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ルンルゥノ・クィンターゴイ

「だれか、お願い。私の声をきいて……誰でもいい。”()()ヴォ―コ()()アウスクルト(聞いて)”!」


 頭の中に声が響く。気がつくと視界には木々が広がっていた。


 ここはどこだ、そもそもどこで何をしていたっけ。


 前後の記憶が朧げだ。


「フン、木っ端の雌(ドラゴン)風情が。いくら我に見初められたからといって調子に乗り負ったか。貴様ごときが龍の言葉(ドラコヴォルト)を発し()()()()しようなど、笑わせる」


 目の前で二匹の(ドラゴン)()()()()()いる。


 一匹は燃えるような赤い鱗をしていた。赤い(ドラゴン)は見るからに好戦的で、溢れんばかりの自信に満ちており、常に他者を見下し、威圧しているかのような堂々たる雰囲気を身にまとっていた。


 一方のもう一匹は雪の様に真っ白な鱗をしていた。白い(ドラゴン)は所作の一つ一つから慈愛の心が感じられ、守られているような、そんな気持ちにさせてくれる、優しい雰囲気が感じられた。事実、何かを守っているのだろう。白い(ドラゴン)はなにかを抱え込むような体勢をとり、周りを常に警戒をしているように見えた。


 二匹の(ドラゴン)を見て、まるで吸い込まれてしまいそうなほど純粋で綺麗な色をしている、そう思った。同時に随分現実味のない光景だとも思った。だって(ドラゴン)はもう既に絶滅したはずだから。


 それにおかしいことがもう一つある。なんでこの光景を見ても喜びの感情が湧いてこないのだろう。――いや、そもそも私とは誰だ。何も思い出せない。


 轟く様な怒号が森中に響きわたった。


「聞け! 龍の言葉(ドラコヴォルト)とはこう発するのだ!!」


 赤い(ドラゴン)は大きく息を吸い、肺に大量の空気を送り込む。胸が膨らみ、赤い(ドラゴン)の口から()()が発せられた。


「”プロストラード(平伏せ)”!」


 瞬間、空間に歪みの様なものが生じ、()()()()()()()()()


 周りを見渡すと、一帯すべての生物が赤い(ドラゴン)に跪き(こうべ)を垂れていた。唯一白い(ドラゴン)だけが腰を浮かして少しばかりの抵抗を見せているが、先ほどよりも少し頭の位置が下がっているように見えた。


「フン、十大龍(デ・グランドラコ)たる、このアログレンティコ=ヴェーラ=フラモドラコ直々の()()を聞いてもなお、抵抗して見せるか。相変わらず見た目に反し尊大極まりない奴め。まぁいい、その美しさに免じて我の言うことに従うのであれば特別に許してやろう。さぁ、貴様が後生大事そうに抱えている、その腹の中の物を我に寄こすのだ」


 白い(ドラゴン)は非常にぎこちなくゆっくりとした動きで、先ほどよりも一層腹を抱え体を丸め込んだ。


 赤い(ドラゴン)は白い(ドラゴン)の返答を待っているようだが、白い(ドラゴン)から返事をする素振りは見られない。


「あくまでも抵抗を続ける気か。気丈な雌めが、ならば仕方あるまい」


 赤い(ドラゴン)が、徐々に白い(ドラゴン)との距離を詰めてきた。


「我のこの手で貴様の、その腹を掻っ捌き中を確認するとしよう」


 二匹の(ドラゴン)の距離は、たやすく互いに触れてしまうほど近くなっている。


 赤い(ドラゴン)が再び()()を発した。


「”アブドゥメロ()()モントゥル(見せろ)”」


 ()()に従うかのように、周辺の生物全てが赤い(ドラゴン)に腹を見せ仰向けになった。


 唯一白い(ドラゴン)だけは、赤い(ドラゴン)()()に従わず必至の抵抗を続けている。


「流石に煩わしくなってきたな。”ヴォネミ()()アブドゥメロ()()モントゥル(見せろ)・ブランカネーゴ=ドラコ”」


 白い(ドラゴン)周辺の空間が歪み、薄い膜のようなものが張られた。最初こそ、お腹を抱え込む様な格好を続けていた白い(ドラゴン)だったが、抵抗し続けることが難しくなったのか徐々に頭が上がり始め、ついには仰向けになり手を広げ腹を見せてしまう。白い(ドラゴン)の腹はまん丸くパンパンに膨んでいた。


