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消えるプリム

「――クリスさん、連れの体調が良くないみたいだ。悪いが帰るぞ」


「あ、うん……お気をつけて。お連れさん大丈夫? お耳がペタンとしちゃってるね……」


 ダヴィットが再び私の手を掴んで、今度こそギルドを出ることが出来た。

 私はきっと顔面蒼白だろう。


 



 ダヴィットさんが何か呟いている。


「――くそ、やっぱりそうか……だが……俺は……どうすれば」


 苦しそうな顔で前を見つめる。

 一週間しか一緒にいないけど、こんな表情は初めて。


 息苦しくて呼吸が出来ない。

 私は少しだけマスクをずらして緩めることにした。





 マスクに手をかけた時、私の身体に衝撃が走る!?


「痛って!? あわわっ、お姉ちゃんごめんなさい!! 前見てなかったよ!!」


 通りで遊んでいた子供が私にぶつかったようだ。

 私は地面に倒れた身体を起こそうとする。


「だ、大丈夫です、あ、足が……あなたこそ怪我はない?」


「ほぇ~、お姉ちゃん凄く綺麗だね~」


「リム!! マスク!!」


 ダヴィットが私に向かって叫んだ。

 私は顔を手で触る。……マスクが無い!?

 立ち上がろうとしても足をくじいたのか、上手く立ち上がれない。

 優しい帝国民が私達を助けるために大勢近づいてくる。



「くそっ! 捕まってろ!!」


 ダヴィットは私にマントを覆い被せて、私をお姫様抱っこをした!?


「は、はい……」


 自分の顔をダヴィットさんの胸につける。

 男らしい匂いと力強い筋肉を肌で感じる。


 さっきの綺麗な人……私は姉様って呼んだの? 私のお姉様なの? あの人に謝ればいいの? そもそも謝罪って何?

 頭の中で疑問がぐるぐると回る。

 身体の奥底から不安が湧き出てくる。


 ダヴィットさんが私を抱きしめる力を強めた。


 ――あっ。


 私の不安が薄れていく。落ち着く。温かい……。


 ダヴィットさんはそのまま私を抱っこしたまま自宅まで走り抜けた。








 ダヴィットさんは家に着くと、そのまま私をベットの上に優しく置いてくれた。


「はぁはぁ……バレてなきゃいいけどな……」


 精悍な顔立ちが焦りを浮かべる。


「ね、ねえダヴィットさん……私迷惑じゃないですか?」


「…………」


 ダヴィットさんは無言でキッチンの奥へと入って行き、しばらくするとカップを二つ持ってきた。


「ほら、飲め。今は休め」


「は、はい……」






 ホットミルクを受け取り、それを眺める。


「まあ、なんだ、犯罪者だと誤解されると面倒だろ?」


 手のひらが温かくなる。


「リムは獣人なんだから、あんな奴とは違う」


 ミルクの匂いが何かを刺激する。


「……違うだろ? だってクリスさんが気が付かなかったしな」


 一口ミルクをすする。


「じゃないと、俺はお前を……」


 優しい味……私が持っていなかった物。私のように薄汚くない。


「おい、どうした?」


 ダヴィットさんの顔に見覚えがあった。

 私の前で泣き叫んだ……男……。


「――お願いだ。なんとか言ってくれ……」


 ――ダヴィットさんの目の前で仲間を殺した張本人。


 それが私。


「ダヴィットさん、思い出しちゃいました……ははっ……う、うぅぅわぁぁぁんん……」


 私は泣き崩れてしまった。

 そんな私のダヴィットさんは抱きしめてくれた。


 ずっと、ずっと、私が泣き止むまで……。




 ************



「ぐずっ……わ、私は泣く資格なんて無いです。……共和国を攻めている時、強大な冒険者パーティーがいました」


「ああ、共和国でクエストを受けていてな」


「き、絆が強くて……テンプテーションが効かなくて……私が……直接、殺し……」


「――俺を庇ってみんな死んだ」


「ダヴィットさんも殺したと思ったけど……」


「――身代わりのお守りを仲間から押し付けられてな」


 ダヴィットさんはベットの横に椅子を持ってきて、私と向かい合う覚悟を決めていた。

 私も覚悟が出来ている。

 ――ダヴィットさんに殺されるなら……


「ダヴィットさん……なんで私を殺さなかったんですか……」


 ダヴィットさんは軽く息を吐いた。


「――俺は精霊の森で自殺しようと思っていた。仲間を守りきれず、俺だけのうのうと生きているなんて出来なかった。……死んで森に帰る精霊術を行使しようとした時、リムが湖から這い出てきた」


