手役
俺とクーガーさん。それとミカは
会場の隅で腰をおろし話し合っている
「どれだけ汚くてもいい。要は1本取れるかどうかだ。
お嬢ちゃんも協力してくれるかい?」
ミカは頷き
「私も応援するから一緒に中級に行こうね」
「あぁ……俺も全力……最善を尽くすよ」
全力?俺が全力を出したらどうなるんだ
全力で全ての魔物を呼びだす……
試験どころでは無い
「……イシノギの兄ちゃんも色々あるからな
出来る限りでいこうか」
クーガーさんは俺の事情を何処まで知っているのか……
リルムと知り合いみたいだし
俺が魔物を呼べる事も、知っていた雰囲気だった
あまり人前で見せたくはない
イーディスさんもこんな気持ちで
魔法を他人に知られたく、なかったのだろう
「お嬢ちゃん。兄ちゃんに
術をかけてやってほしいんだが……頼めるかい?」
「ん〜ヴァネッサちゃん相手だと
どの神様が良いんだろ〜?」
クーガーさん少し黙り
「出来れば……だが、反応速度の上昇が1番だな
兄ちゃんの長所。この1点を更に尖らせたい」
ミカは空を見上げ、雲の流れを読みながら呟く
「風神様かな?……雷神様は流石に起きないし」
ミカが俺の服を触り
「風神様……風神様……少しの間
彼を護ってあげて下さい……お願いします」
会場……町全ての風が俺を突き抜ける
……これといって変化は感じられない。
「ちょっと試していいかい?
……いや、この場合は神様に失礼に当たるのかな?」
クーガーがミカに確認をとる
「その心遣いがあったら神様は怒らないよ」
ミカは笑顔で答え
「じゃ、遠慮なく……よっと!」
座ったままで俺の額に棍を放つ
戦ってた時より随分と遅い
満足な体勢で撃てなかったからか
俺はそれを首を動かし軽く避け
「……凄えな。今の速度はさっきの戦った時の
5割増しの速度だ。イシノギの兄ちゃんに反応出来る
速度じゃねぇ」
俺が感じられないだけで確かに
その恩恵はもたらされていた
これが……神術 神の力を借りるという事
「やっぱりミカは凄いな。
神様と話しも出来て、俺なんかにも力を貸してくれる」
「風神様って普段
女の子にしか力を貸してくれないんだよ?
きっと……クヌギくんは何か、特別なんだよ
ひょっとして……女の子?」
俺とミカが笑いあっていると割って入るように
「私……も…手伝…う」
立って見ていたリルムが口を開いた
「そ そうかい!有り難え!
リルムがいるんなら頑張らなきゃな!兄ちゃん!?」
クーガーさんは立ち上がり、
布を地面に敷きリルムに座るように促した
それに従いチョコんと座り
「リルムが手伝うのか……少し待っててくれ」
そのまま1人ブツブツと言い出し
「兄ちゃん!正直に答えてくれ
中級にあがるだけでいいか、
ヴァネッサに勝って中級にあがるかだ」
それは……それは勿論……
「これだけの手役だ
多分、ヴァネッサ相手でも楽に不意をつける
勝ちたいなら、苦戦する……負けるかもしれねぇ……
どっちがいい?」
俺は……
「俺は勝ちたい。認めさせてやりたい
俺の力じゃないから、認められないかもしれないけど
それでも……」
クーガーさんは俺の肩を叩き
「兄ちゃんも解ってねぇな。
オレとリルム、お嬢ちゃんも
……あんたの事が好きで力を貸すんだ
それも含めて兄ちゃんが戦う
それは立派なクヌギ.イシノギの力だろが!」
俺は皆を見る
3人とも何も言わず頷いてくれた
「ありがとう……俺も……俺も全力で戦うから……」
何が最善だ。協力してくれる皆を愚弄にする事になる
手加減は…………
俺は懐から短剣を取り出し
鞘から
「イシノギ殿。その短剣を使うのか?」
ドグマさんが声をかける
クーガーさんは苛立たしげに
「何だよ?オッサン。審判やれよ……座ろうとすんな!」
シッシッと手で追い払おうとする
諦めたようにその場で
「今やっていた者が中級に上がるに相応しいか
所長と審議している所でな。私は休憩時間だ」
「何だそりゃ?視界に入ってたから観てたが
あれで合格なら、兄ちゃんも余裕で合格だろが!?」
俺からは真後ろなので、まるで観えなかったが
クーガーさんにも死角の筈だ
どれだけ視野が広いんだ
ドグマさんはチラリと、ヴァネッサを見て
「何でも、過去の実績を考慮しているらしい
私が口出し出来る所では無いな」
「へぇー……」
クーガーさんはあまり納得いか無い様子だった
「それよりイシノギ殿、その短剣は……」
「ドグマさん大丈夫ですよ。ほら」
俺は気軽に短剣を抜き
距離をとって身構えるドグマさん
しかし、そこには何の変哲も無い鋼鉄の剣
ドグマさんが、不思議な様子で近づいて来る
ミカにその短剣を渡す
ミカは短剣を空にかざすと
「あっ!魔法きれちゃったの?
私これには込められないよ?」
俺に返し
「知り合いに聞いたんですが……」
「イーディスさん……この短剣、危ないんですけど」
俺はイーディスさんに短剣を渡そうとすると
短剣を受け取らず
「さ さては使ったね。イシノギ君
怖かったかい?それは見た者の恐怖を掻き立てる
魔法が付与されてたんだ
人によっては冷静にもなれるし
怖気付いて逃げる事もある
観え方も違うからね
戦意喪失に陥るってやつかな
人間にしか効かないけど」
イーディスさんは笑いながらタネをあかす
……なんだ。俺はてっきり全てを滅ぼす
ヤバい代物かと思ってしまっていた
「恥ずかしいです」
俺は頭をかきながら短剣を懐へとしまう
「……今度はイシノギ君がやってみなよ
君の力を籠めるんだ。
他では無い。君だけの力を……」
「俺だけの……」
「俺は皆の期待に答えたい
だから……出来るか解らないけど、この短剣に
俺の想いを籠めます」
喚び出した魔物の力ではない
クヌギ.イシノギの力。
俺の中の私の力……更にその根源を
……この 短剣に
確実に起こった出来事
一瞬にも満たない時
確かに彼は それ を奪った
正確には取り戻した。だが
世界から観れば奪われた。が正しい
刹那の時間 それ は世界から消失した




