ミザリーの愛
「これ美味しいでしゅ!! ミザリーさんも食べて下さい!」
帝国の行きつけのカフェでいちゃつくテッドとミザリー。
今日はギルはお父さんに呼ばれて大切な会議があるらしい。なんだろ?
アリッサはセバスさんと一緒に王国地方にある観光名所デートをしているからいない。
私は生クリームが顔に付いているテッドをぼんやりと眺めた。
少年のような可愛らしい顔が満面の笑みを浮かべてスプーンを握りしめていた。
隣にいるミザリーはそんなテッドを見て顔を赤らめていた。
――そうよね……。テッドの純真さは国宝級よね……、もし私がテッドと出会えてなかったら……。
記憶を思い出すだけでぞっとする。
優しいだけじゃなくて、心の芯も強い男の子。今回は私の従者としているけど、過去にはギルの従者として私と敵対していた時もあった。
どんなときも私はテッドとギルの事を嫌いになれなかった。
――テッドも特別なのかな? そう言えばこの世界のテッドの強さって……過去の経験とか関係あるのかな? ちょっと強すぎだよね? ドラゴンの鱗を貫く攻撃力って異常よね……。
「ふ、ふふ……テ、テッド君……か、顔にクリームが……も、萌……」
震える手でハンカチを取り出してテッドの顔を優しく拭くミザリー。
まるでお母さんみたいな柔らかい表情。
テッドはくすぐったそうな声を出していた。
「ひゃ、ひゃい!? は、はずかしいでしゅ!」
――うん、見てるこっちが恥ずかしいわよ!!
「ちょ、ちょっと僕トイレに行ってきましゅ!」
「テッド君……ゆっくりね……」
ミザリーは胸を強調させながらテッド見送った。
私もひらひらと手をふってそれに答えてあげた。
テッドがいなくなると、ミザリーは私に向き直った。
いつもテッドに向けている優しい顔じゃない……冷たい眼差しで、氷の彫刻を思わせる表情であった。
「……さて、クリスさん。ちょっとお話しましょうか?」
私の背筋に冷気が走ったような感覚に襲われる。私は無言のまま頷いた。
――そもそもミザリーも謎が多い女の子なのよね。占い師みたいな事を言ってるけど……槍の名手で、高ランク冒険者。そしてテッドが大好きな女の子……。
ミザリーは私の記憶にもほとんど出てこない。
たまに出てくる時は、必ずテッドの後ろにいる。
ミザリーは呟くように話し始めた。
「……ちゃんと話すのは初めてかも知れないわね。……テッド君とばかりいつも喋っていてごめんなさい」
「い、いえ……」
「ところであなたって魔神?」
「ぶっ!? ちょっと意味がわからないわよ!? そもそも魔神ってなによ!」
――聖女プリムの事もそう言っていたわね? ちょっと一緒にしないで欲しいわよ!
「……そう。でもあなたから人外の力を感じるわ。……これは精霊の力ではないわ。……あなた魔力が使えないのよね?」
「ええ……魔力ゼロの無能令嬢って呼ばれていたわよ……」
「本当に?」
少しイラッとした。
「……ねえ、遠回しに言わないで? 何が言いたいの?」
「あら、ごめんなさい。占いが本職だからついつい……」
ミザリーはため息を吐いた。
私を見る目が明らかに友達を見る目ではない……。
敵意は……感じられない……厄介な物を見るような目だ。
「……ねえ、召喚者ってわかる? 東の国では魔神とも呼ばれているわ……」
私の胸の鼓動が早くなる。
……別にやましい事はなにもない。だけどなんでミザリーがそんな言葉を知っているの?
今回の世界では召喚者は出てきていないはずよ!?
しかも魔神は記憶を遡っても出現しない。
「わからない……今の私には……」
なんとも端切れが悪い返答になってしまった。
ミザリーは身体を私の方に近づけた。
「……私の本職は占い師……過去を読み取り……未来を盗み視……違う可能性の世界を知る力」
吐息が私の耳にかかる。
甘い匂いが漂ってきた。
「……私はクリスさんの事は嫌いじゃない……比較的好きな部類……だけど……もしも……占いのように……テッド君を……傷つけたら……あなたを殺すわ」
――この人は違う世界で起こった事を断片的に視たことあるのね……
ミザリーの身体が小刻みに震えている。
瞳の強さは恐怖を覆い隠すための虚勢だとすぐにわかる。
どの世界の私を視たんだろう? ……私でさえ思い出したくない場面が多々あるわ……。
――この娘は私と同じ……大好きな人を守りたいだけ……。
私は身体の力を抜いた。
そして軽い口調でミザリーに言い放った。
「ええ、その時はお願い……」
この娘に嘘は通じない。
愛する人を守ろうとする時、人は大きな力を手にすることが出来る。
ミザリーは自分の椅子の背もたれに大きく身体を倒した。
「……はぁ……疲れた……」
少し離れた所から声が聞こえてきた。
「おまたせでしゅ!! あれ? け、喧嘩でしゅか!? へ、変な空気になってましゅ!」
私はテッドにいつものような笑顔を作ってあげた。
「テッド、大丈夫よ。……ミザリーがどれだけテッドの事が好きか、って聞いていただけよ」
「……うん、世界が壊れても私はテッド君は助けるって話し」
「ふえ!?」
テッドは顔を真っ赤にしてそそくさと席に座った。
まさかミザリーが過去を見ることが出来るとわね……カインは知っていたのかしら?
愛する人を守るために、世界を壊すであろう私に抵抗をするあう姿は美しい。
ふふ、可愛らしい人ね。
私は二人を見つめる……。案外お似合いなカップルね。
嬉しそうにしているテッドを見ると、私は子供の頃を思い出す。
八歳の頃、レオンが私を見初めて……プリムは私の後ろを付いて回って……両親は優しくて……。
うん、ちゃんと八歳の頃の記憶はあるわね。いつもここで世界は繰り返しているわ……。
(――ねえ、その前の記憶は?)
ふう、安心した! 大丈夫! 私はギルの事が大好きなだけの普通の女の子!
そろそろギルも会議が終わる時間だし、早く会いに行こっと!
夜はカインと今後の事について対策練らなきゃね!
時間が無いから急がないと!
私が頑張らなきゃ!
(――お願い……自分と向き合って……)
――分かってるわ……そうね……現実逃避しちゃ駄目よね……。
私は席を立ってテッドに告げた。
「テッド、今日は私はギルの所へ行けないわ……伝言頼めるかしら?」
「ひゃい……クリス様……大丈夫でしゅか? ……お顔が……とても険しい……」
「……クリスさん」
「……大丈夫よ、テッド。……少し自分を見つめ直してくるわ」
――ギル……怖いよ……あなたにすがりつきたい……
私は心を押し殺して、カインがいるであろう精霊の泉へと向かうことにした。