「俺はリムを見た瞬間、こいつは聖女だ、と確信した。……だがな、なぜか怒りが沸かなかった」


 私は口を挟まずダヴィットさんの話を真剣に聞く。


「目が覚めたら憎しみが湧くかと思ったら、お前は記憶を無くしている。……憎しみを、怒りを思い出してから、俺はリムを殺したかった。だから優しくして、リムが俺に懐いた時、リムの絶望する顔を見ながら殺そうと考えていた……」


「――なんで怒りが沸かないんだよ!! なんで嫌いになれないんだよ!! お前はどんな体験をしてきた? 情が湧いた? そんな事は無い、と思いたかった」


「リムとの冒険者生活が楽しかったんだよ……仲間を無くした俺に、また大切な仲間が出来たようで……リム……俺はどうすればいいんだ……お前を殺したくても殺せない……」



 やっぱり私のせいで苦しんでいる人はいる。

 私が出来る事は何?

 そもそも私は女神様の試練によって一時的に生き返っただけ。


 姉様に謝罪をする? 言葉だけの謝罪なんて価値が無い。


 じゃあ私はどうすればいいの?






 その時、扉がガンガンと叩かれる音が聞こえてきた。


『ダヴィットさん! 街の人から通報があったから来たんだけど! 聖女と瓜二つな奴がいるって!! 聖女と対峙したアリッサ様とミザリー様に同行していただきましたから、確認します!!』 


「ダヴィットさん……」


 ダヴィットさんが私の手を強く握ってきた。


「いいんだ、リム……俺はきっと精霊の泉から出てきたお前の姿に見惚れただけなんだろうな……ははっ……仲間に笑われちまう……ここは俺に任せろ、お前はどこか遠くに逃げろ……いつか二人で穏やかな暮らしを……」



 ――ダヴィットさん、今までありがとう……私は夢を見ることが出来ました。幸せな生活でした。もし生まれ変わっても……またダヴィットさんと出会いたいです……。


 ――これが私の最後のテンプテーション。


「――魅了」


「リム……やめるんだ……俺にそんな技効かない……ぞ……」


 ――大丈夫です。これは優しい魔術です。あなたは……リムとの出会いを忘れて……私に対する憎悪だけを覚えています……。

 私と仲良くしちゃった事が他の人にバレたら大変です。

 あなたは悪の聖女を成敗するために、私と一緒にいたんです。



「やめろ……リム……」



 私は幸せになっちゃ駄目なんです。

 たった一週間でもこれは私の罰です。


 私はこの世界で贖罪をします。

 ……今は亡き賢者様の面倒事と一緒に。



「さよなら……ダヴィット……さん……」

「―――――うおおぉぉぉぉ!!!」




 ダヴィットさんに家が光の洪水の飲み込まれる。


「ちょっと何してんのよ!! これって聖女の魔力じゃない!! ミザリー、行くわよ!」


「……はぁ、面倒ね」


 扉が蹴破られた。












「はははっ!! ついに、ついに討ち取ったぞ!! まさか聖女が生きていたとな!! ――アリッサ嬢、こいつは聖女だ!!」


 私の胸に刀を突き刺して泣きながら笑っているダヴィットさん。

 ――良かったです。これであなたの心が晴れるなら……


「うわ、マジで聖女じゃん……猫耳生えてるけど?」


「ねえダヴィットさん、それ死んでるの?」


 ダヴィットさんは刀を引き抜いて私を床に叩きつけた。

 そのまま私の首を跳ねる。


 私の首と胴体は離れ離れになってしまった。


 ――痛いよ……苦しいよ……好きな人から受ける攻撃がこんなに痛いなんて……



「はは……は……は……これで仲間の無念が……なぜだ……なぜ心が晴れない……俺はこいつといつ出会った? なぜこいつは俺に刺された?」


「ダヴィットさん、後は私達に任せてね。セバス! ダヴィットさんを看てあげて」

「了解です、お嬢様」



 ――これで、あとは時間が彼を癒やしていく。私は……彼の前に二度と現れない……



「およよ!? ちょっとセバス! 聖女の身体が消えてるよ!」

「これは……女神の力? ミザリーさん」

「……そうね。神の力を感じるわ」





 ――バイバイ、大好きだったダヴィットさん……





 私の身体はこの場から完全に消えさってしまった。









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