Showdown
声が聴こえる
頭の中に直接響く声が
その声はとても心地良く、他に何も考えられなくなる
妖艶なる我の玲瓏たる舞踏
汝が肖りたし愚者ならば
天に捧ぐ祝踊
汝を屠る終踊と為す
天と汝の天秤は
均衡を保つ事は無く
汝の血肉を差し出し
心魂すらも投げ捨てん
間違い無い……これは俺が創ったリルムの詠唱
つまり……俺は後ろに居るであろうリルムの
踊りを早く観なければならない
違う!違う!違う!
観てはいけない!観てはいけない
観ては……観なければいけない
俺はゆっくりと後ろを
「観ちゃダメだよ!」
ミカ……
ミカが俺の瞳を真っ直ぐに、見据える
俺はミカの瞳を見続ける事で何とか堪える
『お前は後悔するぞ。この踊りを観なければ……
天の祝福を授かりたりくはないのか?
お前の全てを、賭けてでも観るべき者が
すぐそこにある』
ああ……まだか……
必死に自分と戦う……後ろには楽園がある
誰もが求める理想が……
振り向くだけでそれは叶う
もう……無理だ
俺は後ろを振り返る……そこには
誰も居なかった
リルム?リルムが居ない
辺りを見渡すとミカの隣にリルムが立っている
他の皆がリルムが居たであろう
場所を朦朧とした瞳で観ていた
意識があるのは俺……ミカ……ドグマさん……リルムの4人
静寂の中リルムの声が届く
小さくてもそれはハッキリと
「……決着……」
俺はヴァネッサを思い切り……殴る訳にもいかず
持ち上げ……結構重いな
荷運びで少し鍛えられた筋肉が役にたってくれそうだ
そのまま場外へ……ストンと降ろす
ヴァネッサは何をされているかも解らないまま
やはり1点のみを見つめていた
「1…2……5………10」
ドグマさんがカウントをとる
それも意味の無い事かも知れない
しかし取らない訳にはいかない
「……29…30!勝者!クヌギ.イシノギ!」
歓声も拍手も無い
しかし……それは確かな勝利
ヴァネッサの頬を叩く
しかし反応は無い……
他の者も同じだ。揺さぶろうが叩こうが、
誰一人として正気を取り戻さない
「……リルム……どうやって術を解除するの?」
リルムは首を横に振り
「解ら……ない…」
…………
「……そのうち正気に戻るとか?」
リルムはやはり、首を横に振る
「その…うち……死…ぬ…か……も」
ヤバいヤバいヤバい
俺が殺したも同然じゃないか!?
何か方法があるはずだ
「リルムちゃん。踊ってた場所で、お辞儀してみて?
『終わりましたよ』って神様に伝えるの」
ミカの助言にリルムはコクリと頷き
客席で裾を上げペコリ……と
空気が変わる。明らかに何か、が遠くに離れていく
同時に皆が意識を完全に取り戻す
「女神ぃ……俺の女神ぃぃ…」
クーガーさんが空に向かって手を振っている
皆が完全に意識を取り戻した訳では無いが
ほぼ全員正気に戻る
そして1番に声を上げるのが
「あれは直接攻撃ではないんですか!?
納得できません!」
ヴァネッサだ。審判であるドグマさんに詰め寄っている
直接攻撃が何を指すか微妙だが
相手に直接攻撃と判断されたら
俺は何も言えない。
言えるとすれば……
ドグマさんは腕を組み黙り込む
リルムが戻ってきてリングに上がる
大きく深呼吸して俺を指差し
「彼…は……私の……言葉…を…聴いた。
でも……耐え……た…必死に……彼…が…強い……から」
次にミカを指差す。息が切れたのか数回、深呼吸をして
「彼女…は……私の……踊り…を…観た……
でも……破っ…た…自力…で…彼女……が…強い……から」
更にクーガーさんを指差……
素通りしてドグマさんに向け
喉を抑えながら
「ドグマ……さん…には……効かな…かった
強い……から」
最後にヴァネッサには指を差さず
瞳を見つめ
「貴女は……1番……に…術……に…かかった。1番、深く
簡単……貴女…は…弱い…から……誰よりも」
「き……貴様!」
ヴァネッサが怒りを顕にする
それを諌めるように
「ヴァネッサ……君は知っていただろう?
リルムがどんな事をやるのか
それを考慮していた筈だ。対策もな
そしていざ嵌まったからと言って
反則などとれんだろう」
「しかし……」
食い下がろうとしたヴァネッサに
「気付いた時点で言うべきだった
彼女の存在が直接攻撃だと……今更それは通らん」
「……はい。私の油断が原因でした」
なん……で、ヴァネッサはどうしたんだ?
何故認めようとしない。
油断?そんな馬鹿な事はあるか!
ミカの術がなければ、初撃で俺は終わってたぞ……
その言葉に誰よりもリルムが反応する
「貴女……は…可哀想……どれだけ……彼が…
手…加減……してた…かも…知らず…に」
ヴァネッサがリルムを睨む
それでも辞めない
「何度…やっても……同…じ…
貴女は絶対に彼には勝てない」
ヴァネッサがハッキリとした殺意を向ける
その相手は
「おいおい!?まさかその殺気
女神に向けた訳じゃねぇだろうな!?」
いつの間にか正気に戻ったクーガーさんが間に入る
ヴァネッサの殺気を一身に浴びる
「オレの勘違いなら謝るぜ!
ただし、本気なら……オレが戦ってやるぜ……」
「クーガー……貴様……」
ヴァネッサの明らかな苛立ち
更にドグマさんが間に入る
「クーガー挑発はよせ……ヴァネッサもだ
リルムは私達の家族だ。失礼な言動があったのなら
私が謝ろう……」
ドグマさんはヴァネッサに深く謝り
「ただし……大切な家族を傷つけるならば
私も出るし……君が想像もつかない者が出て来る……
私達はそれだけは望んでいない」
「師匠……私……私は……」
大きなシコリを残し臨時中級試験が終わった
その数日後。斡旋所に1人の青年が現れる
その男は他へは目もくれずに中級ボードの前に立ち
「☓印は無いな……これでいいか」
☓は他の冒険者が失敗した証
それだけ危険があるという警告
適当な紙を剥がし受付へ行く
適当であって適当では無い。ある共通点があった
受付嬢は依頼書を受け取ると
「ハイ。怪物討伐ですね」
顔を確認すると、
「あ……あの…大丈夫ですか?」
受付嬢に心配される青年
「えぇ……ケガしてませんし、体調も万全です」
そう。青年は怪我などしていない
顔色も良い。ならば何故心配されたのか……
「今日でもう4件目だったので少し心配で……」
彼は1日で4件……それも怪物討伐のみを、こなしていた
多ければ3件などは目にする事はあったが
今日は4件……昨日も4件……異常だった
「流石に日が沈む前に帰りたいので
今日は、これが終われば帰ります。家も遠いんで」
…………
「解りました。ハイ。名前を確認しました
お気をつけて……クヌギ.イシノギ様」
結果だけ言うと彼は1時間も経たず
依頼を達成する事になる。それも無傷で
その道が自分の望みに繋がると信じて
第7章 Showdown 特別 別格 完




