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賢者の話し


 貴族の令嬢は長い髪が美とされていた。

 短い髪型なんて子供か平民しかしない。


 私は母のお古のドレスを処分して、テッドに頼んで動きやすいズボンとシャツをお願いした。その姿はまるで着飾った平民であった。


「悪くないわね」


 テッドが目をキラキラさせて頷いた。


「はい! クリス様素敵でしゅ!」


 髪を切った次の日から私は学園に行くのをやめた。

 あんな所へ行っても意味がない。私は私の道を探す。


 私はテッドをお供に、早朝から魔法省へ向かった。

 そこには私を検査したあの賢者がいる。そして数多くの書物がある。


 ――賢者様は時間が出来たら来いって言っていたようね。私の魔力ゼロに興味があるのかしら?


 書物で色々調べたかったから調度良い。


 私とテッドは王国の大通りを歩き、活気がある市場を抜けた。




 私とテッドはおかしな事に気がついた。

 石が飛んで来ない。

 それどころか、活気がある市場では沢山の人に声を掛けられた。


「そこの美人な姉ちゃん! 魚どうだ!」

「薬草あるっすよ〜」

「ねえねえ、ちょっと王国新聞社のモデルやらない?」

「むふー! 美人と小さな男の子……兄弟かしら? 絵になるわ」


 テッドも執事服をやめ、小綺麗な平民服を着ているから従者だと思われない。

 誰も私が公爵令嬢だと思っていなかった。


 私は思わず笑ってしまった。


「ふふっ……意味が分からないわ。あの無能令嬢に声を掛けてくるわ」


「クリス様は無能じゃないでしゅ! だってクリス様はお綺麗でしゅから!」


「そうね。テッドも可愛いわよ。ほら行くわよ」


「ひゃい!?」




 市場を抜けて王国の少し郊外にある魔法省。

 賢者の、頭がおかしい実験によって頻繁に爆発が起こるから郊外に建てられた。


 私は門番に身分を明かして賢者に取り次いでもらった。

 少し待つと奥へ進むように言われた。





「やっと来たのじゃ! 何度も公爵殿に催促したのじゃ! むふふっ! ぶっちゃけ聖女なんて研究しつくされているヤツよりも、魔力ゼロという未知の領域を調べたかったのじゃ!!」


 賢者の部屋に入ったそうそう、すごい勢いで私の元まで走って来た。

 テッドは驚きながらも私の前に立つ。

 大丈夫よ。モンスターじゃないわ。


「け、賢者様。私はテッドからしか聞いてませんけど? お父様に?」


「ふんっ、公爵殿は使えない男じゃな。そうじゃ、そこのちびっ子にお願いしたのじゃ!」


「……賢者様は私が魔力ゼロでも差別しないんですか?」


「はん? 別にじゃ?」


 テッドが私のそばに寄り添ってくれた。

 私はテッドの頭を撫でる。テッドは泣きそうになっていた。


「それでは賢者様、私は図書部屋で書物を……」


 賢者はいきなり私に杖を振りかざした。杖の先端には魔力が光り輝いている。

 ……だけど私は魔力を感じる事が出来ない。


 杖が私の頭に当たる寸前で止められた。杖の先端の光が消えてしまった。


「マジ!? かーっ! こいつはすごいのじゃ! うほっほーい!! レアじゃ、超絶レアじゃ!!」


 奇妙なダンスを始める賢者。

 私とテッドは呆然としてしまった。






「はぁはぁ……年甲斐も無くはしゃぎすぎたのじゃ……ふう、軽く説明するのじゃ」


 私達は賢者の部屋のテーブルを囲んでお茶を飲むことにした。

 テッドが淹れてくれるお茶は美味しい。


「テッド、あなたも座りなさい」


「え!? 賢者様の前でしゅよ……」


「はん? 何を気にするのじゃ。座った方が体力を消耗しなくて楽なのじゃ。座るのじゃ」


「テッド」


「ひゃい!?」


 テッドはおとなしく椅子に座った。


 賢者は咳払いをして話し始めた。


「うぉっほん。実はのう、幼少の頃からクリス殿には大きな力を感じていたのじゃ。儂はそれをずっと魔力だと思っていたのじゃ。だから魔力検査は何も問題ないと思っていたのじゃ」


「大きな力?」


「そうじゃ。儂はクリス殿が『聖女』か『乙女勇者』になると思っていたのじゃ。……すまん。儂が主の力を見破れなくてのう……検査の場であんな恥をかかせてしまった」


「い、いえ、お気になさらずに」


 賢者の目が真剣味を帯びてくる。


「なんにせよ、クリス殿の力は魔力では無いのじゃ。儂はだてに『賢者』のジョブについてない。それだけは確実なのじゃ」


「……そう」


「クリス様」


「ふぉふぉ、そう落胆しなくてもいいのじゃ。クリス殿の力は新しい力。この力が解明されて使いこなす事ができれば……」


 私は頭を振った。


「無理よ。賢者様も王国が長いから理解していると思いますが……。この魔力至上主義の王国では得体の知れない力なんて認められない」


 賢者はひげをしごいた。


「ふーむ、確かにそうじゃな……。難儀な国になりおって」


 賢者は身を乗り出して私に熱く語りかけた。


「儂はさっき、自分の四十%の魔力を杖に込めたのじゃ。その力を解き放てば王国の町が壊滅できるほどじゃ。……クリス殿はその魔力を……打ち消したのじゃ。これは恐るべきことじゃ。絶対この事を他人に言っては駄目なのじゃ」


