加護と罰
「ああああ………いやーーー」
彼女の悲痛な叫びが、洞窟内に響き渡る
剣士は落石に足を挟まれ、動くことができないでいた
ダークモールは動けない剣士に狙いを定める
鋭い爪を振り降ろすが
男は自身の剣で必死にいなしている
………近すぎる
神の力で怪物を倒そうとすると
彼ごと巻き込んでしまう
ミシェルが泣きながら
必死に弓を射るが 全く違う方向に飛んでいく
「ちょっとだけ耐えて!絶対 絶対助けるから!」
私は彼女の元へ走る
彼女の両肩を掴み
「ミシェルちゃん!祈りながら射って
今ミシェルちゃんには生命の大神様がついてるの
大神様を信じて!」
私は不思議だった
気難しい生命の大神様が、何の準備もなしに
私の祈りを聞き入れ 彼女に力を貸し与えてくれたことに
でも、あの矢を見て確信した
彼女は………
ミシェルは泣きながら頷く
「せ……生命の大神様 大神様
この矢を怪物に当てて下さい
お願いします………どうか お願いします………」
彼女が震える手で射った矢は
誰もが当たらないと、予想できる方向へ向かっていく
困った時の神頼み
普段神を蔑ろにし
都合のいい時だけ神を利用しようとする者に
神は決して、力を貸し与えたりはしない
神官でさえ、何年もの祈りを重ねることで
神々との会話を許され
神の力を借りることに、更なる年月を要する
故に
ミシェルの祈りを込めて放った1射は必然的に
絶対必中の一射へと変貌する
彼女は誰よりも生命を慈しんでいた
動物はもとより植物 枝木 葉に至るまで
物心を付いた時から
生命への敬愛を、行動で示し続けていた
生命の名を冠する神が
そんな彼女の初めての祈りを 聞き入れない訳がない
願いを叶えない 理由がない
矢に纏わりついたツタの葉がほどけ
洞窟内に根を貼る。ツタが弦となり
矢の軌道を強制的に変更させ
死角から怪物への予測不能の一撃を叩き込む
それで終わり
矢は怪物を穿つことなく
傷1つ付けられず 地面に転がる
変わった事は2つ
怪物から血の気………いや
血液 生気そのものが消え失せ
瞬く間に萎んで絶命した事
もう一つは
彼女の弓に絡んだツタの葉が、赤黒く変色している事
まるで怪物の生命力を吸い尽くしたかのように
「あ……あの これはどうしたら………」
ミシェルは弓の変色に気付き、ミカに助言を求める
「何がしたいか祈りながら射ったらいいよ」
ミカは弓をひく動作をしてみせ
ミシェルは涙を拭い頷く
「生命の大神様………どうかお願いします
私は………私は彼を助けたいです!」
願いを込めたニ射目
ドス黒い血潮を撒き散らしながら
一直線に向かった矢は
男にのしかかった落石を砕き、更に加速していく
洞窟の奥から
断末魔が聞こえ彼女の弓と矢に巻き付いた
ツタの葉は枯れ落ちてしまった
彼女はそれを丁寧に、崩れないように拾い上げ
「あの これ御守にしたいから
持って帰っても大丈夫なのかな?」
「うん でも生命の大神様に関しては
ミシェルちゃんの方がきっと詳しいから
そうしたいなら大神様も喜ぶよ」
彼女は生命の加護を賜っている
彼女が生物に対して敬愛する限り
生命の大神様も彼女を護るだろう
男が立ち上がることも出来ず
「た……助かったよ ありがとう……」
男の右足は辛うじてくっついている状態
見るも無惨な姿に変わり果てている
ミシェルが私に
「あの……彼に何か術をかけてあげないかな?」
癒やしの女神の力を借りられたのなら
多少マシになるかもしれない
彼女はそう思ったのだろう
「朝に1回頼んじゃったからもう無理なんだよ
それにこの怪我は……生命の大神様を愚弄した罰」
生命の神の片腕から創られたとも
言われている癒しの女神が
この怪我を治してくれるバズがない
治せるのは……
「ミシェルちゃん………生命の大神様の加護を持つ
貴女なら治せるかもしれない
今の大神様には、私の祈りじゃ届かないの……」
「私……が」
ミシェルは男の足とも呼べなくなった物に触れる
彼女の両手が血に染まり
「ミシェル……いいんだ」
男の弱々しい言動に、ミシェルは目を閉じ語りかける
「いつも守ってくれたよね?
いつも足を引っ張ってばかりだったよね?
やっと恩返しができるかもしれないの……だから」
呼吸を整え
彼女は何かを決心したように瞳を開け
男の剣を取り 自身の左足に付き立てる
「なっ!?何してるんだ」
「ちょっと ミシェルちゃん!?」
二人の叫びは同時 しかし彼女はそれを無視して
「うぅ……あ………いぃ」呻きを必死に殺し
「生命……の大神様
彼の罪を半分 私に受けさせて下さい」
彼に変化は現れない
彼女の左足は夥しく流血している
「………足りないのなら………お願いします………」
もう一度 自分の足を突き刺そうとする
しかしそれは 止められる
木の幹が、彼女の一刺しを受け止め
男の足に入り込む
骨は幹が 肉は枝が 皮膚は葉で 創られた義足
彼女の足は無数の植物が侵入する
彼女の傷を治すために
すでに血は止まり、すぐに立てるようになるだろう
男は剣を杖代わりに、なんとか立ち上がることができ
女性も少し庇いながらだが 立ち上がる
お互いを支え合いながら 神様へ感謝をする
その光景に私は
「これが………愛の力なんだね」
2人の顔が赤くなる。お互いを見合わせて 更に紅く
うん。私もいつか、好きな人が出来たらいいなぁ
と 思いながら私の初めての怪物退治は終わった




