第二話「バルトロッサ」
魔界。
それは、魔なる者達が住む黒き世界。その頂点に立つ一人である者が、とある世界へと侵攻を開始した。
彼の名は、魔帝バルトロッサ。
その実力もさることながら、魔族からの信頼も厚く、魔界の中でもトップクラスの魔族。
四大魔族と呼ばれる最強の魔族の内の一人で、何よりも食べる事が大好きで、珍しい食べ物やおいしい食べ物があれば、とりあえず食べるのが彼の流儀。
とはいえ、別にグルメというわけではない。
ただ食べたい。
おいしい食べ物が食べたい。
それは、幼少期の反動でもあるんだろうと言われている。彼は、幼少期から過酷な環境で育っていた。
元々魔界は、過酷な環境地が多く、常に争いが起こっているところも多く存在している。そんな中でも、三本の指に入るほどの過酷な場所で、バルトロッサは一人で生き残っていた。
他の裕福な魔族達が、おいしい料理を食べている中、バルトロッサは魔界虫や魔界草など、食べられるものを自分で採取し、何でも食べていた。
そして、常に強さを求めていた。
それは、先に逝ってしまった父親と母親の最後の言葉。
強くあれ。
自分達魔族は、強さが位を決めると言っても過言ではない。
その言葉を信じて、バルトロッサは己を鍛え、数々の魔族や魔物、魔獣と戦い強く名を広め続け、頂点に立ったのだ。
何千万という部下もでき、おいしい料理も毎日のように食べられる地位まで。
そんなバルトロッサは、もっと上を目指すと決意し向かったのが……異世界ヴィスターラ。
元々、四大魔族達は異世界へと攻め込むことを考えていた。
異世界とは未知の塊。
更に言えば、魔界から一番近い異世界は、神々によって守護されている。そう簡単には侵略はできないだろう。
だが、バルトロッサは違った。
「ゆくぞ! 貴様ら!! 我らバルトロッサ軍が先陣を切るぞ!!」
我先にとヴィスターラへと攻め入ったのだ。
バルトロッサの力と部下達の犠牲を払い、ヴィスターラへと侵入したバルトロッサ軍は、反撃の隙を与えぬ猛攻撃にてヴィスターラの村や町、人間達を襲っていく。
大したことはない。
これならば、容易に侵略できる。
思っていた以上に、侵攻が順調だったゆえに、バルトロッサは若干有頂天になっていた。
そこへ攻め込んできたのが……勇者一行。
次々に、バルトロッサ軍の勇士達を撃退していき、ついにはバルトロッサ本人のところまで辿り着いたのだ。
「くはははは!! よくぞ来たな、勇者!! 貴様の実力……我が測ってやろう!!」
バルトロッサは戦った。
全力で勇者と戦った。
あの時から、自分は負けた事がなかった。強くあれ。自分は常に強くならねばならない。いくら、相手が神々の加護を受けし勇者だろうと、負けられない。
……しかし、負けた。
何度も、追い込んだ。それでも、勇者は何度もそれを覆した。覆すほどに、強くなっていく錯覚がバルトロッサを襲い、最後には一刀にて両断。
もうこれで終わりなのか? いや、違う。まだ終わりではない。
まだ、終わるわけにはいかない。
その一心で、死ぬ直前で発動させたのが転生術。本来は、いくつもの手順を踏んでやる高等術なのだが、そんな余裕はない。
バルトロッサは、命尽きる直前の生命力と残り少ない魔力を糧とし転生術を発動させた。この一瞬の判断により、勇者一行にも気づかれはしなかっただろう。
(待っていろ、勇者! 我は再び復活し、貴様の前に現れ、屈辱を晴らしてやる!!!)
しかし、転生をしてみれば仰天。
あの一瞬の判断だったので、成功しただけでもよしとしようと思ったバルトロッサだったが。
「まさか、女子に転生するとはな」
いや、赤ちゃんでないだけマシだと思おう。いくつもの手順を飛ばし、咄嗟に発動させたのだ。もしかすれば赤ちゃんからという可能性もあった。
そうなれば、成長するまで時間がかかり、それだけ勇者が遠ざかっていく。
「十代前半といったところか」
丁度近くにあった水辺に自らの体を映し出し、容姿を確認する。流れるように靡く銀色の長髪は、左右できちんと結ばれており、真珠のような肌はさらさらで筋肉がさほどない。
触れば、ふにふにしており元男であったバルトロッサにとって違和感がある。特に、股関節の部分が相当なものだ。
「魔力も大分落ちているようだ。だが」
魔力を溜め込みなれた手つきで空を切る。
すると、何もない空間に黒い渦が出現した。
「次元ホールを発動できるほどにはあるか。さて、さっそく勇者を探すとしようか」
「いやぁ、それにしても平和になってよかったよかった!」
人の気配。
バルトロッサは即座に茂みへと身を隠す。別に隠れる必要はないのだが、今は派手に動くわけにはいかない。それに情報収集も大事だ。
どうやら、木こり達のようだ。
「ああ本当にな。これも全て勇者様のおかげだな!」
「だな。まあ、その勇者様も今じゃ、元の世界に戻ったって言うしなぁ」
(なに? 勇者が元の世界に戻っただと?)