 赤い(ドラゴン)は白い(ドラゴン)の腹に爪を立て鱗と鱗の間の筋をなぞっていく。


「やはりな。いつからだ?」


 赤い(ドラゴン)の問いかけに対して、白い(ドラゴン)の返事はない。


「我の()()に抵抗していないのだから、もう喋れるはずだがな……」


 赤い(ドラゴン)はわざとらしい間を作り返事を待っているようだったが、白い(ドラゴン)は依然として沈黙を続けたままだ。


「まだ抵抗を続けるか。――カハッ、カハハハハッ!」


 突如、赤い(ドラゴン)は大声で笑い始めた。


「ああ。()い、()いぞ、ブランカネーゴ。貴様ぐらいだろうよ、十大龍(デ・グランドラコ)でもなんでもない、ただの雌(ドラゴン)の分際で我に抵抗し続けるのは――」


 赤い(ドラゴン)は右手の爪を立て、白い(ドラゴン)の鱗を突き刺さした。傷口から一雫の血が滲んだ。やがて、雫は重力に従い鱗の筋を伝いながら地面へと垂れ落ちていった。


「”…ャ…ィ”」


「ん? この期に及んで龍の言葉(ドラコヴォルト)を発したのか? 小さすぎてなにも聞こえんなぁ。それじゃあ()()()()()()()()()()のではないかぁ? 愛い、愛いなぁ貴様は、カハハッ! 特別だ、もう一度発してみてもよいのだぞ。カハハハ!」


 白い(ドラゴン)は何も言わず、ただ赤い(ドラゴン)をまっすぐ見据えている。


「ん? せっかくなのだ、もう一度発してみろ。何、邪魔などせぬわ、だから、ほれ……」


 この状況を楽しんでいるのか、赤い(ドラゴン)は見る見る饒舌になっていく。


「そうだよなぁ! 発するわけがないよなぁ! だって無駄だものなぁ! 十大龍(デ・グランドラコ)でもなんでもない、木っ端の雌(ドラゴン)風情が龍の言葉(ドラコヴォルト)を発せられるわけがないものなぁ!! カハッ、カハハ、カハハハハハ――!!」


 何がそんなにおかしいのだろうか、赤い(ドラゴン)は世界を揺らす程の大声を上げ、笑い続けていた。


「――ハハッ! ……特別だ。ここまで我を楽しませた貴様に、褒美として今回ばかりは本心で話してやろうではないか」


 赤い(ドラゴン)は初めて自ら、白い(ドラゴン)と目線を合わせにいった。


「貴様と、その腹の中のものを殺すことを惜しいと思わんわけではない。貴様ほど気高く美しい(ドラゴン)はそうそう現れんだろうからな。なんせ自身と子を殺されそうになってもなお、我に媚びぬ(ドラゴン)なのだから。そして今、その腹の中にあるのはそんな貴様と我の血を引いた(ドラゴン)だ、我とて惜しいと思わんわけではない。だが、我の血を引く(ドラゴン)などいてはならぬ。世界に我以外の真炎龍(ヴェーラフラモドラコ)は要らぬのだ」


 赤い(ドラゴン)は左手で白い(ドラゴン)の頬を掴み、自身の方へと無理矢理引き寄せた。


「愛い、本当に愛い奴よ。そんな目を我に向けるのは十大龍(デ・グランドラコ)以外では貴様だけだろうよ。――ああ、もう貴様を犯せなくなるのか。惜しい、実に惜しいな」


 白い(ドラゴン)の鱗を貫く、赤い(ドラゴン)の指先がより深く、深く突き刺さる。腹から流れる血がより一層勢いを増した。鱗の筋を沿っていた血は段々と量を増していき、やがて筋から溢れてしまった。


