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クリスの逆襲一

 嫌な臭いを辿って帝国を走り回っていた私達は、聖女プリムの姿を見つけることが出来た。


「クリス様! あ、あれは聖女と学園貴族達でしゅ! ああ、剣聖様まで……」

 テッドが声を震わせながら叫んだ。


 私の心の中の感情が渦巻く。

 王国で受けた仕打ち、生徒達を扇動して私を襲わせようとした事、私がやっと幸せになれる場所を蹂躙しようとしている!


 これ以上帝国を傷つけないで!!


 私は無意識に手に持っていた短剣を投げつけていた。


 私の鼻息が荒くなる。


「ぷすー! ぷすー!」


 ギルが私の前に立って背中越しに語りかけた。


「落ち着かなくていい、クリス。……怒りは大事な感情だ。感情をぶつけてしまえ! 俺が隣にいる! 俺がクリスを守る!! ――はぁっ!!」


 ギルが大きく振りかぶって精霊剣を聖女の取り巻き共に向かって投げつけた!


 テッドとミザリーも槍を構える。


「あれは化け物でしゅ!! 絶対クリス様に近づかせないでしゅ!」

「……魔人? 毛色が違うわね? 恐ろしい威圧を感じるわ。テッド君、私のそばから離れないで」


 アリッサがあたふたしながら魔法を唱えていた。


「ちょ、ちょっと何なのよ! 異常すぎる魔力でしょ!? け、賢者様を超えてるじゃん! あー、もう!! クリスをいじめた悪い奴でしょ? 絶対負けないわよ!!」




 怒りで真っ白になりかけた頭が、みんなの声のおかげで少しだけ冷静になることができた。

 ――みんな、ありがとう。


 だけど、冷静になった頭が更なる怒りを私の中で生み出す。

 私の大切な友達を……帝国を……




 その怒りに身体を任せて力を開放した!!


(――大丈夫、今度は一人じゃないよ。ギルもいる、テッドもいる、ミザリーもアリッサもいる、賢者さんだっている。……カインだって遠くで見守ってくれているよ)




 ――え!? な、なにこの声?




 私の周囲から光が溢れ出して、そこから大量の短剣が聖女に向かって飛んで行った!!






 ************





 街の入り口が凄まじい惨状になっていた。

 王国の貴族兵たちは身体がバラバラになって地面に巻き散らかしていた。


 聖女は死んだはず。これで後は残党を掃討すれば……


 そう思っていたら数人の貴族兵だけが無傷のまま生きながらえていた。

 うそでしょ!?



「お、俺は……何をしていたんだ!?」

「ここはどこだ……」

「あぁ……クリス……やっと謝る事が……賢者様、ありがとう……」


 その中には王子レオンの姿が見えた。

 レオンの周りにいた兵士達だけがこの戦場に立っていた。


 あの短剣の雨の中生きながらえた? どういう事?


 レオンがよたよたと歩きながら私に近づいて来た。

 その手には何も持っていない。

 だけど忘れない。王国を去る時のレオンのした事を……



 レオンは私の近くに来る前に足を止めた。


 ギルがレオンに剣を突き付けた。


「貴様、性懲りもなく……俺が叩き切ってやる」


「……申し訳ありません。クリスに謝るまでは死ぬ事はできません。……クリスに謝ってから……俺を切って下さい……」


 レオンがいきなり腰を下ろして地面に手を付けて、私達に向かって土下座をした!?

 王国の最高の謝罪方式『土下座』。貴族は絶対そんな事しない。したら貴族の身分が剥奪されるほどの重い罰を受けてしまう事になる。


 ギルが困惑をしていた。


「……何を企んでいる? 油断させて俺たちに奇襲をかけるつもりか?」


 レオンは頭を地面にこすりつけながら喋り始めた。


「……王国は聖女の力によりおかしくなってしまいました。俺は元々自分が一番大事なクズな男でした。……聖女は力を使って、王国貴族の欲望を肥大化させ、意のままに操ることで国を腐敗させました。元はといえば王国貴族の心の弱さが原因です」


 私達はレオンの言葉に聞き入っていた。

 レオンからすすり泣く声が聞こえる。


「クリスが王国を去る時に、俺がした……行為は……俺の本来持っている邪な心で……す。その事実は消せません。俺はクリスに謝りたい……そして戦犯として処刑を……望みます」


 ギルが困った様に私の方を見た。


 ――うん、ギルは優しい人だからね。……でも私は忘れない。レオンの顔を見るのが怖い。


 許していいの? 信じていいの? 王国は普通に戻れるの?



「ギル……私は……」

「クリス危ない!!!」


 え!? 






 私はギルに抱きしめられていた。

 身体が硬直して動かない!? なんで??  

 みんなの声だけが聞こえる。


「だ、駄目でしゅ!? ぼ、僕はクリス様を……」

「はぁはぁ……身体の言うことが……テッド君……」

「ちょっと!? わ、私はそんな……違う! 違うから!!」

「あああぁ!! 俺はクリスに……謝りたい……? 謝る? なんで俺が? いや、正気にもどれ……腹の傷を……」




 抱きしめてくれたギルが微動だにしない。


「ギル?」


 ギルは私から身体を離し、雄叫びを上げた!


