌そうに振り向いた。


「ちょっと、猫が逃げたんだけど」


 なんで俺が文句言われてるんだ。


「いやいや、ダメでしょ。猫に眉毛描いちゃ。動物虐待ダメ、ゼッタイ」

「大丈夫、ちゃんと油性マジック使ってるから。濡れても流れて目に入らない。ワタシ、ガッコウノネコ、ダイタイトモダチ」


 なんだこのノリ。


「とにかく、あんまり変なことしてると部が活動停止とかくらうし。猫はモフるくらいにしといてくれよ」

「ほいほい」


 水無月は立ち上がるとスカートから猫の毛をパタパタ払う。


 ……こいつ、意外とスカート短いな。

 思わず視線をやった俺に気付いたのか、水無月はニタリと邪悪な笑みを浮かべる。


「おい、エロい目で見てたって掛彬に告げ口すんぞ」

「穂乃果は関係ないだろ」

「お前、エロい目で見てたのは否定しないのな」


 水無月はあきれ口調で言うと、ポケットから棒付キャンディを二つ取り出す。


「ん」


 一つを俺に差し出した。


「くれるのか? ありがと」


 なんだ、こいついい奴じゃん。こう見えても俺は買収にはすこぶる弱い。


 水無月は俺が包み紙をはがすのを見計らい、


「それやるから、ちょっと付き合え」


 パーカーのポケットに手を突っ込んで歩き出す。あれ、俺ってちょろい?


「なあ、どこに行くんだ?」

「エロいのを隠さないお前に、ご褒美やろうと思ってな」

「からかうなって。ちょっと待てよ」


 飴を舐めながら水無月の後をついていく。


 今まで意識したことは無かったが、スカートの裾から見える細い足は意外と白く、肌のキメの細かさが離れていても見て取れる。


 水無月は迷いない足取りで、真っすぐ校舎裏の人気のない方に向かっている。


 ……え、まさか、冗談だよな。


 校舎裏から更に入り込み、水無月は足で草をかき分けながら用具倉庫の裏に姿を消した。


 えええええ。こんな唐突に俺は大人の階段を上るのか。いや、しかし俺には穂乃果が。


 怖気ついた俺が迷っていると、建物の陰から水無月がひょっこり顔を出す。


「おい、早く来いよ。まさかビビってるのか?」

「はい? 誰がビビってるって」


 売り言葉に買い言葉。俺は思い切って用具倉庫の裏に入った。


 そこには後ろ手に組んだ水無月が、さっきまでとは違う、ちょっと照れたような表情を浮かべながら、俺を待っていた。


 え、これマジな奴?


「えーと、あの。水無月、やっぱこういうことは」

「ん。なーに?」


 さく。草を踏み分ける音。水無月が一歩足を踏み出した。


「ややややっぱ、ちゃ、ちゃんと好きあった同士でだな! 段階を踏んですべきであって!」


 もう駄目だ、限界だ。自分でも分かるほどに顔が赤いのが分かる。


「ほい、これ」

「え?」


 差し出されるままに受け取った俺の手には、金づちと木の板。


「ほら、あそこ」


 水無月の指す先にはツバメの巣。


「この倉庫、壁がかなり傷んでるから下手すると落ちるかもなんでな。ちょいと世話焼いてやろうかと」

「はあ。ツバメの巣」

「悪い、マジでエロい展開期待してた?」

「ばっ、馬鹿言うな、そんなわけないだろ!」


 やばい、完璧に手玉に取られた。畜生、男子高校生の純情を弄びやがって。

 俺は恥ずかしさに水無月の顔を見ることが出来ず、


「あれ、届かないな。何か、踏み台になるものないか」


 と、話を変えた。

 しばらくあたりを探し回るが、適当なものは無い。どうしたものか。


 水無月はきょろきょろあたりを見渡すと、後ろを向いて足を開き気味に腰を落とした。


「しゃーないな、ほい」

「どうした? トイレなら校舎に戻ってした方がいいぜ」

「馬鹿。肩車だよ、肩車」

「はいっ!?」


 え、だって水無月、スカートじゃん。まじで。またからかうんだろ?


「早くしろって。昼休み終わるだろ」


 まじだ。いいのか。

 つーか俺が気にし過ぎで、高校生ではこのくらいは普通なのか。みんなこんなドキドキな日々を送っているのか。


 俺は覚悟を決めて水無月の足の間にもぐりこんだ。


「おい、スカートの中に顔突っ込んだら頭に釘を打つからな」


 心拍数が半端なく上がっているのが分かる。


 首筋に触れるスカート生地の感触、温かさ、生地越しの内腿の感触。


 それどころか、持ち上げるなら足に触らないといけないのでは。

 いいのかそれ。条例に触れないのか。


「なあ、早く上げろよ」

「お、おう」


 ……軽っ!


 水無月を持ち上げた最初の感想はそれだった。女の子ってこんなに軽いのか。


「ふらふらするなって。はい、もうちょい前」 


 これは水無月だぞと自分に言い聞かせる。

 が、いい匂いはするし、痩せてるにも関わらず柔らかい身体。

 なんだこれ。男子と同じ生き物なのか。


 金づちを振り下ろすたび、水無月の内腿が一瞬俺の顔を締め付ける。

 後頭部には水無月の下腹の動きまで伝わってくる。彼女が小柄な分、全身の動きが俺に伝わるのだ。


 俺の理性が限界に達する直前に、水無月は手際よく巣の下に手作りの台座を打ち付けた。


「よーし、オワタ」

「じゃあ降ろすぞ」


 なんか思った以上だ。肩車がこんなにセクシャルな行為とは思っていなかった。

 やばい、にやける顔を見られるわけにはいかない。


「へえ、上手いもんだな」


 俺は平静を装っていたが、肩車の余韻で頭の芯がしびれている。ああ、肩車カフェとかどこかにないだろうか。


 水無月は満足げにツバメの巣を見上げていたが、俺の様子に気付いたのかどうか。悪戯っぽく笑いながら俺を小突く。


「どうだった、私からのご褒美は?」

「いやいやいや、肩車だろ、ただの肩車! 俺はもう行くからな」


 俺は逃げるようにその場を離れた。



 ……完敗だ。男は女子にかかればこんな簡単に道化に堕ちてしまうのだ。


水無月ちゃんもちょっとだけヒロイン力を出してみました。

主人公、男女を問わずちょっとチョロ過ぎだと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、チョロくないぞ… そのご褒美は危険だ。多分、俺の理性など3秒もたたずに溶けて、鼻から流れ出すだろう…
[良い点] 買収に弱いって自覚しているなら直しましょうよ。多分、親しい相手にはわかられてますよね。 [一言] 類は友を呼ぶといいますが、BL部にまともな人がいないのはいったい誰のせいなんでしょうね…
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