第五話「妹のために」
「あーぁ……落としちゃった」
「それじゃ、次は僕がやってみるよ。必ず取って見せるから!」
「う、うん」
二人は、今クレーンゲームに熱中しているようだ。俺達も、クレーンゲームをプレイしつつ二人の近くで見守っている。
どうやら、綾菜ちゃんがどうしても子犬のぬいぐるみが欲しいとのことで、五回ほど挑戦したが持ち上げるのが精一杯。
そこで、直樹くんが任せてと交代した。ちなみに、俺はお菓子が取れるクレーンゲームをしている。
「おお! また取ったぁ!!」
「これで何個目よ。あんた結構やりこんでるわね」
「別にそこまでは。まあでも、俺的にはお菓子類はクレーンゲームの中では簡単なほうだと思ってる」
かなりでかいものは、難しいだろうが。
俺が挑戦しているタワーになっているものや、小さいものが大量に入っているものは比較的に取りやすい部類だと思っている。
それに、監視を続けるなら小腹も空くだろう。
ここで食料を補充しておいほうがいいと判断したため、やっているわけだが。
「太一さんだっけ? もうちょっと不自然に見えないように見守ることはできないのか?」
俺達とは逆方向で、格ゲーの筐体に座りながら綾菜ちゃんのことを監視している。明らかに、彼女のほうを凝視していると周りから見てもわかるほどあからさまなのだ。
しかも、格ゲーをプレイするのでもなくただただずっとそこに座っている。
隣でプレイしている中学生ぐらいの少年はかなりびくついている様子。
「うーん。無理だと思うわ。太一さん、綾菜のことになるとかなり力が入るし。隠れるのも得意じゃないって綾菜が言ってたわ」
「かくれんぼをしても、一番最初に見つかるほどだって」
それは相当だな。
妹に早く見つけて欲しいからわざと見つかっているのか。それとも本当に隠れるのが苦手なのか。
「よし!」
「わー! すごいよ、直樹くん!!」
どうやら、直樹くんは子犬のぬいぐるみを取ったようだ。三回で取られたのなら早いほう。さっそく、取ったばかりのぬいぐるみを綾菜ちゃんに渡すととても嬉しそうに笑った。
うん、かなりいい笑顔だ。
そして、直樹くんさわやかな笑顔で返す。雰囲気はバッチリだ。このまま何事もなくデートが進んでいけばいいが。
「ん?」
クレーンゲームを終え、綾菜ちゃん達が移動した時だった。太一の背後からぞろぞろと近づいてきた明らかなヤンキー達。
ついに、格ゲーをプレイしていた少年はまだプレイ中だが、逃げ出す。
五人ぐらいはいるな。
太一は、先頭にいる男に話しかけられ、すぐさま立ち上がり威嚇。だが、男が何かを呟くと太一は拳を握り締めながらも、ヤンキー達についていく。
「ね、ねえ。太一さん大丈夫かな?」
その現場を見ていたそらちゃんは、怖がりながらも心配そうに後姿を見詰めていた。優夏ちゃんも言葉にはしないが、同様に見詰めている。
俺の聞き違いでなければ、あのヤンキーの集団は太一に一度やられているで、仲間を集め復讐をしにきた模様。
太一は付き合えないと言ったが、ヤンキー達はついてこないのなら妹がひどい目に遭うと脅した。おそらく、他にも仲間がいるんだろう。
やっべぇ、変なフラグを立てなければよかった……。
「コトミちゃん。綾菜ちゃんのこと頼めるか?」
「うん。刃太郎お兄ちゃんはどうするの?」
「ちょっと、人助け」
俺は、小声でコトミちゃんの後のことを頼み、ヤンキー達とは逆方向へと走り出す。
「ちょ、ちょっと! こんな時に、どこに行くのよ!!」
「ごめん! ちょっとトイレ!!」
と言いつつ、太一達を追う。
丁度ゲームセンターを出て行くところだった。俺も見つからないように出て行き、そのまま追跡。移動すること数分。
辿り着いたのは、ロッサが盗撮犯を撃退したところ。なるほど、この辺りだと人気もないから思いっきりできるってことか。
「おい! これで、綾菜には手を出さねぇんだろうな!!」
「さあ、どうだろうな。それはお前次第だ」
「てめぇ……!」
やっぱり、他にも仲間がいたみたいだな。全部で二十一人か。復讐とはいえ、一人に対して数の暴力にもほどがあるだろこれは。
俺は、すぐにスマホでコトミちゃんに繋げた。
「コトミちゃん。そっちはどうだ?」
《うん。今のところはなんともないよ。念のために駿とサシャーナが待機しているから大丈夫だと思うけど。そっちは?》
「思っていた通り、集団で太一をボコるみたいだ。とにかく、そっちは頼んだぞ。俺も早めに用事を済ませて帰るから」
《頑張ってね。あ、そうそう。優夏ちゃん、あの状況でトイレに行ったことにすごく怒ってるよ、刃くん》
「あ、あはは……」
それはそうか。
普通はあんな状況で、トイレに行くなんてありえないもんな。とはいえ、トイレは生理現象。俺は嘘だが、来てしまった場合は仕方がない。
でも、ちゃんと言い訳を考えないとな。
「さて」
「おらぁ! 抵抗すんじゃねぇぞ! てめぇはサンドバックだ!!」
「気絶しない程度になぶってやるぜ!!」
リンチが始まった。
