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帝国の朝


 清々しい朝日が部屋に差し込んで来た。

 私達が帝国に転移して一週間が過ぎようとしていた。


 私はベッドの横に置いてある着替えを手に取る。

 動きやすい真っ黒なズボンを履いて、真っ白なシャツを手に通し、ネクタイをピンでとめる。そして、丈夫なセミロングの黒いジャケットを羽織る。


 ――これが帝国の貴族学生の制服……令嬢でもドレスを着る必要ない……素晴らしいわ。






 転移したあの日、私達は賢者様の広大な屋敷に到着した。


 私とテッドは賢者様の好意に甘えて、賢者様の屋敷に住むことになった。


「ふぉふぉ、儂は各地に屋敷を持っているから好きにしていいのじゃ! 不自由があったら儂の弟子に言うのじゃ。あいつらも儂とよく帝国へ遊び……研究しに来るから詳しいのじゃ!」


 私とテッドは賢者様には感謝するばかりだ。


 ――この恩はいつか返します……





 ギルバートとカインさんは賢者様の屋敷で少しお茶をしたら、すぐに帰ってしまった。


 ギルバードがテーブルの上に置いていた小さな板がブルブル震えて文字を浮かばせた。

 私とテッドはそれが何か分からない。

 ギルバードとカインさんはその文字を見て、焦ったように出て行こうとした。


「……くそ……親父か……賢者様、後は頼む」


「はぁ……僕も怒られるのかな……ギルの親父さん怖いんだよ……」


「ふぉふぉ! 親父殿によろしくな! クリス殿の事は任せるのじゃ! とりあえず学園に行かせるのじゃ!」


 帰り際、ギルバードは立ち止まって振り返った。

 そして私を見つめた。


「……ふん、またな」


 私が返事をする前に出て行ってしまった。





 その日以来、ギルバードとカインさんには会っていない。

 ……やっぱり婚約は私を助けるための方便だったんだよね?


