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ACT07 「奇想天外な説明」

 天使君を描くことになったのは、このさい良いとして。

 問題はそれだけじゃない。


「ところで兄貴、色々と説明してほしいことがあるんだけど」

「お、なんだ? なんだ?」


 兄貴はなぜか少年のように目を輝かせてこちらを向く。過剰な反応がいちいち気持ち悪いけれど、話を進めることを優先した。


「天使君、なんだか色々と複雑な事情がありそうだけど。まず兄貴がそんな天使君と一緒に住むことになった成り行きを教えてよ」


 探りをいれた途端、兄貴はわざとらしいくらいに目を泳がせる。


「あー、えー」

「あーとか、えーじゃなくて」


「えー、それはだな、えー、それは――、サク、おまえ腹減ってない?」


 誰がそんな露骨な話のそらし方に引っ掛かるんだ。わたしはバンッと卓袱台ちゃぶだいを叩いた。


「バカ兄貴、ごまかすなっ」

「うう、えーとだな、えー」


 兄貴はちらりと横目で天使君を見た。天使君は他人事のように屈託なく笑っただけだ。わたしがじっとり睨みつけていると、兄貴は降参したように溜息をつく。

 ようやく話す気になったのか。

 兄貴はまず天使君に語りかけた。


「ゼロ、仕方がないので今から俺がサクに事情を説明する。おまえは黙って聞いているように」

「はい、リョウさん」


 素直にしたがう天使君にうなずいてから、兄貴は改めてわたしを振りかえった。卓袱台ちゃぶだいの前で正座する。なにか途轍もない告白をするのではないかと、思わず緊張してしまう。


「サク、おまえが信じるか信じないかはわからないが、とにかく兄ちゃんは話してみるぞ」

「う、うん」


「実はな、――ゼロは人間ではない」

「――は?」


 意味がまったくわかりません。


「おまえがはじめてゼロと出会って天使君だと言った時、俺は思い切りびびった。なぜなら、ゼロは正真正銘の天使様だからだ」


 この人はいったい何を言いだしたのだろう。大丈夫だろうか。


「俺がここに越してきて間もなくの頃、夜中に天井からいきなりゼロが降ってきたんだ。その時は背中に真っ白な翼が生えていて、ゼロはひどく衰弱していた。俺が名をたずねると、うわ言のようにゼロムスと答えて気を失った。三日ほど昏々と眠り続けてから、ようやく目を覚ますと、ゼロはそれまでのことを何一つ覚えていなかったんだ。それが兄ちゃんとゼロの出会いだ。――こらこら、サク。なんだ、その疑いに満ちた目は。せっかく兄ちゃんが覚悟を決めて打ち明けたのに」


「それ、いきなり信じろっていう方が無理だけど。そもそも天使君の羽はどうなったの?」

「うむ。ゼロが気を失ったときにすうっと消えた」


 それでは兄貴の話を裏付ける証拠がまったくないではないか。あやしい。うさん臭い。わたしが天使君を見ると彼はそっとうつむいた。兄貴の説明よりも彼の仕草の方が雄弁だ。


「天使君。今の話、本当?」


 絶対に兄貴の作り話に決まっている。しかし、天使君はわたしの期待を裏切って、なんとうなずいたのだった。


「はい、リョウさんのいうことは正しいと思います。僕はここで目覚めてからのことしかわかりませんが。それでも僕は人間ではありません。それだけは間違いないです。サクさん、申し訳ありません」


 まるで懺悔でもするように、天使君は頭をさげた。

 僕は人間ではありません、申し訳ありませんって。


 そんなバカな。天使君が謝るなんて反則だ。事実の是非はともかく、まるでわたしが天使君を責めているような後ろめたさがわいてくる。


「それは、べつに天使君が謝ることないよ。悪いことをしたわけじゃないんだしさ」


 わたしはいったい何を言っているのだ。信じられないのに、そんなふうに天使君に頭をさげられると、信じなくてはいけない気になる。

 ふいに兄貴がぽんとわたしの肩を叩いた。


「サク、おまえが信じられないのも無理ないけどな。一つだけ俺達とゼロには違いがある。ゼロは何も食べないし、何も飲まない。飲まず食わずでも、こんなに元気なんだ」

「う、嘘だ」


 思わず呟くと、かたわらの天使君が「本当です」と言った。


「じゃあ、天使君が逃げた敵っていうのも、そういうことと関係があるの?」


 なんとか呆然自失になるのをしのいで問いかけると、あっさりと兄貴が答えた


「断定はできないけどな、あると思う。ゼロにストーカーのようにつきまとっている奴がいるんだ。今のところつきまとうだけで襲いかかってくることはないようだけど」

「そ、そんなの危ないよ。ここもつきとめられているじゃないの?」


「そうだろうな」

「そうだろうなって、兄貴も天使君も恐くないの?」


「何だかんだ言って、もう一年ちかく経つし。その間に何が起こったわけでもないし。兄ちゃんは慣れちゃったなぁ」

「な、慣れちゃったなぁって」


 笑っている場合か。どういう神経をしているのだ、この変人は。


「まぁまぁ、サク。何かあったらその時に考えるしかないって。なぁ、ゼロ」

「はい」


 天使君もはいじゃない、はいじゃ。

 そもそもこんな危険な状態で、天使君を妹に託そうとした兄貴はどういうつもりだ。

 もうどこまでが本気なのかわからない。結論としては、やっぱり全部信じられない。


「全部作り話なんだ? 兄貴、いい加減にしてよ」

「兄ちゃんは本当のことを打ちあけたぞ」


「サクさん、本当です」

「嘘だぁ」


 結局、すべてが本当か嘘かよくわからない。兄貴も天使君も本当だと言い続けるだけで、それ以上の追求はできなかった。全く話が進まないのだ。不毛だ。

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