本物の
深淵より喚び出す。
全長50メートルを超える巨大な大蛇
口から滴る涎が
地面を溶かし、竜を睨みつけようとする
しかし大蛇が竜を眼に収める事は無かった
瞬きの間に巨大な竜は姿を消し
大蛇は、その身体を縦に切り裂かれていた
『魔物か……
我の顎より出づるは退魔の牙 どれ程の力があろうと
魔物の種族である限り、我には勝てん』
後ろから声がした
振り返ると、牙に蛇の血を滴らせた竜
相性とでも言うのか……
魔物である限り龍種には勝てない
どれだけ喚ぼうと、全てが無力
ならばもう喚べない。これ以上犠牲は出せない。
ドグマさんが竜爪の剣を抜き
「二人とも……私が数秒だけ時間を稼ぐ
出来るだけ遠くに、逃げてくれ」
『……同胞の爪……恥晒しガ』
またも竜が姿を消す。瞬間俺に衝撃が走る
ドサッ ザザァ
俺とミカはドグマさんによって押し出されていた
「フゥーー……」
男は大きく息を吐き
片手で構える。竜爪の剣を
竜は関心する
『人の身で視えたのカ。
貴様は人間の頂点なのカ?』
竜の問いに男は笑う
「私が人間の頂点だと?笑わせる
私など、小さな少女の足元にも及ばない
ちっぽけな存在
その少女の為ならこの命……喜んで散らそう」
男が大地を抉る程の力で踏み込む
赤い血潮を撒き散らしながら
同時に森の奥から火炎が舞い上がり……
……爆発した
ブシュッ
大きな切り傷をつけ
竜から赤紫の血潮が流出する
あくまで人間のサイズの切り傷
竜にしてみればかすり傷程度
更に秒も跨がないうちにその傷は再生されていく
絶対的な速さと力。
最硬を誇り、何物も通さない鱗
瞬時に回復する肉体
そして何より、竜だけに許された行動……
これが人間が龍種を討伐できない理由
いつしか龍種を討伐する事こそ
人間の目標となってしまっている
そこまで人間が育つのに後
何百年とかかるのだろうか?
単独討伐など、夢ですらおこがましい
現在、机上の空論として龍種討伐方法が
2つ用意されている
1つ 圧倒的火力によって鱗に限らず、
竜全体を貫通させ
再生すら間に合わせないほどの威力を撃ち込む
1つ 永遠とも言える火力を竜に浴びせ続ける
何時しか鱗を溶かし再生も出来なくなるまで……
その2つは人間には用意出来ない
出来たとしたら……それは人間では無い存在だ
人間の形をしただけの別の何か
「ハァッ!!」
男の一撃が再生された場所を、再度斬り付ける
竜爪の剣 同種族の武器を持っているから
なんとかダメージを負わせていられる。
それも瞬時に回復され
ダメージは男のみに蓄積されていく
『ガァァァァ!!!』
竜が突如雄叫びをあげる
男は咄嗟に、剣を捨て片耳だけ塞ぎ
ブシュッ 防げなかった片耳からは
血を流し男から聴力を半分奪う
『逃げられては困るからナ
時間もあル。ゆっくり喰らってやろウ
死ぬまで動いてみロ』
男は片手で剣を拾う
息はまだ切れていない
しかしこれ以上は深刻……
右耳を潰され、こちらの攻撃はかすり傷程度
瞬時に再生までされ、何よりも
男は右腕……肩から先を失っていた
二人を押した時から……
後悔などは全く無い。二人が命を落とす事
それが1番あってはならない。
ミカ.レミナスは意識を失っている
クヌギ.イシノギは何とか踏ん張ったようだ
数秒前に放った竜の咆哮だろう
ドグマ.マグナスが倒れるのも時間の問題
後は、その時間が来る事を待つだけ
悪手はあったのだろうか?
二人を庇わなければ、
男は竜を倒せたのだろうか?
咆哮を放つ前に
逃げ出せば、何とかなったのではないか?
悪手は確かにあった
男だけが気付いている 最悪の一手
竜は咆哮を放った。
それは平原に限らず
闇に包まれた森にまで響き渡り
当然……
咆哮を放った僅か5秒後。その時は訪れる
「な ん で!元の場所に居ないのよ!」
少女に、この場所を知らしめてしまった
「お嬢様!!」
男が初めて竜から視線を切る
しかし少女はそれを無視して
「何デッカいトカゲと遊んでるのよ
お姉ちゃん、寝ちゃってるじゃない。」
男と竜を一瞥した後。
兄と姉、二人の元へ歩み寄る
「お姉ちゃん!こんな所で寝たら風邪ひくわよ」
「ジェシカ……なんで来たんだ?」
クヌギの絶望が混じった声
少女は振り返り
「なんでって、オシッコに行ってたんだから。
水場を探してて時間かかっちゃったけど
終わったら戻るわよ。でも誰も居ないし
大きな音がしたから来たって訳」
「お オシッコ?」
青年の間抜けな声……想像もしてなかったのだろう
少女は顔を赤らめながら
「……お兄ちゃん……今のは間違いよ。忘れて」
「あぁ……で「忘れて!!」」
少女の気迫に青年はコクリと頷いた
少女は満足してミカを起こそうとする
しかし触れる寸前、異変に気付く
息はしている。
しかし寝ているのではない。気を失っている
耳から微かな出血
「ドグマ。お姉ちゃん……ケガしてるわ……
…………誰がやったの?」
その目に光は無く。焦点も定まっていない
空気が冷たくなり、やがて凍っていく
竜を除き強烈な寒気に襲われ
「……あの竜の咆哮によって、
ミカ.レミナス殿は……申し訳ありません」
ドグマ.マグナスの出血が止まる。
傷口が凍りついている
少女は竜を睨みながら、男に歩み寄る
「あなた……腕は大丈夫?
あたしが殺るから二人を守っててくれる?」
男は頭を下げ
「ハイ。しかしあの竜は500年生きています
どうか、お気をつけて」
と言い二人の元へ走る
少女は焦点の定まらない瞳で竜を睨む
「トカゲ風情が……
あたしのお姉ちゃんを、傷つけたんだから
死んでも良いって事よね?」
竜は困惑している
自分を前に勇ましく前に出る者は
幾度と無く遭遇した
それらは恐怖に蓋をし、
遥か格上に、挑まんとする愚か者ばかり
しかしこの少女は
圧倒的に竜を見下している
生物の頂点を……頂点とすら思っていない
……ただの翼の生えた大きなトカゲ
その程度の認識
気が触れているのか
それとも本物のバカなのか……竜は問う
『貴様は何者ダ』
少女は呆れたように
「トカゲなんかに、名乗る名前なんか無いわよ
喋るのも気持ち悪い」
しかし少女は唇に手をあて考える
「でも500年も生きて最後の質問に
答えないんじゃ、死にきれないわよね?」
少女は笑う。狂うように、歌うように
ワンピースの裾を持ち上げ
お辞儀をする
「あたしの名前はジェシカ.ドーソン
石木櫟の……妹よ」
自身の名を告げる




