13 唯一の常識人
お菓子パーティも中盤戦。
登呂川が堅あげポテトをかじりながら、カバンをゴソゴソやっている風見の手元をのぞき込む。
「風見君、なにしてるの?」
「ブルーレイレコーダーまであったからね。今週の放送分まだチェック終わってないし、せっかくだから見ようと思って。どれにしようかな」
ケースから一枚のディスクを選ぶと、プレーヤーに投入する風見。
始まったのは忍魔戦姫シノノメとかいう、今クール筆頭の極北作品(風見曰く)だ。
開始早々、緑色の触手に拘束される巨乳のくノ一が画面いっぱいに映し出される。
いや待て、なぜこれを選んだ。風見お前、躊躇無さ過ぎだろ。女性陣さすがにドン引きのはず。
「風見さん、アニメ好きなんですね。わあ、きれいな絵ですねー」
まじか。登呂川すげえ。友人の俺でも引いてるのに。
風見、付き合うんならこいつにしろ。
「水無月さん、学校のホームページの部活案内の原稿ですけど」
穂乃果は特に気にするでもなく通常運転。こいつもか。
水無月は穂乃果から原稿を受け取ろうとして、テレビに気付いて固まった。
「いや、秋月。部室で見るのにこれは無いだろ」
思いがけない常識人がここにいた。それより俺が見ているんじゃないんだけど。そこ大事。
「ねえ、穂乃果ちゃん。そっちの書類は何?」
通常運転の女がもう一人、登呂川がジュースのお代わりを注ぎながら穂乃果に尋ねる。
「さっき先生にもらったんですけど。えーと、部費の申請について、だって」
「部費出るのー?」
キラキラキラ。登呂川の目が輝きだす。この女、目にLEDでも仕込んでいるのか。
とはいえ、俺達も気になるので皆で書類をのぞき込む。
「申請したら部費を年額1万円と新設準備金が3万円もらえるんだって。あ、食べ物や服とかは駄目みたい」
「あ、そうなんだ」
登呂川の目の光が消えていく。
「資料になる本や、活動に必要な文房具や小物、棚や椅子なんかの家具は大丈夫。それ以外は顧問の先生の許可が必要だって。うちの場合、お客さんが来ることもある活動内容だから、食器やポットも買えるみたい」
「じゃあ、おソロのマグカップ買おっ! あと、可愛いクッションとティポットと姿見とクローゼットと――」
いやいや、お金足りないだろ。
「確かに姿見は便利だね。ただ準備金がもらえるのは今回だけだし、今回は棚とか高めの必要なものを揃えようよ」
風見は登呂川の暴走をさらりと流すと、方向性をまとめる。
なにこいつ、イケメンじゃん。テレビでは触手がグネグネしてるけど。
「うんうん、じゃあ部費が出たらみんなで買いに行こうよ。風見君もいいでしょ?」
「え、まあ、いいけど」
「穂乃果ちゃんも大丈夫よね」
「うん、大丈夫。水無月さんも行こうよ」
「え、私も?」
水無月は驚いて顔を上げた。
「迷惑だった?」
「そういうわけじゃないけど」
「えー、来ないんなら花火ちゃんのマグカップ、私が選ぶからね」
「……行く。何か見張ってないと部費が変なものに消えそうだ」
よし、俺だけ誰も誘ってくれていない。
「LINEグループ作りましょ。はい、みんなスマホ出してくださーい」
「え、わたしLINE使ってないけど」
「じゃあ花火ちゃん、私が教えてあげる」
なんだかんだでBL部始動である。
――――――
―――
「はい、コーヒー淹れてきたよ」
「ありがと」
今日のベランダ会議はコーヒー付きだ。
夜遅くにコーヒーってことは、今日は穂乃果のお気に入りアニメのリアタイ視聴の日ということだ。
さて、今日の穂乃果は妙に嬉しそう。ジャージの襟もピンと立っている。
「何かいいことあった?」
「うん、今日は嬉しかった。みんなに迷惑かけちゃったのに、部の皆すごく優しくて」
「風見も言ってたけど、誰も迷惑なんて思ってないって。それに穂乃果が頑張ってるから、皆が優しいんだろ」
「そうかな。えへへー」
照れた顔をマグカップで隠す穂乃果。なんだこいつ、やっぱり可愛いな。
俺はコーヒーをすすりながら、照れてグネグネしている穂乃果を眺める。何気に昼に見た触手を彷彿とさせる。
