プリムの贖罪
気がつくと私は……溺れている!?
――く、苦しいです!? た、助けて……
水の中を必死でもがく。
何が起きたか全く理解出来ない!?
「が、ぼぼ……がぼっ」
手足をバタバタさせていると、底に足が着く事実に気が付いた……
「がぼっ……けほっ、けほっ……はぁはぁ……あ、足が着きました……」
びしょ濡れの私は湖? を這うように出ることが出来た。
「はぁはぁ……ここはどこですか? ……なんでこんなところに……」
記憶を探っても全く何も思い浮かばないです……
身体を探ってみても何も持っていない。
白い薄いローブのような物を身にまとっているだけ。
周りは木々に囲まれて静謐な雰囲気に包まれている。
私は透き通るような水面で自分の顔を確認することにした。
そこに写っていたのは、獣の耳が生えた小柄な少女。
顔を見ても全くピンと来ない。
「わ、私は誰ですか? 記憶が無いです……あ、名前……プリム?」
(――あなたの罰を受けました。――数え切れないほどの地獄を体験して世界を救いました。最後の試練を与えます)
「え、え!? な、なにこの声は……。――いたっ!? む、胸が!?」
(――制限時間は……彼らの婚礼の儀まで。――あなたの命は十四日間だけ。さあ時間がありません。精一杯生きなさい)
謎の声とともに私の胸がはちきれそうなほどの痛みが襲いかかる。
苦しい……気持ち悪い……痛いよ……助けて……姉様……
姉様? 姉様って誰?
そこ言葉を思い浮かべただけで胸の苦しみが倍増する。
ピクリとも身体を動かせなくなる。
意識が……もう……駄目……。
「――おい――――大丈夫――――しっかり――――くそっ」
ぼやけた視界の中、かすかに動く人影が見えた。
***********
「おう、やっと目が覚めたな。ちょっと待て、ホットミルクを持ってきてやる」
意識が戻ると私はベットの上で寝かされてた。
身体を起きあげて周囲を見渡すと、ここは小綺麗な民家であった。
声をかけた小綺麗な青年が私にカップを持ってきた。
「ほら」
「は、はい……ここは……」
「ああ、精霊の森で倒れていたお前を保護した。……お前の人相じゃあちょっと病院に連れていけねえからな……」
「人相??」
私は自分の顔をペタペタ触ってみた。
彼が何を言ってるか全くわからない。
「とりあえず飲んで落ち着け。自分の状況がわかるか?」
「い、いえ全く……た、助けて下さってありがとうございます」
勧められるがまま、ホットミルクを口に含む。
温かくてほんのり甘いそれは……言葉では言い表せないほど美味しかった……
「――――っ」
「ははっ! お姫様はお気に召したようだな! もう少し寝てろ。俺の名前はダヴィット。この帝国で冒険者をやっているもんだ。よろしくな!」
ダヴィットさんは私の頭を軽く撫でた。
耳がピクンと跳ね上がる!?
そして笑いながら部屋を出ていってしまった。
私は顔を伏せながらホットミルクをすする。
鼻水が止まらない。
このホットミルクのせいで涙が止まらない。
なんで? 美味しいから? 記憶の無い私にはわからない……。
(――優しさに触れたからよ)
優しさ? この声はさっきの声と違う……自分の声?
私はホットミルクを大切に大切に飲み干したのであった。
***********
行く当ての無い私は、その日からダヴィットさんに保護される事になった。
どうやら私には高い魔力があるらしく、冒険者としての適正があるようであった。
……自分の事だけど全くわからない。
ダヴィットさんは私の人相が極悪犯罪者とそっくりだったため、素敵なマスクを用意してくれた。そして私に新しい名前をくれた。
「リム、帝国の街を歩く時は絶対これを外すな。いいか?」
「は、はい。……そんなに似てるんですか?」
私の耳がピコンと立ち上がる。
「ああ、プリムって名前も一緒だからな。……そいつは獣人じゃねえが瓜二つだ。厄介事をこっちから作る必要もない」
そんな訳で私はマスクを常に着けている。
蒸れて苦しいけど、仕方ない。
ダヴィットさんはとても優しかった。
それは私だけにじゃなく、みんなに優しかった。
冒険者としてのクエストだけじゃなく、冒険者が嫌がる街の雑用も率先して受ける。
そんなダヴィットさんは街のヒーローだった。
「ダヴィット! 皇子の結婚式は警備の仕事するのか?」
「あら、変なマスクね……」
「やっとお前に仲間が出来て良かったぜ」
「恋人か? 顔はわからんが素直な良い娘じゃねえか!」
ダヴィットさんは豪快に笑って手を振って答える。
そうして私は一週間、ダヴィットさんと一緒に冒険者として帝国で過ごしていった。
私は記憶が無いけど、その一週間は素晴らしい毎日であった。
魔物退治をする時もあれば、猫さん探しをする時もある。
遺跡の調査や護衛の仕事もやった。
私にとって全てが新鮮で楽しかった。
――だけどいつも胸に不安が残る。
『彼らの婚礼の儀までしか生きられない』
『――謝罪をするのよ』
ダヴィットさんは、そんな私の不安を読み取って、頭を撫でてくれる。
「安心しろ。何があってもお前を守ってやる」
何が彼をそうさせているかわからない?
彼が頭を撫でてくれると、私の不安が飛んでいってくれる。
だけど……私を撫でている時の彼は、笑顔の裏に悲しみの影が見える。……彼に何があったんだろう……。
私は与えられた幸せに流されそうになっていた。
*********
その日はギルドがざわついていた。
「なんかざわついますね? どうしたんですか?」
ダヴィットさんは端正な顔を少しだけ歪めていた。
「――ああ、ギルバード様がクエストを探しに来ている」
「この国の皇子様でしたっけ?」
ダヴィットは無言で頷いた。
そして私の手を取って、ギルドを出ようとした。
「え、ええ? きょ、今日はお仕事いいんですか?」
「……嫌な予感がするだけだ。帰るぞ」
ダヴィットさんがギルドの扉を触れる前に、扉は誰かの手によって開かれてしまった。
「きゃ!? す、すいません!! ――あ、ダヴィットさん、お久しぶりですね! テッドが会いたがってましたよ……あれ、その娘は……?」
私は握られたダヴィットさんの手を離していた。
身体が硬直して動けない。
全身から汗が吹き出る。
鼓動がバクバクと私の身体を叩きつける。
足が震えて立っていられない。
――ダレ?
(――知ってるはずよ)
澄んだ瞳は誰もが魅了される。艶のある髪に包まれた美麗な容姿は本物の女神様と同レベル。学生服なのに貴族の礼装を着ているような気品が溢れている。
令嬢の中の令嬢。そんな言葉が似合う女性。
私がいつも憧れた人……
??? 何言ってるの???
「――あ、姉様」
マスクの下で私は自分でも理解できない言葉を小さく呟いていた。