レオン王子視点
目が覚めたら城内にある俺の部屋のベットの上であった。
……俺は……王国の王子……レオンだ……。
覚醒した俺は思考の波に呑まれてしまった。
腹がズキッと痛む……それなのに頭の中の霧が晴れたみたいに清々しい気分であった。
――どういうことだ?? 俺は……クリスを待ち伏せして……なぜ待ち伏せをしていた?
魔力検査のあの日、俺は嘆いた。
俺の隣はクリスじゃなきゃ駄目なんだ。なんで妹のプリムが婚約者になっているんだ?
魔力が無いくらいいいじゃないか!? みんなクリスが才女で優秀な令嬢だと知っているはずだろ? 慈愛に満ちあふれていて女神のような笑顔、おしとやかで気品があり、クリスを超える令嬢を見たことがあるか? 王国最高の令嬢じゃないか!
俺はベットの上で天井を見つめた。
――俺はクリスになんて暴言を吐いてしまったんだ!? 慰み物にするだと? 殺すだと? 愛するクリスに対して……。あの言動だけじゃない。なんで俺は虐げられていたクリスを助けようとしなかった!? なぜ父様に進言しなかった!? なぜクリスの所へ会いに行こうとしなかった!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺はベットから起き上がって壁に頭を何度も打ち付けた。
――後悔という言葉じゃ済まされない。
俺は人の目には敏感だ。
俺は自分がクリスからよく思われていなかったのは気がついていた。俺は自分に自信が無かった。『ロード』というジョブにあぐらをかいて努力せず、周りから自分を良く見せたい、という事しか考えていなかった。
「くそっ……、くそっ……」
涙が止まらない。
なぜ俺はクリスの刃で死ねなかった!? 俺は死んで当然の男だ!!
額から血が伝う。
頭がズキズキしてきた。
このまま俺は自分を殺すんだ!!
俺が壁に掛けてあった鋼鉄の鎧に向かって頭を打ち付けようとした時、胸の傷が突然痛み出した!?
――ぐっ……、クリスに刺された傷…………
傷口を触ると、得体の知れない力を感じた。
これは……クリスのそばにいた時と同じ匂い……。
俺は鏡で自分の姿を見た。
見てくればかり気にして作られた顔が血だらけになっていた。
死んでいる様な目。
――妄想だと分かっているが、クリスが止めてくれた様な気がした……。
馬鹿げている。俺はクリスから嫌われているのに……。だが、もう少しだけ……。
「俺が死ぬ時はクリスに土下座してからだ」
腹の傷が応えるようにうずく。
鏡の中の俺の目は少しだけマシになっていた。
頭が急速に回転し始める。
この感覚は懐かしいのか?
腹の傷の様子を指で探った。
――傷が完璧に治っている。……違和感があるが、痛みはない。
俺の身体の魔力もかなり消費しているな? 傷を治す為に身体が無理をしたのか?
いつから俺はおかしくなったのだ? そしていつ正気に戻ったんだ?
――魔力検査の後……クリスの妹の相手をしてあげて……。そこから記憶がぼやけている。
そして正気に戻ったのは、
「――クリスに刺されてからだ」
扉の向こうが騒がしくなってきた。
「レオン様!! 大丈夫ですか!! 入ってもよろしいでしょうか!?」
俺は扉の向こうで騒ぐ侍女に怒鳴りつけた。
「――少し黙っててくれ? 俺は少し考え事をしたい。下がれ」
「――は、はい!? かしこまりました!!」
俺は血を拭いて、着替えをしながら現状を考える。
――ナイツ家の領主はとても温厚で娘思いの父親だった。母親もクリスそっくりで優しい方だった。……王国民もあそこまで激しい性質だったか? 魔力が無いからって石を投げつけるなんておかしい。学園の生徒たちもだんだん攻撃的な性格に変化していった。
誰かがクリスを落とし入れようとしていた。
そんな奴一人しかいない。
クリスにいつも嫉妬と憎悪の目を向けていた少女。
俺のロードを超える力を持つジョブ……『聖女プリム』
胸騒ぎがする。すぐにでもクリスの耳に入れたい。
だが、彼女はどこへ行った? 蛮族の国? そんな国はない。
南と聞いていたが……もしや帝国か?
『入りますわよ――!!』
扉のノブがひしゃげて壊れる。
ギィィ、ときしむ音と共に……聖女プリムが現れた。
「あら、怪我の様子はどうかしら? とっても心配したわ〜? うふっ! レオンは〜、私の婚約者なんだから〜〜! ……お姉さま……いえ、反逆者のクリスの仕業よね? ――レオン、安心して、私がきっちり殺しておくから」
昨日まで俺はプリムと普通に話していた記憶がかろうじてある。
俺はプリムから放たれる魔力の禍々しさに気が保てなくなりそうだ。
――こ、い、つが、聖女だ、と??
見た目はいつも通り可愛らしいのだろうが、化け物にしか見えない!?
感情が渦巻く……
――嫌悪、敵意、憤怒、恐怖……
俺は目を閉じた。
クリスが帝国で幸せに暮らせる為に……
クリスに謝罪出来る機会を作る為に……
クリスに危険が行かない様に……
――俺は全てを飲み込んで、プリムに笑いかけた。
「ああ、プリム! 幸い傷は浅かったよ。心配かけてすまない……」
プリムは一瞬だけ怪訝な顔をした。
俺の心臓がバクバクしている。
――くそ、S級魔獣と素手で対峙している気分だ……隠せ、隠せ、隠せ、クリスの為に隠せ。
プリムはいつも通りの笑顔になった。
そして俺は数度、死と隣り合わせの会話をして、体調が優れないからと言ってプリムには退室してもらった。
プリムが部屋から出て行った瞬間、俺は床にへたりこんだ。
体中から汗がどっと出てくる。
「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫だ……俺はやれる……俺がやらなきゃ……あいつの目的と、行動を把握して……クリスに……」
俺は胸の傷に触れた。
震える身体が落ち着いてくる。
俺は決めた。
王国を壊そうとしている聖女を止める為に。
クリスを殺そうとしている聖女を止める為に。
その為なら俺は今までの自分を捨てる……