第九話「動き出す悪鬼」
それは、天宮家の客室のベッドで眠りについた時だ。
ふと何かの気配に目が覚めた俺は、物音を極力出さないように部屋から出て行く。
時刻は、三時半。
もう太陽が昇ってもいい時間だ。物静かな長い廊下を歩き、階段を下りていく。すると、玄関先で誰かが立っているのを発見。
「サシャーナさん」
「おや。どうなされたのですか、刃太郎様。随分とお早い起床ですね」
「サシャーナさんこそ。こんな時間にどうしたんですか? 見回りですか?」
「まあ、そんなところです。近頃……邪気のようなものが増殖しているようなので」
と、扉の向こうを睨む。
やっぱりサシャーナさんも感じ取っていたのか。
「コヨミ様もこのことには気づいております。ですので、今は有奈様の傍で待機しております」
「うん。そのほうが助かる」
ここに居ればまず安全だろうが、それでも心配だ。コヨミにはそのまま有奈を護ってもらうことにしよう。その間に、俺達は。
扉を開けると、更に邪気が俺達の肌を刺激する。
あの黒い渦だ。
「ここに単身で乗り込んでくるなんて、すごい勇気だな」
正直、普通の敵だったらここに一人では来ないだろう。
コトミちゃんやコヨミ。サシャーナさんやイズミさんだって居るんだ。実力の差がわかる奴ならば、無謀にも突っ込んでは来ないはずだ。
「貴様か。親方様を殺したのは」
「親方様? ……まさか、あの鳳堂家で倒した悪鬼のことか?」
黒い渦から、姿を現したのは俺と同じぐらいの身長を持つ、上半身裸の鬼。俺が倒した悪鬼と違い普通サイズで、角も一本だ。
はっきり言って、あの悪鬼よりも断然弱い。
とてもじゃないが、単身で乗り込むほどの実力者とは思えない。
「そうだ! 姫はとても悲しんでおられる!! 親方様を……実の兄を殺されたことに!!」
「なるほど。あなたは、その姫様のために単身でここに乗り込んできた、と」
「いずれは、我々が親方様を助けるつもりだった。結界がかなり強力だったため、すぐにはいけなかったが。やっと……やっと結界が弱まった! 今なら助けられる!! そう思っていたのに……!」
悪鬼は、ぐっと拳を握り締め怒りに震える。
俺を仇のように睨みつけ、一振りの棍棒を突きつけた。
「貴様が親方様を! 姫様を悲しませた! 俺は貴様を絶対ゆるさん!!」
「……そうか」
「なにを笑っている?」
「いや」
俺は、あの悪鬼しか知らなかった。だけど、こうして他の悪鬼に出会ってなんだかほっとしている。なんだかんだで、俺達とあまり変わらないんだなって。
仲間を殺され、大事な人が悲しんでいるとそれを想って怒る。
ちゃんとした心がある証拠だ。
悪しき鬼だなんて、とんでもない。
「まあ、なにを言おうと貴様を許すわけにはいかない。ここで、貴様を殺し。その首、姫様と仲間の下に持ち帰る!!」
「残念だが。俺もやられるわけにはいかないんだ。お前が俺のことを殺しにくるなら、容赦はしないぞ」
今では、完全にあっち側では俺が敵だと認識されているんだろうな。話し合い、なんて生温いとか言われそうだ。
それに、今の相手は俺の話などまともに聞いてはくれないだろう。
……こういうのを、あっちで慣れておいてよかったなって心底思うよ。
「仇に心配されるなど、反吐が出る!!」
吼え。棍棒を構え、走り出す悪鬼。
サシャーナさんが動こうとするが、俺は手で制す。そのままゆっくり、歩き出す。
「なあ、話し合いってできないか?」
「そんなもの不要!!」
「そうか」
だったら仕方ない。俺は、俺の命を狙う悪鬼へと刃を向けようと構える。
「ん? お、おい!!」
が、悪鬼の背後から突如として現れる巨大な魔手。そいつは、容赦なく悪鬼を掴み取り黒き渦へと引きずりこんでいく。
そのまま黒い渦は消滅し、静寂が空間を包み込む。
「刃太郎様。先ほどのは?」
「……もしかしたら、あの悪鬼を助けたのかもしれないですね」
「では、他の悪鬼が?」
「おそらく」
そうじゃなければ、あのまま戦っていたら俺は確実にあいつを殺していたはずだ。取り出した剣を俺は収納し、天を仰ぐ。
「それにしても刃太郎様。また厄介ごとに巻き込まれたようですね」
「その通りです。ま、こういうのには慣れていますから。また、なんとかして解決してみせますよ」