穂乃果の優等生姿とのギャップを知っているのは俺だけだと思うと嬉しいが、これから少しずつ彼女が心を開く相手も増えていくのだろう。
少し寂しいが、それはそれで良いことだと思う。まずはBL部を彼女の居場所として守っていかねば。
「——でね、前回予告だと今日のは私の推しキャラの過去回で、確実に公式が殺しに来てるよね。やばい、展開によっては意識飛ぶ」
うん、ちょっと考えごとしている間に話が一気に飛んでいる。ちょっといい話をしていた気もするのに、いつからこんな話になった。
しばらく思いの丈を吐き出していた穂乃果は急に黙ると、
「ねえ、たっくん」
「ん? なんだ」
「いつも、色々ありがとね」
歯を見せてニカッと笑った。
はい。もう他に何もいらないです。
Intermission ~次からは局留めで
乱れている。
風紀が乱れに乱れている。
馬剃天愛羅は自室の勉強机に肘をつき、苦々し気にスマホの画面を凝視している。
1-C 秋月拓馬と風間樹
……最優先の監視対象だ。
校内で人目を忍んでイチャつくこと数知れず。風紀委員長として、とてもじゃないが目を離せない。
「これなんか……ほとんどキスしてるようなものじゃない」
馬剃天愛羅は思わず眉をしかめた。
どうしてこうなったのか。二人、やたら近く顔を寄せてジュースの表示を読んでいる。
「普通の友達同士でこんなことをするわけないわ。あのジゴロ……神聖な学び舎でやっぱり……」
――夕暮れの風紀委員室。
壁際に追い詰められた自分の眼前には、からかうような余裕の表情の秋月拓馬。
思い出した途端、顔が赤く火照り背中を汗がつたう。
「わっ、わわ、私にあんなことをしておきながら、節操もなくこんな」
ドン、と拳で机を叩く。
……秋月拓馬。完全に咎人だ。
再び風紀委員室に呼び出して、今度こそキッチリ指導をしなくては――
「姉さん、さっきから何ぶつぶつ言ってるんだよ」
「はいっ?!」
背後から聞こえた声に思わず椅子から飛び上がる。
振り向くと、部活帰り、ジャージ姿の弟が部屋の入口に立っている。
「ちょ、ちょっと、貴司。ノックぐらいしなさいよ!」
「したって。どうしたんだよ、そんな慌てて」
「慌ててなんて無いわよ。あなた、部活もいいけど勉強は大丈夫?」
面倒くさそうに頭を掻きながら、部屋に入ってきたのは弟の馬剃高志。
中学でサッカー部に入ってから、すくすくと背が伸びて早くも大人びた雰囲気になりつつある。
……ごくり。唾を飲み込む馬剃天愛星。
「姉さん?」
「……そういえば貴司、あなたもう中2よね」
「そうだけど。なんだよ、改まって」
引き出しに隠した薄い本が天愛星の脳裏をよぎる。
「じゃ、じゃあ、あなたも……そ、そろそろ、穴とか……開いてるの……?」
「穴……?」
馬剃貴司はポカンと目をしばたかせた後、慌ててジャージの裾を掴んだ。
「やば、どこかでジャージひっかけたかな。穴開いてる?」
(……ん。あれ。私、何言った?)
「はああっ?! いや、あの、なんでもないっ!!! 忘れてっ!」
先程と違う汗を流しながらパタパタと手を顔の前で振り回す天愛星。
「……姉さん。最近ちょっと変だぜ」
貴司はため息交じりに平たい段ボール箱を差し出す。
「なにこれ?」
「姉さん宛の荷物、持って来たんだって。えーと、送り主は……虎の穴?」
「っ! あっ、ありがとっ!!」
「おいっ、なんだよ!」
天愛星は段ボールを奪い取ると、力任せに弟を部屋から追い出した。
扉越し、文句を言いながら弟が部屋に戻ったのを確認すると、天愛星は段ボールを愛おしそうに撫でまわす。
……これはあくまで資料である。
秋月拓馬。彼がこれ以上罪を重ねないよう自分が理解者にならなくては。
丁寧に段ボールのテープを剥がしつつ、知らずの内に頬が緩むのを止められない。
……繰り返すが、あくまでも資料である。
天愛星委員長、沼に片足を取られたようです。
もう片足を突っ込む前に、戻ってこられることを祈ります。




