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天使君と変人とわたし  作者: 長月京子


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ACT11 「変人の真相」

 ようやく落ちつきを取りもどして、タコ焼きを食べる。すっかり冷めていておいしくない。


「まずい」


 素直に感想をもらすと、隣に座りこんでいた兄貴が目をむいた。


「おまえ、心やさしい兄ちゃんに宣戦布告か? そういうことなのか?」


 いったいこの変人はどういう思考回路をしているのだろう。


「天使君のことが心配で味がしない」


 ぼそっと呟くと、兄貴は黙ってしまった。

 天使君の俊足には誰も追いつけない。そして、天使君にはどこにも行くところがない。だから追いかけずに待つというのが、兄貴の作戦だった。


 理解はできても、気持ちは落ちついてくれない。

 味のしないタコ焼きをもうひとつ口に含む。まずい。黙々とタコ焼きを噛みしめていると、兄貴が「ふうっ」と声にだして溜息をつく。


 さすがに妹の気持ちを察したのかと思っていると、ざりざりと音がした。目を向けると、地面に指で「の」の字を書いている。

 どういうつもりだ。


「ばれちゃったなぁ」


 地面に座りこんだまま、兄貴は空を仰いだ。


「ゼロは、……実は兄ちゃんが作ったんだよな」


 それは天使君を天使様だと言い募ることと同じくらい、ありえない。だけど、笑いとばすことも呆れることもできなかった。ここに至って、ようやく兄貴は真相を教えてくれる気になったらしい。

 もぐもぐと噛みしめていたタコ焼きを、むりやり飲みこむ。


「兄ちゃん、ほんとうは仕事をやめていないんだな。今のこれも、実はぜんぶ実験の一環みたいなもんなの。まぁ、タコ焼き屋は兄ちゃんの趣味だけど。一度やってみたかったんだよな」


 その辺りのセンスが良くわからない。


「ゼロはほんとに兄ちゃんの自信作。最高傑作といってもいい。サクに話したら軽蔑しそうだけど、兄ちゃんはさ、人の感情も単なる化学反応だと思っていたんだ。そう思っていたからこそ、ゼロを作ることができたんだけど」


 ことりと何かが腑に落ちた。

 いつのまにか手の届かなくなったお兄ちゃん。一瞬、そんな印象が蘇る。


「だけど、試作品を完成させるにあたって、いろいろと問題にぶち当たったわけ」


 兄貴がぶちあたった問題。興味がある。


「おまえ、パブロフの犬って知ってるか?」

「聞いたことはあるけど、詳しくは知らない」


「うむ。では兄ちゃんが教えてやろう。昔パブロフ博士って人が犬を飼っていた。餌をやるときは必ずベルを鳴らす。すると、飼い犬はベルが鳴るだけで、よだれを垂らすようになったらしい。いわゆる条件反射の話だ」

「ふうん」


 それと兄貴のぶち当たった問題にどんな関係が?


「条件反射とは、また話が違うんだが」


 おい変人、なぜ違う話をするのだ。ややこしくなるだろうが。


「ゼロに人間を守るという条件を組みこむかどうか。そういうことが問題になった」


 人間を守るという条件。必要だと思うのに、ちくりと胸が痛む。


「問題って、そういう条件をつけるのは必要じゃないの?」


 兄貴はおや? という顔をしてわたしを見た。


「サクもそう言うのか。ちょっと意外だなぁ」

「だって、人も人を守るように教えられるし。同じことじゃないの? そういう条件を組み込まないと、平気で人を傷つけたりするわけでしょ?」


 言いながら、ちくちくとした痛みがじわりと胸の中に広がりつつあった。

 優しい天使君。

 天使君がわたしを守ってくれたのも、そういうあらかじめ決められていた条件が理由だったのか。

 絵を褒めてくれたのも。

 仕方がないのに、さびしいと感じてしまうのはどうしてだろう。

 なんだか、すごく哀しい。


「兄ちゃんは、ちょっと考えてしまったんだよな。パブロフ博士の犬も、はじめからベルの音でよだれを垂らしていたわけじゃない。ベルを鳴らして餌をくれる博士があって。犬にも餌を欲しがる食欲があって。いろいろな条件の結果だと思うんだ」


 それはそうだけど。兄貴はいったい天使君になにを望んだのだろう。


「人も生まれながら、道徳もって生まれるわけじゃないだろ? 何も教えられなかったら、きっと他人を守ったりしないと思うんだよなぁ」


 何となく兄貴の望みがわかったような気がする。変人だけど、そういうことを考える兄貴は嫌いじゃないな。


「思考も感情もただの化学反応だけど、一通りのものじゃないんだぞ。化学反応が連鎖して過程プロセスになって、さらに化学反応して、延々と化学反応が起きて。そういうことが蓄積されて形作られる。そういう幾通りもの変化が起きる可能性を、はじめからなしの方向で考えるのは、どうかと思うんだな」


 うわ、最悪だ。兄貴のそういう頭はものすごく嫌だ。感情が化学反応とか言っているあたりが、やっぱり変人だ。


「あ、なんだ、サク。その軽蔑のまなざしは。兄ちゃんいい事言っているのに」

「じつは兄貴もロボットだったりして」

「兄ちゃんはロボットでもいいぞ。ゼロと同じ仕組みなら同じだからな」


 いや、全然違うって。


「だから、兄ちゃんはゼロを同じにしてやりたかったんだ。ちゃんと、自分で化学反応してほしかったんだよ」


 悪いけど、はっきり言って兄貴の言葉にはまったく伝わってくるものがない。わたしはむりやり翻訳することにした。


「それは、天使君に心を育ててほしかった、ということだよね」

「うおっ。サクはやっぱり天才だ。詩人だ」


 変人はいきなり人の手をつかんでぶんぶん振り回す。もうついていけない。


「そうなんだよ。そうそう。兄ちゃんはまさにそう言いたかったんだ」


 あ、そうですか。とにかく手をはなしてください。


「しかしだな、兄ちゃんのその思いはなかなか周りに伝わらなかった。結果として今、こういう試用実験を設けているわけだ」

「こういう試用実験って?」

「だから、なんとゼロには余計な条件が設けられていない、あいつはとても自由に化学反応ができる」


 自由な化学反応、それってもしかして。もしかしなくても――。


「すごいだろ。ゼロは自分で自分の化学はんほう――、ひてて、こら、兄ちゃんをつねるな」

「化学反応じゃなくて、心」

「あ、そうそう。ゼロは自分で自分の心を育てていくんだ」


 心を育てていく。

 天使君は感じることができる。考えることができる。

 わたしたちと同じ心を持ち、育てていくことができる。それが本当なら、とんでもなくすごいことだ。


 思わず兄貴に尊敬の眼差しを向けそうになった。

 けれど、その思いはすぐに浮かんできた苛立ちに吹きとばされる。


「すごいだろ、すごいだろ。これまで人様に迷惑をかけたこともないし、なんとゼロはサクを守ってくれた。だから、実は今、兄ちゃんものすごく感動しているんだぞ」


 なるほど。変人には変人の心の筋道があるようだ。

 だけど、しかし。

 それならなおさら、兄貴は天使君の心が理解できたはずだ。

 自分が人間ではないとばれた天使君の衝撃とか。人間ではないと否定された絶望とか。その他にもいろいろな苦悩が。

 気付いてやれよ。この変人。

 追いかけて慰めてやるのが、親のつとめだろうが。


「どうだ?サク。これでタコ焼きがおいしく食えるだろ?」


 おいしいわけがないだろ。この変人、無神経。

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