「なに、特別に他の雌(ドラゴン)が孕んだ子のように苦しませてから食うような真似はせん。だから安心して腹の中の物を我に寄越せ」


 赤い(ドラゴン)は軽く爪を下に引いた。それでもなお、白い(ドラゴン)は口を閉じたままだ。


「今度こそ最後だ。我の言葉が冥途の土産にならぬよう、よく考えて発言しろ」


 白い(ドラゴン)は首を振り頬にかけられた手を解き、自身の膨らんだ腹に目線を合わせ口を開いた。


「エスペラ」


 白い(ドラゴン)は顔を上げ赤い(ドラゴン)と目線を合わせた。


「この子の名は、エスペラート=ヴェーラ=フラモドラコ」


 白い(ドラゴン)から発せされた声を聞いた、その場にいる者全てが彼女の慈愛に包まれる様な感覚を覚えた。


「フラモドラコ……それにヴェーラだと――!」


 一瞬、空気が震えた気がした。


 赤い(ドラゴン)がゆっくりと口から息を吐いた。口元がゆらゆらと揺らめいている。


「――……まあいい、どうせすぐに殺される命だ。我の前でヴェーラ=フラモドラコという名を与えた大罪は……、特別にその命を持って償わせてやろう! ブランカネーゴ!!」


 言葉と共に赤い(ドラゴン)はスッと爪を引いた。真っ白な鱗が鮮血に染まる。赤に染まった白い(ドラゴン)は掠れた微かな声で()()を発し始めた。


「”…ィ…ィ”、”ェ…”」


 白い(ドラゴン)の口から、小さくか細い言葉が発せられた。最後の力を振り絞って発せられたのか、白い(ドラゴン)は言葉の終わりとともに事切れてしまった。


「フン、最後に発した言葉が龍の言葉(ドラコヴォルト)とはな。死の直前まで我に歯向かうか」


 赤い(ドラゴン)は、白い(ドラゴン)の腹の裂け目に手を突っ込んで中をかき回し何かを探しているようだ。話の流れからして探しているのはおそらく卵だろうか。


 赤い(ドラゴン)は泥の中に埋まった何かを探すかの様に、ぐちゃぐちゃと肉や臓物を掻き分け卵を探し続けている。だが一向に見つかる気配がしない。


「クソ!! 自我すら持たぬ卵風情が。煩わしい、煩わしいぞ! ”アスペクト(姿)()アクトゥアラ(現せ)”」


 白い(ドラゴン)の死体が歪み、ウネウネと肉と臓物が一人でに蠢きだす。


 肉の隙間から淡いピンク色の卵が姿を現した。


 赤い(ドラゴン)は卵に向かって手を伸ばす。しかし指先が卵に触れた瞬間、するりと通り抜けてしまった。


「どういうことだ?!!」


 赤い(ドラゴン)は卵に手のひらを重ね、握ったり、手を振り回してみたりしているが、その手は空を切るばかりであった。


「なぜだ……」


 ギリリ、と歯と歯が擦れ、軋むような音がした。


「――まさか……、成功したと言うのか。いや、しかし、あり得ん、あり得てたまるものか。そこらに溢れるただの木端の雌(ドラゴン)ごときが()()()()()()()など……。絶対にあってはならぬことだ!」


 赤い(ドラゴン)が、驚き狼狽えているうちに卵の実態はどんどん薄なっていく。


 焦りでも感じたのだろうか、赤い(ドラゴン)は慌てた様子で()()を発し始めた。


「”オヴ()()ロコ()()レスティ(留まり)アスペクト(姿)()アクトゥアラ(現せ)”!」


 ()()()()によってこの場に存在する全ての卵が、赤い(ドラゴン)の前に引き寄せられる。しかし肝心の白い(ドラゴン)の卵はもうすでに実態を失ってしまっており、この場から完全に消え去ってしまっているようだった。


「クソオオオォオオ!! 許さん、許さんぞ! 許してたまるものか!!」


 周辺の空気が熱を帯び始め、パチパチと何かが弾ける音がした。赤い(ドラゴン)が息を吐く度空気が揺らぐ。


「ならば、この森ごと燃やし尽くしてくれるわ!」


 赤い(ドラゴン)の口から真紅の炎が噴き出された。辺一帯が炎に包まれる。


 周辺に潜んでいたであろう生物全てがこの場から離れていく。


 瞬間、赤い(ドラゴン)が大声で叫んだ。


 「“フロスティ(動くな)!!!!”」


 赤い(ドラゴン)の言葉の後、一帯全ての生物が動きを止めた。


 無抵抗のまま炎に焼かれ、様々な種類の悲鳴が重なり合い森中に響き渡る。


「良い、良いぞ。だがまだ足りぬ、もっとだ。さぁ、皆よ、さらに悲鳴を上げ、音を奏でろ――。」


 赤い(ドラゴン)は一本の指を立て両手を広げた。


「“ シゥイ()()アブドゥメロ()()フンド()(から)キリェギ(悲鳴)()プリーガス(上げろ)”!!」


 悲鳴の量が増し、より一層音の圧力が増した。中には口から血を吹き出しながらも、悲鳴を上げ続ける生物もいた。吐き出された血が炎に焼かれ一瞬で蒸発していく。悲鳴に混ざり様々なものが焼かれる音がした。


