第十二話「気になってしょうがない」
視線を感じる。
なんで視線を感じるのかは、大体わかっている。チラッと背後を見ると、視線の主はすぐに隠れてしまう。しかし、全然隠れていない。
マフラーとかが見えている。
あのサングラスの人だろう。いったいどんな用事なのかはわからないけど、ここ数日ずっと俺の後をついて来ている。
明らかに挙動がおかしく、不審なので、警察が近づいてきたことがあった。
でも、話しかけられる前にすぐに退散して事なきを得ている。
だけど、このままでは絶対警察に目をつけられて数で捕まってしまう可能性がある。
「仕方ないか」
できるだけ関わりたくなかったのだが、俺もいい加減どんな用事なのか気になっているし。周りの人達も、不安そうにしている。
なので、道の角を曲がりサングラスの人が追いつく前に近くの電柱の陰に身を隠す。気配を完全に消す。
そして、慌てて追いかけてきたサングラスの人を目の前に捉えたところで強引に拘束した。
「ひゃっ!?」
「……やっぱり女子だったか。でも、悪いけど。君のやっていることは立派な犯罪行為だ。そろそろ止めてくれないかな? じゃないと、周りも不安がるし、君も警察に捕まってしまうぞ」
「あわ、あわわ!?」
逃げないように俺は彼女を拘束している。
俺の腕の中で、じたばたともがき慌てているだけで、話を聞いてくれている様子がない。おそらく、俺に捕まったことで彼女は焦りに焦って冷静ではいられなくなっているのだろう。
「ほら、何もしないから落ち着いて」
このままでは話にならない。
拘束を解き、へたり込む彼女と視線を合わせて優しく微笑んだ。
「あ、あの」
「話してくれるか? どうして俺のことをつけていたのか。話してくれたら、警察には通報しない。それと、その格好はやめたほうがいいぞ。めちゃくちゃ不審だからな」
もう警察にも、彼女の容姿は知れ渡っているはずだ。ニット帽とサングラスにマスク。これだけでも、すごく怪しいから、それを外すだけで警察から認識されることはないはずだ。
「で、でも」
「顔を見られるとやばい、とかか?」
「そ、そうじゃなくてあの……」
なるほど、大体わかった。
事情はまだだけど、彼女は人と話すのが苦手のようだ。決して視線を合わさず、合わそうとするもすぐに逸らしてしまう。
常に相手の様子を窺っている。
「わかった」
「え?」
「今は、話さなくていいから。俺と約束してくれ。今後は、俺に用事があるならストーカーせずに俺へ直接話しかけてくれ。後、そのいかにも不審な格好も止めること」
「け、警察には……」
言わないでってことか。
「もちろん言わない。とりあえず、落ち着いている時に話してくれればいいから。あ、帰る時は外して帰ったほうがいいぞ。それじゃあな」
アルバイトに行く途中だったので、俺は急いで駆けていく。
彼女が、何者で俺にどんな用事があるのか。かなり気になるところだが、悪い子ではないようだ。でも、平日のこんな時間帯にストーカーしているってことはサボリかな?