「魔力を……打ち消す……?」


「原理は分からん。じゃが、クリス殿に何かの力があるのは事実じゃ」


 私は自分の胸に手を持ってきた。

 ――私に力がある? でもそんな実感はないわ。


「……わかりました賢者様。とりあえず誰にも言わないわ。……ところで、相談があって……」



 私は一度死を決意した事を賢者様に伝えた。

 だけどテッドによって新たな決意を胸に秘め、この世界を生きる事に決めた事を。

 そして、私が強くなって生きる事を。

 魔力なしでどうすれば強くなれるか?


 この賢者様は一見おバカそうだけど、本当におバカだけど、うん、ちょっとネジが外れているけど……

 私とテッドを見ても普通に対応してくれる。


 強さがあれば私は自分を守れる。テッドを守れる。生き抜く事ができる。


 だから……



 賢者は手をぽんっと叩いた。


「ふむ! 調度良いのじゃ! ちょっと中庭の実験場に来るのじゃ! それそれそれそれ!!」


「へ!?」


「ひゃう!?」



 私達は無理やり中庭へと連れてかれた。





 中庭は広大な実験場になっていた。

 そこはまるで闘技場。様々な武器、魔法兵器が並ばれていた。


 白衣を着た女研究者が賢者に詰め寄った。


「け、賢者様!! あいつは化け物ですよ! 魔力が無いのに我々の『試作戦闘ゴーレム』をぶち壊しましたよ! ちょっと漏れちゃいます! マジすげー!!」


「お、おい、落ち着くのじゃ……客人が……」


 今更です。





 闘技所の真ん中にはバラバラになった人型ゴーレムが散乱していた。


 その中央には一人の男が立っていた。

 王国ではあまり見たことがない大きな豪奢な剣を背中にしまった。

 そして私達の方へ歩いてきた。


 近づくにつれて男の威圧を感じる。

 王国兵が着ている動きやすいチェインメイルでは無く、無骨だけど立派な鎧を着ている。


 賢者様は男に声を掛けた。


「おーい! ギルバード殿、どうじゃ!? 儂らの傑作ゴーレム君は?」


 顔がはっきりと見える距離まで近づいてきた。

 少しだけ肌の色が濃くて精悍な顔付きをしている。戦いの後だと言うのに涼しげな様子だ。

 後ろに流している髪はまるで狼のようだ。


 男は口を開けた。


「……俺の敵じゃないな。――もっと強いゴーレム持って来やがれ」


「むきき……ムカつくのじゃ……次はぶっ殺すのじゃ……」


「……む、貴様らは誰だ?」


 男は私達を指差した。……貴族に対して指差すなんて……なんて無礼な男! 

 いくら少しばかり見た目がかっこよくても、その態度はちょっとムカつくわ。


「……ねえ賢者様。このボサボサファイアーカットのお猿さんは誰?」


「ふぉ!?」


「このアマ、女だからって調子に乗ってるな? 死にたいか?」


 賢者様は私達の間に割って入った。


「ちょ、ちょ、ちょっと待つのじゃ! はぁはぁ……よいか、クリス殿、彼は魔力なしでゴーレムを倒す猛者じゃ。……儂が勝手に異国の地から招いたのじゃ」


「勝手に!?」


「そうじゃ。そして、クリス殿。彼から学んで強くなるのじゃ!!」


 私は男を見た。

 男は眉をひそめ顔をしかめていた。


 確かに初対面で無礼でムカつく男だけど……実力は本物。

 私は小さなテッドを見た。


 ――うん、私は強くなる……絶対強くなる。


 私は男の前に立つ。

 そして頭を下げた。


「……ご無礼を言って申し訳ございません。どうか私に……魔力が無い戦い方を教えて下さい!! お願いします、お願いします、お願いします……」


 私は男に殴られると思っていた。プライドが高い王国の男だったら絶対殴っている。

 私は頭を下げ続けた。


 男の手が私の肩に伸びた。

 そして私は身体を起こされた。


 男の目と私の目が見つめ合う。

 さっきまでのふざけた様子が無い。真剣な瞳であった。


 どのくらい続いただろう? 

 男は口を開いた。


「ふん……少しは面白そうな王国民もいるじゃないか。いいだろう、この俺様が直々に貴様に教えてやろう!!」


 私は嬉しくて涙が出そうになった。魔力を必要としない力。

 それが何か分からない。自然と笑顔になってしまった。


「あ、ありがとうございます……」


 男は何故か顔を逸らし狼狽していた。


「くっ!? それは反則だぞ……」








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