壊れる日常
ギルバードはブツブツ呟きながら混乱をしていた。
「カイン、貴様と俺は子供の頃からの親友で……二人で……くっ!? 俺は一度もカインが何者か聞いたことがない……どういう事だ!?」
アリッサも呆然としていた。
「……カインは竜騎士団長の息子で……ギルの友達で……あれ? 違う……ギルバードの従兄弟で……」
カインは不敵な笑みを浮かべた。その表情はまるで氷のようであった。
「はぁ……、今回はネタバレが早かったね。もう少し帝国でのんびり楽しく過ごしたかったよ。……ねえクリスちゃん、もう胸が痛いのかな?」
突然私に話を振られて驚いてしまった。
――なんで胸の痛みの事を!?
私は平静を装い、カインの話を流した。
「……あなたは誰ですか? 帝国の人間じゃないんですか? 王国の人間なんですか!!」
「ははっ、ギルが心配するから言ってないんだね。……本当に君らは素敵な夫婦だよ……羨ましい……」
テッドが立ち上がった。
「カインさん……。いなくなりましぇんよね? 僕はまだカインさんから教わりたいことが沢山ありましゅ……」
カインはテッドに近づいて頭を撫でてあげた。
その顔はさっきまでと違い、本当に優しそうな顔だ。
「ふふ、テッド君。……君はいつまでもこのままでいてね。僕は君の事が大好きだよ。ははっ! クリスちゃん、テッド君をもらってもいいかな?」
大丈夫、いつもの冗談だと雰囲気で分かる。
「カインさん……」
テッドは悲しそうな顔をして、無言になってしまった。
ギルバードがカインの胸ぐらを掴んだ。
「貴様は誰なんだ! お前と過ごした日々は偽物だったのか!! カイン……。貴様は王国の人間か?」
カインは無抵抗であった。
「ギル……僕の大切なギル……。僕は君らに認識阻害術式を掛けただけ。僕がどこの誰かなんて気にしない様になるだけの術式。……それだけさ……ギルと過ごした日々は本物だよ」
「なぜだ……なぜ……貴様は……」
「……もちろん仲間の為だよ? 僕の存在意義は仲間しかないよ」
「……それは俺達のことじゃないのか? 違うのか!!」
カインはギルバードの手をやんわりと押し返した。
「ははっ! これ以上のネタバレは禁止だよ! ――クリスちゃん、僕は絶対諦めないよ。……絶対に……絶対に……」
「カインさん……」
正直訳が分からない。
さっきまで、あんなに楽しそうにお食事をしていたのに……
私が質問したせい? 私が悪いんだ。
幸せが崩れて行く。
「クリスちゃん。……どのみちすぐに僕は帝国を裏切っていたよ? ふふ、君は悪くないよ。……クリスちゃんは自分の力と向き合って。じゃなきゃ後悔するよ?」
カインはギルバードを見つめた。
「ギルは……いつか思い出すよ。……この世界の理不尽さを……。――それじゃあ、またね!!」
「カインさん!!」
「カイン!」
「カイン……」
「――――」
「――――」
カインは空高く舞い上がった。
アリッサがつぶやいた。
「……あれって魔力じゃん。カインは王国のスパイだったのかな?」
ギルバードは厳しい顔をして椅子に深く座った。
「……スパイ、裏切り、戦争……この世界の常識だ。ふん、カインは訳の分からん事を言って俺たちを撹乱していたが、あいつは……ただの帝国の敵だっただけだ……。いや、もしかしたら大切な人を人質に取られて、脅されて……、だが、なぜ阻害術式を……アイツから敵意を感じた事がない、それがスパイの技か? ――俺は……」
私はギルバードを抱きしめた。
「クリス……俺は……」
「ギルバード……今はいいのよ。後でいいの……悲しんでいいのよ……。だって、友達が突然いなくなっちゃったんだから……」
「友達……俺とカインは友達……大切な仲間……仲……」
私の胸の中でギルバードは静かに嗚咽をあげる。
頭を優しく撫でる。
「――――――――――!!!」
落ち着きを取り戻したギルバードが顔を上げた。
「……クリス、助かった。よし、頭を切り替えるぞ。……ミザリー、テッドと一緒にすぐに王国の動きを探ってくれ。俺はスマート水晶で親父と話す。アリッサとクリスは……」
ギルバードの言葉が途切れてしまった。
国民のほとんどが持っているスマート水晶。遠くの人と連絡ができる凄く便利な板。
それが一斉に警報を鳴らした。
私は慌てて水晶を取り出して画面を見た。
『緊急事態。王国が帝国に向けて進軍を開始。一般市民は避難所へ……』
テッドが空を指差した。
「あ、あれは!! ヤバいでしゅ!!」
帝国の空を埋め尽くす程の数多の攻撃魔法陣が描かれていた。