学校をサボってまで俺のことをストーカーする用事。
やばい、考えたら更に気になってしまった。
……ハッ!? まさか、俺に告白? いやいやさすがにそれはないか。でもなぁ、声と仕草から判断してもかなり可愛い子だと感じる。
「っと、急がないと!」
考えるのは後だ後。
今は、山下書店に急がないと。
・・・★・・・
「ありがとうございました」
それは、いつものようにアルバイトをしている時だった。新作のライトノベルを三冊購入した客が帰った後に、商品を持っていない少女が来た。
綺麗な長い黒髪は、腰まで届いており、前髪も適度に長く目が半分ぐらいは隠れているだろうか。
かなりの小顔で、マフラーが口元を隠している。
これにより、顔のほとんどが隠れている状態だ。
小麦色のコートを羽織っており、下は青のジーンズだろうか。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの」
ん? この声聞いた事があるな。若干上ずった声で、話しかけてきた少女はしばらくの沈黙の後。
「や、やっぱりなんでもないです……!」
「え!? あ、ちょっと!!」
猛ダッシュで店から去って行った。
「刃太郎くん!」
「な、なんですか絵里さん」
少女が去った後、なんだかすごく興奮した様子で出てくる絵里さん。
「今度は、女子大生を口説いたの?!」
「口説いてません!! というか、女子大生?」
え? さっきの子、というか人って大学生だったのか? 俺はてっきり中学生か高校生ぐらいだと思っていたんだけど。
それほど、若々しいというか幼いような。
あぁ……あれだな。
知っている女子高生が、年齢の割りに結構大人びているからそう感じたのかな。
「ええそうよ。知らなかったの? 私は見た事があるんだけど。あの子、この近くの大学に通っている女子大生よ」
ざっと記憶を探ってみたが、あの女子大生と関わったことなんて……いや、そういえばあの声。もしかして、あのサングラスの?
「うーん。年上で言うとサシャーナちゃんが居るけど、さっきの子は今まで君が関わっていないようなタイプね。恥ずかしがりやで、押しに弱そうで、すごく控えめな! 漫画でよくあるけど、前髪を上げたらすっごい可愛いかもな子! て感じなのかしら? ねえ、刃太郎くん!!」
「あー、はいはい。わかりましたから。仕事してください」
「はーい」
もし、さっきの女子大生があのサングラスの人だったら。
俺が言った約束をちゃんと守ってくれた、ということかな。
サングラスとマスク、ニット帽を外して、ストーカー行為を止めて俺に直接話しかけてきた。でも、そこからがうまくいかない様子。
まあでも、時間をかければ。
……なんて思っていたけど。
方法は変わっただけで、全然変わっていない。
今度は、俺のことを待ち伏せたりして、話しかけようと頑張るもすぐ逃げてしまう。そんなことを何度も繰り返し、俺は我慢の限界に来てしまった。
アルバイト終わりに、人気のない場所で彼女はまた逃げようとしたので、俺は強引に腕を掴み取り、勢い余って、壁に追い込むような形になってしまった。
が、その時の俺は勢いづいていた。
「俺との約束を守ってくれたのは嬉しかった、です。でも、こう何度も逃げていたら何も変わりませんよ」
怖がらせないように、丁寧に話しかけているけど。腕を掴み、壁に追い込んでいる時点で怖がらせているかもな。
それでも、俺は気になってしょうがないんだ。
「あ、あ、あにょ……!」
顔を赤くして、彼女を答えてくれない。やっぱり、人と話すのが苦手なのだろう。
「……すみません。少し強引過ぎました。とりあえず、今から落ち着いた場所にでも行って。ん?」
冷静になった俺は、彼女から離れて落ち着いた場所に行こうと提案していた。が、その途中で人の気配。
「ほう。貴様も中々強引な奴だな。我は知っているぞ。そういうのを壁ドンと言うのであろう?」
「お前は、本当にタイミングが悪いな」
「むしろ我でよかったであろう? これが、貴様の妹や他の女子ならばどうなっていたことか」
次元ホールから現れたロッサは、腕組みをしてふんっと笑う。
あぁ、確かにお前でよかったよ今は。
って、そうじゃない。
こいつ、一般人の前で次元ホールから……! そのことに、ロッサはあっと気づいたらしくその場で固まってしまう。
「あ、悪鬼!?」
「え?」
開口一番に彼女の言葉。
悪鬼って、まさかこの人。
「なに? 我は魔帝ぞ。悪鬼などという存在ではない」
「ち、違うの? でもさっき、次元の穴から」
あれ、この人ロッサと普通に話している。もしかして、女子とだったらまともに喋れる人なんだろうか。
「あの、もしかしてあなた。鳳堂家の人ですか?」
「え、えっと……は、はい。ほ、鳳堂御夜って言います」
彼女から距離を取り、俺は問いかける。すると、視線を逸らしながらも彼女はちゃんと答えてくれた。




