青い夜
母に「夜中に外を出ては絶対だめよ」と言われたのをよく覚えている。
小さい頃からずっと言い聞かせられてきたその言葉を僕はずっと不思議に思って聞いていた。
それはいつの事だっただろうか。
……そうだ、あの夜はとても暑くて、とても、とても、寝苦しい夜だった。
部屋の窓を全開にしてもそこから風が入ってくることがなく身体中にじっとりと粘りつく汗が不快で仕方なかったのをよく覚えている。
「あつい……」
羊を何百、何千数えたって一向に眠くはならず蒸すような暑さがジリジリと僕の眠気を醒めさせる。
僕は無意味に夜を起きていた。
「ん?」
何となく外が光ったような気がして、締め切っていたカーテンを開けて窓から顔を出す。
そして僕はその初めての景色を見て息を呑んだ。
視界に広がったのは不安定な世界だった。
星も、雲も、月も、太陽も、何も無い、自分の知っている黒い空ではなく、黒と青が混じりあった不安定な暖かい青色の空がそこにはあった。
「もっと見てみたい……」
自然と口から言葉が零れて、その後に僕は直ぐにベットから降りて、部屋を出た。
父親のぶかふがのサンダルを履いて、静かに僕は青い世界に飛び出した。
辺りを照らす街頭の明かりも消えてその世界に存在する色は不安定な青のみ。
いつも見ていた街並みがどこか別の場所に感じられてとても変な気分だ。
「……」
宛もなくパジャマ姿で道路の真ん中を歩いていく。
「……どこだろうここ?」
少し歩いていくと目の前が白く、靄がってきて、知ってる街のはずなのに道に迷ってしまった。
だが不安感はなく、自然と足は前へと進み続けた。
「こんな気持ち初めてだ」
足を止めて胸のあたりがポカポカと暖かくなっていくのを感じる。
「こんな世界があったのか……」
青い世界が陽の色を帯び始める。新しい日を伝える暖かい光だ。
そこで記憶はプツンと途切れてその後、自分がどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
大人になって聞いた話だが母が言うには、道路で寝ている僕をたまたま朝の散歩をしていた知り合いのおじさんが見つけて、家まで運んでくれたらしい。
その時期、ちょうど僕の住む地域一帯では小さい子供が夜中に家を抜け出して行方不明になるという事件が多発していたらしく、もしかしたら僕もその一人になっていたかもしれないと言っていた。
「こっぴどく叱った」と母は言っていたがそんな記憶はどこにもなく、ただただ青が支配するあの夜のことだけが頭の中に残っていた。