「うおおぉぉぉぉぉ! ――こんな力には屈しない……人を……こんな力で……操れるとは……思うなよ!!! この魔女が!!!」






 腐った臭いが周囲を埋め尽くす。


「おーほほほっ!! 私は聖女よ!! あんなちっぽけな攻撃で死ぬ訳ないじゃない!!」


 プリム……なんで生きてるの!?


「あらあらあらあら? お姉さま、久しぶりですこと? 隣にいるイケメンさんはお姉さまの恋人かしら? ふふ、私が奪っちゃうわね! 『――クリスを殺しなさい!!』」


 プリムは生前と同じ姿で立っていた。

 だけど臭いが違う。以前とは比べ物にならないほどの臭い……


 テッドが泣きながら叫んでいた。


「嫌でしゅ!! 絶対動かないでしゅ!!」


 ミザリーとアリッサも聖女の力に抵抗している。


「クリス……私を気絶させて……あれは魔神の気配……」

「このままじゃ……クリスを……友達を傷つけちゃう……その前に……」


 プリムが嬉しそうに近づいて来た。


「あらあら、術の効きが悪いわね。良いお友達に囲まれたのね! ふふ、あんたのせいで悲惨な目に合うのにね〜。あんたは友達と恋人に殺されるのよ! ――あれ? レオンいたんだ? もうあなた要らないわよ? 私はこのイケメンを新しいペットにすることに決めたわ!」


 ギルの身体が波打った。


「ぐふっ!? 身体が……」


 構えていた剣を私に向ける。


 いやらしい笑みでその光景を見るプリム。

 端正な顔が歪むギルは剣を上段に構えた。


「そうよ! 殺っちゃいなさい!! 振り下ろして!! ねえ、早くしてよ!! 後がつかえているのよ! この後、帝国民を奴隷にしたり、イケメン探すので忙しいのよ!」


 身体が動かない。魔法? 魔法なら私に効かないハズでしょ!?

 私はここで死ぬの? いや、私の事はどうでもいい!


 みんな死なせたくない!

 動いて、お願い! 私の身体! みんなを助けるの!!




 ――ギルの剣の切っ先が揺れ動く。

 ギルは剣を持ち替えて自分の腹を刺そうとしていた!?


 駄目!!!


 プリムの力に抵抗しているのかギルの全身から血が吹き出る!?







「……ふん……俺のクリスへの想いを舐めるなよ」






 ギルは血を吐きながら私への想いを伝えてくれた。




 あ……。

 私はこんな状況なのに幸せを感じてしまった。

 なんで私はギルがこんなにも好きなの?


(――あら、絶対好きになるから仕方ないのよ)


 私は誰?

 私はクリスよ。何度でもギルと愛し合う。どんな事があってもギルと愛し合う。


(――そうよ。大事なのはギルと共に歩むことよ。欠けちゃ駄目……)


 だからギルを死なせない!


(――うん)


 胸に手を当てる。

 暴走するほどの痛みが身体の中で溶けていく……


(――ギルによろしく……)







 ギルが剣を振り下ろした。

 その速度は誰も止められない。


 ――でも私には止まって見えるわ!


 スローで動く景色の中、私はゆっくりと立ち上がって、ギルから剣を取り上げてプリムに投げつけた!



「え!?」


 プリムは腹に剣を突き刺したまま、キョトンとしてしまった。








 私はプリムを無視してギルに飛びついた!!


「ギル!!! バカ! 自分を犠牲にするなんて……ぐすっ……死んじゃうかと思ったよ」


 ギルは強張る身体でゆっくりと私を撫でてくれた。


「……ふん、俺が一番怖いのは……クリスを失う事だ……」



 みんなの声も聞こえてくる。


「ふぅ……ふぅ……。あっ、身体が……やっと自由になったでしゅ」

「最悪のテンプテーションね……」

「ぷはー! 我慢できて良かった……」


 レオンはなぜか腹を短剣で切り裂いていた。

「ごふっ……まだ……」




 お腹に刺さった剣をポイっと捨てたプリムの激昂した声が響き渡る!!


「なんでよ!! 私の術が効かないのよ!! 私は聖女よ! 凄いのよ!! ――ちょっと無視しないでよ!」


 私はギルと抱き合いながらプリムを睨みつけた。


「ひぃ!? ふ、ふん! きょ、今日の所はここまでにしてあげるわよ! 今度はもっと手駒を……」


 言い終わる前にプリムは黒い闇を作り出して逃げ出そうとした。


 駄目! プリムは絶対生きてちゃ駄目な存在。……私の心が告げている。


 高笑いを上げながらプリムが黒い闇の転移装置に入ろうとしたその時、


「ぎゃっ!? なによ!?」


 空から降って来た謎の物体によって黒い闇が霧散してしまった。





 ギルが小さな声で呟いた。


「――カインなのか?」


 竜を象った槍が地面に刺さる。

 その槍から波動が飛び出した!


 波動が私達周辺に結界を作った。


「なら、走って逃げるわよ!! ――え? 見えない壁がある!? ――くそ! この! はぁはぁ……なんで聖女の私が壊せないのよ!!」


 慌てふためくプリム。




 ギルは空を見ていた。

 その目から薄っすらと涙らしきものが流れていたけど、見ないふりをしてあげた。


「ギル。決着をつけるわ」


「ああ、一緒に始末しよう」



 私達は手をつなぎながら、怯えるプリムの所までゆっくりと歩き始めた。



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