限界の精神
一瞬は0.36秒
刹那は0.013秒で使わせて、もらっています
ドグマさんの攻撃を捌き続ける
いや、捌くなどと言ったものでは無く
飛んできた方向に、俺が合わせるように仕掛け
それを躱される
もう100を超える数の攻撃を続けている
それでもお互い無傷
ただの一度も当たってはいない
俺の方は体こそ無傷だが
神経を擦り減らし続けている
何とか男の隙をつき呼吸を試みる
意図的に男が隙を見せてくれるのだ
そこで攻撃をせずに、回復という
手段を取ってしまっている
失敗だったのか………
「………ハァ………ハァ………」
二呼吸出来たこれでまだ5撃いける!
失敗という余分な思考が入った。4撃までだ………
しかし男の攻撃は、徐々に加速していっている
完全に俺の手に負える範疇では
無くなって、しまっているのだ
もう当たる場所など特定できない
大体の方向がわかった瞬間
こちらの攻撃が当たる事を、祈るようになっている
思考が追いつかない………息を吸いたい
思考によって、消費した酸素を吐き出したい
圧倒的に時間が足りない
次の一撃が迎撃出来ない
しかし男は敢えて、10メートルという距離を取る
「ハァ………ハァ…ハァ…フゥゥー」
今のうちに呼吸を整える
「ハァ………ハァ」
………整わない。ここが限界
クヌギ.イシノギの限界が近づいている
「35秒………これが今の君の
最大集中力の限界だ」
男は静かに語る
たったの、それだけだったのか………
もう何十分と、撃ち合っていた感覚だった
しかし男は
「悲観することは無い。これからは君はまだまだ伸びる
それに比べて私は老いて衰えるのみ………
時が経てば、私は君に追いつけなくなる
だからこそ!今のうちに君から
確実な勝利を貰おうと思う」
男が右手の木刀を深く握りしめる
「今から見せる技は、過去に実在した英雄が
繰り出したと言われる技だ
そして私から君に贈る、最後の技でもある………
尤も、当時を知る人間は、生きてはいない
当時の文献などは、今はもう残っていない
口伝のみで語られる技、
アレンジ、マイナーチェンジと言ったところか………」
多分それは、男にとって必殺の一撃
全てで劣っている俺には
対処出来る、代物では無いだろう
「その技は英雄の称号に、因んでこう呼ばれている」
戦鬼躬縫慈斬り
誰かの苛立ちを感じた
男は小さくその場を跳ね
そのまま足に地を………
その前に
俺は一瞬を10倍に………足りない
臓器が悲鳴をあげる
一瞬を100倍………まだいける!
血液が嘆きの逆流をしている
刹那を100倍にまで引き延ばす
細胞すべてが俺の行動を拒絶する
引き延ばすのは思考のみ
元々、無茶な事をやっているんだ
今、体を動かせば俺は死ぬ
………十分だ
俺はこの技を知っている
男が足を着けた瞬間、彼は消え俺は
何も出来ず、吹き飛ばされるだろう
ヴァネッサが使っていた技………
俺を守る為に、焔狼の群れを
瞬時に全滅に追い込んだ
見えない攻撃………
どうやったかは解らないが
それだけの情報で何とかするしかない………
男が地に足を着けようとした瞬間
会場のほぼ全てが、男を見失う
見えていたのは
当然俺では無い
俺では見失うんだ。だったらその余分な
視力は思考に、変換させてもらった
大きな問題は2つ
何処から来るのか………
何時来るのか………
ドグマさんは右手で持った時は右方向
左手なら左方向だった……ならば
彼は右手に木刀を握っていた
俺は2〜5時………いや4時の方向に決め打ちをする!
後はタイミング
こればかりは解らないが
まだ待つ………まだ………
(………9時方向………左足を踏み出せ)
思考が平常の時を刻む
今までの全ての思考を裏切り
左脚を踏み込む
「なに!?」
驚きの声 男の姿がハッキリ見える
俺の足に体制を崩した男は
そのまま………そのまま終わらせてやる!
最初で最後
男の後頭部を左手で掴み
男と言う名の、時計の針を逆方向へ、時を刻ませる
男はその場で縦回転をする
あれ程の速度を無理矢理、別方向へ向かわせたんだ
制御出来る訳が無い!
追い打ちを仕掛ける
男と目が合う………
彼は最早、笑っていない
しかし諦めてもいない
殺気を俺に放つ
「あああ!」
俺は構わず右手の杖を男めがけるが
寸前で止まる
男は受け身を取れず、石畳に背中から落ち
体制を瞬時に立て直すと
あろう事か、別の方向を見つめる
俺もその方向を見ようとしたが、体が動かない
確か………ミカ達がいる場所
男が俺に近づくと、
「私は最後の技と言い、君は見事受けきった
おめでとう!私の………」
「勝者!ドグマ.マグナス
タンカ!!速く!!」
何が起こったのかは
解らないが、俺は負けたようだ
もう良いだろう………呼吸をしよう
俺は鼻から息を吸おうとすると
鼻は血液でいっぱいのようだ………
口に血がたまり拒否された
血を吐き出そうとする………
そんな力は残っていないので、そのまま垂れ流す
俺は口から息を吸おうとするが
肺も血で溢れている
「ゴボッ!」
赤く染まったドグマさんが
倒れそうになる俺をそっと支える
赤い空を見つめながら………
染まっているのは俺の瞳だ
なんて事は無い………
俺は自滅しただけだ………
………酸素が………ほしい
俺は意識を失った