いきなり勇者の居場所を入手できたのは幸運だった。しかし、木こり達の話が本当ならば、今の自分では最悪一方通行。
こちらの世界に戻って来れない可能性が高い。
魔力が増大するのを待つか? いや、この興奮。もう一度、勇者刃太郎と戦いたいという高揚感が止まらない。今すぐにでも、追いかけたい。
「では、行くとしよう。どうやら、神々の加護が若干緩んでいるようだしな」
今がチャンスだ。弱まった今の自分では、神々の結界を簡単に破れはしないだろう。こんなチャンスはそうはない。
気持ちを高めながら次元ホールを発動させ、バルトロッサは刃太郎を追い次元の狭間へ飛び込む。幸い刃太郎も戻って間もないらしく、次元の狭間に刃太郎の気が残っていた。
それを探り辿り着いた先は、自然豊かで、家々が少ない場所。
「ここが勇者の生まれた世界、か」
さっそく刃太郎に……とはいかないだろう。このままの姿では格好がつかない。どこかで服を調達しなければ。
そう思ったバルトロッサは誰もいないことを確認し、近くの家へと侵入していく。
「なんだこれは。わけのわからないものがたくさんあるな」
中に入れば、見たことのないものが揃っていた。四角い箱のようなものに、ボタンのようなものがたくさんついている薄い板。
バルトロッサは、試しに赤いボタンを押してみる。
《では、次のニュースです。先日行われた村おこしの》
「何奴!?」
気配などまったくなかった。そして、なによりも一面黒色だった箱に画が。しかも、動いている。声はそこから聞こえているようだ。
「き、奇怪な」
もう一度赤いボタンを押すと絵が消えた。バルトロッサは、危険を感じ取り服探しを再開。次に目に入ったのはいくつもの箱が合体したようなもの。
形から察するに、引くものだろうか。
もしかしたらここに服が入っているかもしれない。だが、いったいどれに? いや、こんな時は全て開けるのが一番だろう。
「おお! これは!!」
一番最初に開けた箱から冷気が溢れ出す。
どうやら保冷箱のようだ。
そこには、見知った食材から見知らぬ食材まで様々な食べ物が保管されていた。試しに、一番気になっている牛の絵が描かれた手に平サイズの容器を手に取る。
これはどう食べるものなんだろう? ヨーグルト、という食べ物らしいが。
「ここを掴んで開けるのか?」
一箇所だけ丸みを帯びた山があった。そこを掴みぐいっと開けると中には、真っ白な物体が。
「……ふむ。どうやら牛の乳のようだが。若干、違う気がするな」
だが、食べられないわけではない。バルトロッサは指で救いぺろりと一舐め。
「なかなか美味ではないか!」
ヨーグルトを平らげた容器をゴミ箱に捨てた後バルトロッサは、階段を上がり二階へと進む。すぐ近くの部屋へ入る。
「ほう。ここだったか」
しばらく物色し、ついに見つけた。女性用の下着に、服。バルトロッサは適当に選び身に着けていく。パンツを穿き、その上からスカートを。
やはり、違和感が半端ではない。
股関節がかなりスースーするが、裸よりはマシであろうと我慢をした。
(しかし、別世界だと言うのに、言葉も文字も理解できている。好都合ではあるが、どうなっているのだ)
考えても、わからない。どうして、自分は来たばかりの異世界の言葉や文字を理解できているのか。まさか、転生したことで何かしらの能力を会得したのか?
それとも、次元を移動したことで語学力に影響が及んだ?
「……まあよいか。こちらのほうが、何かと便利ゆえ考えるのを止めるとしよう」
準備は出来た。
さっそく、再戦するために刃太郎を探しに行くとしよう。
(またあの高揚感を味わうために……!)
後に、バルトロッサは気づいた。
自分が侵入した家が、刃太郎の母親と叔母の実家であったことに。警察には通報されていなかったが。それを知った刃太郎が、ぐーで頭を殴ったのはまた別の話である。
ちなみに、刃太郎達が遊びに来るまで二階へと上がっていないため「あれ? ヨーグルト食べた?」的な感じで魔帝に不法侵入されたことには気づかず。
そして、広い心でヨーグルトを食べ、服を借りパクしたことを許してくれた瀬川家の皆さんであった。




