ACT05 「天使君とスケッチブック」
「サクさん、これを見せてもらってもいいですか」
テレビを見ているわたしの傍に正座して、天使君が放りだしてあったスケッチブックを差しだした。眺めても面白いものではないだろうけど、断る理由もない。
「うん、いいけど。面白くも何ともないよ」
「そんなことはありません」
天使君はうれしそうにスケッチブックを開いた。わたしが描いてきた絵。これを見た人の反応は想像がつく。
「うわぁ、とても綺麗です」
天使君の素直な言葉。それは聞き慣れない感想だった。わたしは「え?」と思わず聞きかえしてしまう。天使君は喰い入るように絵をながめたまま、独り言のように繰りかえす。
「本当にとても綺麗です。サクさんの見ている世界は、こんなに綺麗なんですね」
ぶわぁっと一気に何かが撒き散らされた。胸のうちが激しい色で染められていく。
ちょっと待て、まずい。どうしてだろう。ものすごく恥ずかしい。天使君の呟きに、どうやらわたしは感動している。顔がかぁっと熱くなった。
さいわい天使君はスケッチブックに夢中で、うろたえているわたしに気づかない。必死に平静を装って、同じようにスケッチブックをながめた。
自分の部屋。
窓から見える景色。
誰もいない公園。
ブランコ。
ジャングルジム。
他愛ない道。
さびれた庭先。
放課後の校庭。
最後のページは描きかけのワンボックス、兄貴の屋台だ。
「いいですね、こんなふうに自分の世界があるって」
謳うように、天使君はうっとりと語る。不覚にも目頭が熱くなった。
今まで「上手」だとか「うまい」と言われたことはある。
けれど「綺麗」だという感想は初めてだった。わたしの見ている世界が綺麗だと、そんなふうに語ってくれた人はいない。まるで目に見えるものではなく、わたしの心が見ているものを讃えられた気がする。
無彩色だった世界に、鮮やかな色が生まれたようだった。
どうして、こんなに嬉しいのだろう。