太一は、抵抗せずただただヤンキー達に殴られ、蹴られ続けている。俺は、スマホをポケットの中に入れて、一歩一歩近づいていく。
そして、下品な笑いをしていたヤンキーの一人が俺が接近していることに気づく。
「あぁん? んだガキか。何しに来た? ここは」
「ほいっと」
「ぎゃっ!?」
刹那。
俺は、スマホを持ったヤンキーを殴った後、跳躍し太一を殴っている男を一蹴り。手をポケットに突っ込みつつ着地し、俺はヤンキー達を睨んだ。
「な、なんだこのガキは!?」
「お、俺の見間違いか? すげぇ跳んでた気がするんだが」
「しかも……」
蹴られたヤンキーは、軽く十五メートルは吹き飛ばされている。力加減をしたから、気絶しているだけで命に別状はないだろう。
「な、なんなんだおめぇは?」
ボロボロになっている将次の問いに、俺は振り向くことなくこう呟いた。
「あんたと同じ妹を大事にする兄貴だよ」
「なに言ってんだ、このガキはよ」
「ちょ、調子乗ってんじゃねぇぞごらぁ!!」
ガンを飛ばしてくるが、俺は怯まない。
というよりも、明らかにヤンキー達のほうが怯んでいる。必死にガンを飛ばしてくるが、俺は容赦なく前に進む。
「おらぁ!!」
先頭のリーゼントが拳を振るう。
だが、争いはよくない。ここは、平和的に解決をしたい。まあ、二人ほど倒してなにを言っているんだって思われるだろうが。
「なあ、お兄さん達」
「ひっ!?」
魔力による威圧。
ただ暴力による撃退は、また暴力を生み繰り返す可能性がある。だからこそ、精神的に圧倒する。
「ここは引いてくれないか? じゃないと……眠れない毎日が続くぜ?」
「あっ……」
気絶したか。まあ、そのほうが助かるんだが。精神的にダメージを与えるのは、勇者としてどうかと思うけどこれで少しは、こんなことをしないようになってくれればいいんだが。
「な、なにが起こってやがるんだ?」
何もしていないのに、突然気絶したヤンキー達に太一は唖然としていた。俺の魔力は、ヤンキー達にだけ向けた。
太一にはまったくなにも影響はない。
俺は、にっこりと笑いながら手を差し伸べる。
「さ、行こうか」
「お、おう」
まだ状況が理解できていない将次を連れて俺は移動する。その途中、サシャーナさんの姿を目撃した。
この場はお任せを! とばかりに敬礼してきたので、よろしくと敬礼で返した。
「……おめぇよ」
「ん?」
口元の血を拭いながら太一は問いかけてくる。
「何者なんだ? 連中を、何もせず気絶させるって」
「正義の味方かな?」
「んだそれ。おめぇ、本当にガキか?」
「ぴちぴちの小学生です!」
なんつって。中身は十七歳なんだけどね。
「最近のガキは、すげぇんだな……」
「皆が皆そうってわけじゃないと思うけどね。……なあ」
「なんだ?」
そろそろゲームセンターも近いところで、俺はこんなことを問いかけた。
「妹、大事か?」
「ったりめぇだろ。あいつはこんな俺でも、兄だと慕ってくれる。優しくしてくれる。俺は、あいつが赤ちゃんの頃からずっとずっと護ってきたんだ。あいつは……綾菜は俺にとってかけがえのねぇ家族なんだよ。家族を大事にするのは、当たり前のことだろ?」
綾菜ちゃんのことを語る太一の表情はとても優しいものだった。とてもヤンキーとは思えないほどに。太一の気持ちを聞いたところで、スマホに連絡が入る。
確認すると、優夏ちゃんがいつまで待たせるの! と激おこであり、綾菜ちゃんがそっちに向かっているという二つの情報だった。
おっとこれは失態。俺はトイレに行っているんだったな。
「それじゃ、俺はこれで!」
「お、おい!!」
「あれ? お兄ちゃん?」
「え? あ、綾菜!?」
俺が立ち去ってから、すぐに綾菜ちゃんと直樹くんが太一と遭遇。俺の姿は、見られていないようだが。さて、どうする? 将次。
「綾菜ちゃんのお兄さん?」
「う、うん。……って、どうしたのその傷!?」
「あ、いやこれは」
兄の傷に気づき、綾菜ちゃんは近づいて心配そうに見詰めている。
「もしかして、また喧嘩をしたの?」
「ち、違うんだ綾菜。俺は喧嘩はしてない!」
「じゃあ、どうしたの?」
「か、階段で派手に転んだんだよ! うおっ! いって!!」
うーむ、なんてべたな言い訳なんだ。
「もう! 騙されないよ! お兄ちゃん! 喧嘩しちゃだめだって言ったのに!」
「ま、まあまあ綾菜ちゃん。お兄さんにも色々と事情があったかもしれないし。そのへんで」
大人しい子だと思っていたけど、思っていた以上にばしばし言うな。まあ、あれも兄を心配してのことなんだろうけど。
頑張れよ、太一。
それも妹からの愛情だと思って受け止めるんだ。同じ兄として、応援してるぜ。
微笑ましい光景を見守った後、三人に見つからないように、俺はその場を静かに去って行く。
「こんなところでなにしてるの? あんた」
「あっ」
しかし、ゲームセンターにいるはずの激おこ優夏ちゃんが、目の前に現れた! コトミちゃんやそらちゃんは、後ろで苦笑い。
その後、俺は三人に高いソフトクリームを奢ることになったとさ。