 ギルバードはカッコいいし、公爵令嬢一人を軽く買う資産を持っているから高位貴族だと思う……


 はぁ……なんにせよ私はギルバードに買われた身。あんまり変な事をして困らせないようにしなきゃね。すでに王子を刺しちゃったけど……




 そんな事を考えていたら、ノックの音が聞こえた。


「テッドでしょ? 入りなさい」


 扉が開く。

 だけど、テッドの姿が見えない。

 ……扉の影に隠れている。


「テッド? どうしたの?」


 テッドは顔だけ出した。


「う、うう……恥ずかしいでしゅ……まさか僕も生徒として学園に通うとは思いましぇんでした……」


 テッドはゆっくりと私に姿を見せてくれた。


 帝国学園服に身を包む。

 元々可愛らしい顔立ちをしていたが、カッコいい帝国の制服を着ていると、貴族と思われてもおかしくない。これは年上のお姉さま方が放っておかないわね……


「テッド、似合ってるわよ。素敵よ……」


「……ひぐっ、ひゃい……僕は……学園で勉強するのが夢でしゅた……。賢者様とカイン様の推薦で行けるなんて思わなかったでしゅ……」


 嬉しくて泣き出すテッド。


「ほら、泣くのはおやめ。これから沢山勉強して自分の選択肢を広げるのよ」


「ひゃい!! 僕は一生クリス様にお仕えしましゅ!」


「ふふ、私も離さないわよ」


 私達は歩いて学園まで向かうことにした。







 帝国は非常に活気がある国であった。街行く人は笑顔に溢れていて、非常に清潔で綺麗に区画された町。とても蛮族だなんて言えない。

 王国よりもよっぽど文化が進んでいる町。

 それがギュスターブ城下町である。


 そんな町にある学園は、能力が高ければ誰でも入学試験を受けることができる。

 これは素晴らしいシステムであった。だって、貴族も平民も関係ない。

 能力が高い人材を逃すこと無く育成することができる。


 私とテッドはそんな学園に転校生として入学する。


 私もテッドも王国で起きた魔力が無い者に対する差別を直に受けていた。

 その心の傷は今だ消えない。


 ここが王国じゃないと分かっているけど、身体に刻まれた恐怖は消えない。


 私の足がすくむ。

 学園に行かなきゃいけないのに、足が進まない。


「……クリス様?」


 テッドはそんな私を見て、私のお腹に抱きついてきた。

 温かいテッドの身体。親愛の感情が私に伝わる。


「大丈夫でしゅ……ここは王国じゃないでしゅ……ギルバートさんとカインさんがいる帝国でしゅ」


 身体の震えが収まってきた。


「テッド、ありがとう……さあ行きましょう」


 テッドは私の手を引いて歩いてくれた。




 *********



 私とテッドは学園に着くと、色々な手続きをした後、担任の先生と一緒にクラスへ行くことになった。


 クラスに入ると、私とテッドは驚いてしまった。


「え!?  ギルバードって同い年だったの!!」

「カインさん! ギルバードさん! また会えて嬉しいでしゅ!!」


 教室の一番後ろの並びの席に二人はいた。


 偉そうに椅子に座っているギルバードは不機嫌そうに手を振った。


「ふん……俺は十六歳だ……」


 カインさんが軽薄な笑みで隣の女子に話しかけていた。


「あの可愛い男の子はテッド君って言ってね〜、超いい子だよ! そして、あの綺麗な令嬢は……なんとギルバードの婚約者だよ!! 難攻不落のギルバードがついに年貢の納め時だよ!! ははっ!」


 生徒達が一斉に騒ぎ出した。


「ええーー!? だから今日は朝からギル君がいたんだ!」

「ていうかギル君照れてない? 可愛いーー!」

「噂の婚約者に会うからいつもよりも服装がちゃんとしてるんだ!」

「……これで帝国も一安心だね!」

「あの子超綺麗ね……ほわぁ……女の私でも惚れそう……」

「うん、強者の匂いがするわね……後で手合わせお願いするか?」

「ほら、ギル君がプルプル震えているよ! カインにとばっちり行っちゃうよ!」

「え、カインだからいいんじゃん?」

「うん、カインだからね」

「だってカインだし」

「カインは女の敵よ」




 私はポカーンと口を開けてしまった。




 先生が生徒に告げる。


「てめえらうるせえよ! 少しは黙れ!! むっつりギルバードの事は放っておけ! ……うん、新しい仲間だ! クリスとテッドだ!! みんな仲良くしてあげろ!! こいつらは魔力ゼロだが、結構な腕前だぜ? 試したいなら次の授業にしな!!」


 ――ちょっと先生? あなたも大丈夫? なんかこう……ノリが軽すぎじゃない?


「魔力ゼロか……じゃあ一点集中型か……」

「力を感じるわ。……精霊が喜んでいるのが分かる」



 ――うん、そんな思わせぶりなこと言われても全然理解できないわ!?


 でも……本当に魔力ゼロでも差別されないんだね……


 テッドは私の方を見た。


「クリス様……もう……大丈夫でしゅね……ぐしゅ……」


 私も思わず感極まってしまった。

 一筋の涙がこぼれ落ちる。


 それを見たギルバードがすごい勢いで立ち上がった。


「ギルバード……大丈夫よ……嬉しくて泣いただけ……。本当にありがとう……私を帝国に連れて来てくれて……ありがとう……ありがとう……」



 クラスが静まり返る。


 ギルバードは泣いている私をどうすればいいか分からなくてオタオタしていた。

 そんなギルバードをカインが蹴飛ばした!!


「くっ!?」


 ギルバードは私の所まで飛んで来た。

 そして泣いている私の頭を恐る恐る撫でて、ちょっと触れるだけの距離感で抱きしめてくれた。


 ギルバードは静まり返った生徒達に告げた。



「……ふん! こいつは俺の婚約者のクリスだ!! こいつを泣かせる者は俺が許さん……貴様ら……クリスとテッドをよろしく頼むぞ! 貴様らに対する俺の初めての命令だ!!!」



 静まり返ったクラスが一瞬で沸騰してしまった!


「いやっほーー!! まつりだまつりだ!!」

「うぅ……あのギル君が俺たちに初めて命令を……」

「泣くなよ! って先生も泣いてるじゃん!?」

「バカ皇子が立派になって……うおぉぉぉ!!」

「頼まれたぜ!!」



 抱きしめているギルバードの顔が真っ赤になっているのが分かった。

 私の顔も真っ赤だろう。

 カインさんがにやにやしている。


 ふふ……忘れられてなくて良かった……。


「ギルバード……忘れてたかと思ったわ?」


「…………ふん、忙しかったんだ」


「そう……ふふ、また鍛錬に付き合ってね」


「当たり前だ。これから毎日鍛錬するぞ。俺様と同じくらい強くなれ!」


「強くなるよ」


「……ああ」


「……次は組み手の授業だ。……お前の……クリスの力をみんなに見せてやれ」


「うん!」


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