詠唱に憧れて
「私は準備があるから、先に行くが
ミカは遅れずに来いよ」
ヴァネッサが足早に家を出る
ミカもヴァネッサも
まだ俺が試験を受ける事は知らない
特にヴァネッサは推薦をくれなかったんだ
ここまで来て、文句言われたくは無い
「俺はリルム迎えに行ってくるけど」
「私お菓子買って来るから、ここで落ち合おうね」
2人で家を出て別々の場所へ
斡旋所は朝から賑わっている
今日は臨時中級試験なのだ
受験者は精神を研ぎ
中級者はライバルになり得るか見定める
そんな熱い日。
中はお祭り騒ぎのようだ
受付に人も居なく、テーブルの1つを中心に
騒ぎ立てている
しかし
俺を確認した者は殺気立つ
彼等も受験者なのか……
仲間でありライバル……共に頑張ろう
「来ました!クヌギ.イシノギです!」
1人の男が声をあげる。すると
賑わいの中心が静まる
俺がその中心部に行くと
リルムが大勢に囲まれていた
受付嬢まで居るじゃないか。
働け
正確にはリルムは、沢山の茶菓子でモテなされていた
リルムはVIPなのか……
今日は外套もフードも無い、普通の格好
だから皆に顔を知られ、チヤホヤされていたのか
小さくて、キレイな顔立ちをしているからな……
俺に気付くとリルムは立ち上がり
「約束……いい……?」
「ああ……バネッサの家に行こう
ここじゃ、やりにくい」
俺とリルムが斡旋所を出ようとすると
「ナニをやるんだよ!?何もやりにくくねぇよ!」
「まだ此処にいてくれよー」
ヤジが飛んできたが、リルムが振り返ると
ピタリ……しん と静まり返る
皆が、リルムの小さな声を聴き逃すまいと集中しだす
「あり…が…とう……皆……楽し…かった…」
所内が歓喜の渦に包まれた
ヴァネッサの家の前にミカが待っていてくれた
「リルムちゃん。私も見ててい〜い?」
リルムはコクリと頷いた
「1回……抑えて…踊る…から…それに……合うの」
直ぐにリルムは踊り始める
前回とは違う踊り
やはり見惚れてしまうが
多分雑音が入ればそこに気が散ってしまうだろう
前回が如何に凄かったかを物語る
今だって俺はリルムの踊りを観ながら
別の事を考えている
俺も一緒に「クヌギ君!」
「えあ!?」
何てマヌケな声。俺の声だ
リルムはいつの間にか、踊りをやめて俺の近くに居た
「……いつ終わったの?」
ボーッとしすぎたか……違う
「多分3分前ぐらいかな〜?呼ばなきゃ
もっと術にかかってたよ〜」
これ……この踊り危なくないか……
抑えて、俺が別の事を考えてしまうなら、全力だと……
「……作って」
リルムが俺の眼を見る
大丈夫!対策済だ
「まずはリルムが、どんな意味を込めて踊ったのか
紙に書いてくれないか?
それを俺とミカでアレンジしていくから」
ミカは少し関心している
「……苦手」
と言いつつも書いてくれている
「クヌギ君って術、出来たんだ?
癒しの女神様が特にだけど、術の効きが良いから
余程信仰が深いとは思ってたけど……」
「か、簡単なやつだけ……
誰かに見せれる術じゃないから」
「ま〜自慢すると良くないもんね
でも、機会があったら見せてね〜」
その機会は無い事を願う
魔物を召喚する術なんて、知られたくは無い
リルムがペンを下ろし、こちらを見ている
俺とミカ、2人で、覗く
わたしのおどりを みてほしい
みんなといっしょに おどりたい
たのしくいっしょに おどりたい
「……恥ずか…しい……」
リルムは顔を伏せる
「良し!これをベースに変えて行こう
気に入らない点があったら
遠慮無く言ってほしい リルムの詠唱だから」
「私の……」
リルムは顔を上げ嬉しそうにする
…………
…………
「……ふぅ」一息入れよう
どうもしっくり来ない。俺の言葉では無いから当然だが
「…………」
窓から外を覗くとリルムに
踊りを教えて貰っているミカがいた
二人共飽きて、外で遊んでいる
楽しそうだ。俺は部屋の中で缶詰なのに
二人共凄く…………羨ましい
ミカは解るが、リルムは飽きたらダメだろ
暫くその様子を眺めて思ったのは
あの踊りって幾らぐらい、お金を取れるんだろうか?
俺が客なら……いや俺は貧乏だから無理だが
金持ちなら……ならば俺は何を支払ってあの踊りを……
…………
…………
「クヌギ君。私もう時間だから行くね」
「もうそんな時間なのか……ちょっと待っててくれ」
俺は顔を上げ、リルムに紙を渡す
「最初…の……れい…ろう?……どう…言う…意味?」
「透き通る様に美しい とかだよ」
「ここは?……ここも……全部…」
俺は一通り意味を教えると
「嬉…しい……あり…がとう」
俺にお礼を言って
「また……踊ろう……ね……」
俺達に手を振り去って行った
「お待たせ。俺も行くよ」
「ゴーゴー!」
2人で目的地へ向かう途中で
「ミカ的にどう思う?俺が他人の詠唱を創るって」
「ん〜多分、辞めた方が良いけど
リルムちゃんには、創ってあげた方が良いかな〜」
ん?つまりどっちだ?リルムだけはオッケーなのか
「リルムちゃんの文
クヌギ君は解ると思うけど
神様に祈って無いんだよ。それでも発動してる」
ゴメン。解らない
俺の?顔にミカは
「彼女に詠唱は要らない。神様に祈る必要がない
踊りが祈りに、なってるんだよ〜
詠唱は彼女にとっての音楽
彼女の為だけの言葉 声に出す必要もない
自分が気に入れば、それだけで効果が上がる」
「原形無くなってたけど、いいのかな?」
そう。最早あの文面は、楽しさなど微塵も感じさせない
ものとなってしまった。
俺はこの手の才能が無い事を、改めて痛感した
ミカはニヤリと笑い
「気に入ればね〜。
それとクヌギ先生〜!作品のタイトルは〜?」
手を差し出し、俺を茶化す
「……対価」
「…………」
何か言ってくれよ
俺とミカは少し早く闘技場へ到着した