「頼もしいお言葉ですね。よっ! さすが、コトミ様とコヨミ様の英雄!」
「ちょっ、止めてくださいよ」
それにしても、仇か。
あいつの目は本気だった。それほど、あの悪鬼を。親方を信頼していたのだろう。それに、姫と呼ばれていた悪鬼。
俺が倒した悪鬼の妹だって話だったが。どんな存在にも、やっぱり家族っていうのはあるものなんだな……。
・・・★・・・
「ただいまぁ」
「ただいま。舞香さんは出かけてるみたいだね」
「ああ。連絡があったからな。もうちょっとしたら帰って来るだろ」
天宮家で、午後遅くまで遊び帰宅したのは夕方頃。
舞香さんは、さっき買い物に行って来ると連絡がありいないのは知っている。とりあえず、帰ってくるまでゆっくりしていることにしよう。
「ふう、牛乳でも飲もうかな」
喉が渇いたので、冷蔵庫にある牛乳を飲もうと荷物をソファーに放り込んでから向かったのだが。
「お、か、え、りなのです。あなた」
「……」
「わー! わー!! 無言でアイオラスを抜こうとしないでほしいのです!? また、影響がこっちに出てしまうのですよね!?」
おっと、思わず。
俺は、抜きかけたアイオラスを収め、台所で裸エプロンならぬ、スクール水着エプロンというよくわからない格好でいる男女の神様を睨む。
「なんでいる」
「リフィルのお説教も終わったので」
「理由になってない」
「刃くんに合いたかったのです」
「それはもういい」
「まだゲームがやりたりないのです! 漫画を読み足りないのです!! アニメを観たりないのです!!!」
「その意見には、同意ね!! って、ちょ! だからアイオラスを抜こうとしないでよ!?」
おっと、これはまた。もう設置されていないと思っていたのに。聖域から出てきたジャージ姿のリフィルに俺は驚きまたアイオラスを抜きかけた。
ニィが帰った時に、入り口は消し去ったはずだが。
なんだか嫌な予感がする。
「おい。堕神。なんでお前までいるんだ?」
「誰が堕神よ! いい? あたしは、ちゃんとおっさんの許可を取ったの。ニィが同行するならって」
「あっちは、刃くんのおかげですごく平和ですからねぇ。それに、グリッドくんがなんとかしてくれるはずなのです」
グリッド……本当に可哀想な奴だ。
同じ男として、同情せざるをえない。
「あー、つまり?」
「これからお世話になるのです。あ、ちゃんとここの主様には許可を得ているので安心してほしいのです。それに、私達は聖域で生活するので」
「あんた達には迷惑はかけないわ!」
正直、不安しかない。すでに迷惑をかけている奴にそんなことを言われえもなぁ。今までの経験から、安心しろという言葉が不安に変わってしまう。
「あ、やっぱり。声がしたからもしかしてって思ったけど」
「よっ! 妹。今日から世話になるわよ」
「お料理なら任せるのです。こう見えて、結構得意なのですよ。まあ、滅多にやらないのでうまくいくかわかりないのですが」
「おい、今すぐ台所から離れろ!」
「いやん。そんな強引なのです、刃くん」
この野郎。こいつが男だとわかっていても、見た目と声、仕草からロリっ子に見えてしまう。だから、こいつの相手はリフィルと同じで疲れるんだよ。
あのおっさんの趣味は本当にもう。
「くんくん」
「な、なんだ?」
両腕を掴まれたままで、ニィは俺の体の匂いを嗅いでくる。
「憎しみを持った相手に襲われたのですね」
「……ああ、そうだよ」
やっぱり、こいつにはわかってしまうか。
「まあ、刃くんならなんとかしてしまうと信じているのです。あっ、そうなのですあーちゃん」
「あーちゃんって私ですか? あれ? この前は他の愛称だったような」
「どっちがいいですか? 選んでほしいのです」
俺は、どちらかというとあーちゃんのほうが良いと思う。
「ねえ、お腹空いちゃった。ここの棚にあるお菓子食べていい?」
「待て! それは俺が大事に残しておいたやつだ!」
これからは、こいつらがこっちでか……。これからのことを考えただけで、頭が痛くなる。ただでさえ、トラブルに巻き込まれやすいっていうのに。
いや、逆に考えるんだ。
こいつらは色々とあれなところがあるが神様だ。もしもの時は、神々の力って奴でなんとかしてもらおう。うん、そうだな。
そう考えれば、少しは……マシ、になるのか?