 赤い(ドラゴン)は所々で()()を発しながら指示を出す。体はまるで酩酊(めいてい)しているかの如く上下左右に大きく揺れている。


 その姿はまるで指揮者の様だった。


「あぁ、悲鳴が我を突き刺す。そこまでして我を殺したいか、だが無駄だ無駄。ああ、良い、心地()()ぞ」


 徐々に、焼ける音と共に悲鳴が小さくなっていく。気がつく頃には木々や生物は消え失せ、辺りには焼け野原のみが広がっていた。


「ついつい興が乗ってしまったわ。カハハ! 皆よ、素晴らしい演奏であったぞ。カハハハハ!」


 誰に向けてのものなのか、死体すら残らぬ焼け野原に向かって赤い(ドラゴン)は賛辞を送る。


「見事に何も無い。塵すら残っておらぬわ、カハハハハハ――! っんむ!?」


 赤い(ドラゴン)の永遠に続くかと思われた笑い声が急に止んだ。


「気配が消えておらぬ。まだ潜んでいるのか? 名はなんと言ったか、エス…………クソ、思い出せん!」


 赤い(ドラゴン)は地面を蹴った。塵が中を舞い、土が大きく抉り取られる。


「仕方あるまい。”アスペクト(姿)()アクトゥアラ(現せ)”!」


 ()()に従い姿を表す者はいない。


「やはり、名を呼ばねばならぬか」


 突如として地に足が付くような感覚がした。足元に目をやるともやもやした影が足にまとわりついているように見えた。


 じゃまだ。取り払うことはできるだろうか。


 影に向かって手を伸ばそうとするが、自分の体であるにもかかわらず思うように動かせない。どうすればいいのだろう。


 横着していると(ドラゴン)の首が、こちらを向いた。


「ん? なんだ! 卵ではない、か……。何者だ貴様!!」


 赤い(ドラゴン)と目が合った。もしかしなくても、見えているのか。さっきまで気づかれてすらいなかったのに……。まずい、これは殺されてしまうのではないだろうか……――。


「ブランカネーゴなのか、死んだはずでは……。まさか、龍の言葉(ドラコヴォルト)の影響か!?」


 ちがう。私は白い(ドラゴン)ではない。私は――。


 自分が誰かはわからなかったが、とにかく、必死に首を横に振り否定する。


「卵はどこにある? ”レスポンド(答えろ)・ブランカネーゴ=ドラコ”!」


 身振りが通じていないのだろうか。


 赤い(ドラゴン)は私の必死の否定を無視して言葉をつづけた。


「喋れないのか? カハ! なんと発したか知らぬが、龍の言葉(ドラコヴォルト)を発し、言葉そのものを失うとはな! カハハ!!」


 今度は首を縦に振る。正しく通じているかは定かではないが。


「我を笑っているのか? 喋ることすら出来ぬ、今の貴様が?」


 ――!? まずい。今度こそ殺される――。


 赤い(ドラゴン)に今の私がどう映っているかはわからないが、考えうる限りの中の最悪の伝わり方をしてしまったようだ。


「舐めるのも大概にしろ……――。我こそが、ヴェーラ()(なる)ドラコ()、アログレンティコ=ヴェーラ=フラモドラコなるぞ!」


 あまりの恐怖に、見えてはいないが体が小刻みどころではないほど震えているのがありありと感じられた。


「存在すら危うい今の貴様が、我を笑うか。調子に乗るなよ!!」


 怒りを抑え切れないのか、意味は違えど赤い(ドラゴン)も私と同じように小刻みに震えている。


 赤い(ドラゴン)は翼を拡げ、空に浮び上がり大きく息を吸い込んだ。


「”マラぺリディ(消え失せろ)”!!!!」


 大陸全体に声が響く。


 雲が割れ、空間に亀裂が入る。


 この日、その場ありとあらゆるものが()()()()により消え去った。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


よろしければ、評価、ブックマークもよろしくお願いいたします。

感想、批評好評、誤字脱字報告などいただけるもの全てありがたく頂戴いたします。

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