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生きる

 

 公爵家に帰ると、私は部屋に閉じ込められた。

 無能は何もしてはいけない。


 私は全てが嫌になった。


 部屋にある全身鏡で自分の姿を見る。

 そこには薄汚れた女の子が立っていた。


 自慢の栗色の髪はボサボサで、顔は傷だらけ。

 汚れたドレスは石によって破れてしまい、幽霊みたいだ。


「……は、はは」


 力の無い声が出てしまう。


 テッドは私の荷物を置いて、お茶を準備しに行った。


 私は机の上にあったペーパーナイフが目に付いた。

 手紙を開けるだけのナイフ。刃は潰れている。


 ――偽物のナイフ……。


 私と一緒ね。

 偽物の公爵令嬢。生きる事だけしか出来ない無能令嬢。


 もう私に生きる意味なんて無いわ。


 私は偽物のナイフを手に取った。

 ペーパーナイフとしては無骨で大きめ。


 偽物の刃を指で触ってみた。

 刃は潰れていたが、意外と切れそうだ。


 私は自分の手にゆっくりとペーパーナイフの先を当ててみた。


 鋭い痛みを感じる。

 偽物の刃が肌を貫く。


 手から一筋の血が垂れてきた。




 魔力を持たない自分を呪った。

 夜はいつも泣いていた。

 なんで自分だけって、いつも思った。

 石が当たると身体が痛かった。心も痛かった。

 同級生の心無い言葉が痛かった。

 プリムを見るのが怖かった。

 町を歩くのが怖かった。

 あの日以来会っていないお父様とお母様に会いたかった。

 ……私には何も無い。

 公爵令嬢なのに魔力が無い自分が悪いのだ。


 だから、


 そんな自分を消し去りたかった!


 私はペーパーナイフをしっかりと握りしめた。

 そして大きく振りかぶり、自分の喉に目掛けてナイフを振り下ろそうとした。


 ――これで……おしまい。




「――――ましゅ!!」


 大きな音が鳴る。

 紅茶のカップが割れる音、私とテッドがぶつかり合う音。

 床に叩きつけられた音。ペーパーナイフが私の手から離れ、壁にぶつかる音。


 テッドが私の上に覆いかぶさった。





 私達はよろよろと起き上がる。


「……なにしてくれるのよ! やっと、やっと解放されるのに!!」


 私は散乱してるカップやらポットをテッドに投げつけた。


 テッドはいつもと雰囲気が違う。

 真剣な顔で私の目を真っ直ぐ見つめていた。


 私は少しだけたじろいでしまった。


「な、なによ……テッドのくせに」


「クリス様のバカ!! ぐしゅ……ぐしゅ……」


 テッドは泣きながら私の身体を抱きしめてくれた。


「ぼ、僕は……クリス様が大好きでしゅ。クリス様が死ぬなんて絶対ダメでしゅ!!」


「ちょっと、テッド……あんた何言ってるのよ」


「僕は魔力ゼロでしゅ。……貴族のクリス様と比べ物にならないでしゅが、クリス様は僕とおんなじでしゅ」


「誰があんたなんかと!?」


「同じ人間でしゅ」


「うるさい!!」


「凄く綺麗で……隠しているけど優しくて……僕の理想のご主人様でしゅ」


「わ、私はあなたに優しくした覚えは無いわ!!」


「僕の事を人間として見てくれましゅた。ドジをしたら注意をしてくれましゅた。……いつも僕の事を名前で呼んでくれましゅた」


「……そんな事ぐらい」


 テッドは首を振った。


「そんな事ないでしゅ。魔力ゼロは王国ではどこへ行っても人間扱いされません」


「え……」


「僕にはクリス様しかいましぇん……だから……死ぬなんて……絶対僕が止めます……う、うぅ……うわぁーん……」



 泣きながら私の手を握りしめた。

 テッドの小さな身体が震える。


 手からテッドのぬくもりが伝わる。それは温かい思い。


 あれ? 私生きていいの?

 必要とされていいの?


 涙で視界がぼやけてきた。




「ねえ……テッド……私……頑張るわ……生きてみるわ……うぅ……」


「う、うう……クリスしゃまーー!!」




 私の視界の隅に転がっているペーパーナイフが見えた。


 ――偽物なんかじゃないわ……私は生まれ変わるわ!!


 私は立ち上がりペーパーナイフを拾った。


 長い栗色の髪を私はまとめ上げ、おもむろに潰れたの刃を当てた。

 勢い良くナイフを引き、髪を切り裂く。

 何度も何度も何度も何度も切り裂く。髪はナイフによって少しずつ切れていった。


「……ク、クリス様!?」


 何十回繰り返すと、私の長かった髪は肩までの長さに変わった。



 テッドの頭を撫でながら私は言った。


「――テッド。あなたは一生私の従者よ」


 テッドは泣きながら私に笑顔を見せてくれた。


「――はい!」


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