第三話「鳳堂家へ」
「随分と堪能しているようだな」
「はいなのですー」
ニィが来てから早三日が経った。何も行動することもなく、こいつが作り出す特別な空間。所謂聖域にて、こいつは一歩も外に出ることなく、ゲームをやったり漫画を読んだりして過ごしていた。
完全に引き篭もりである。
聖域は、ニィが許可した者じゃないと入れないことになっている。現在、許可されているのは俺と有奈、舞香さんの三人だ。
が、今二人はいない。
それぞれ学校と会社に行っているからだ。俺は、アルバイトがないのでこいつのことをなんとかしようと足を踏み入れたということだ。
聖域と言っても、完全にゲームや漫画、アニメのDVDなどがたくさんあり普通の部屋である。これが神々が造りし聖域なんて言っても誰も信じないだろう。
「それでお前。あの馬鹿を放っておいていいのか? 俺も俺で探しているけど、さすがは逃げ隠れに慣れているだけあって難しいんだ」
「まああの子は、逃げる隠れだけなら誰にも負けませんからね」
まったくこっちを見ようとしない。カチカチとコントローラーを操作しながら、喋っている。喋る時ぐらい画面から目を離せっての。
「お前、あいつの居場所に見当がついているんだろ?」
「はいなのです。なので、焦る必要はないのですよ」
「お前があいつを連れ戻すように言ってきたんじゃないか」
それなのに、ずっと動こうとしない。
娯楽に感けて、まったく動こうとしない。のんびりやだとはわかっていたけどここまでとは。ちなみに、俺が覚えているこいつの姿と違うのは、人間の体を得ているからだそうだ。
こいつは別世界の神。
こっちの世界に来るだけで何かしらの影響が及ぶかもしれないと、人間の体を得たのだ。その分、力は落ちている。
とはいえ、それでも神々。かなりの力はある。それは、最初こっちに来た時に見せてくれた。
次元ホールに、指差しだけの少量の神力で分身を作り出した。
こいつが本気を出せば、この世界なんてあっという間に消滅するかもな。
「それはそうなのですがー」
「……お前、あの馬鹿を連れて帰るなんて口実だったんだろ」
「はいなのですー」
そこは少しでも誤魔化すとかしろよ……。
「本来の目的は、刃くんに会いに行くこと。そして、刃くんの生まれた世界をこの目で確かめることなのです。あ、でもちゃんとあの子は連れて帰るのです。なにせ……わたしと同じ神なのですからね」
・・・★・・・
「華燐。大丈夫か? なんだか顔色悪いけど」
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと最近忙しいというか。色々大変というか」
「学校でも、居眠りをしちゃうほどなんですよ? 一度もそんなことなかったのに。先生もクラスメイトも。もちろんあたし達も心配なんです」
ニィが出てこないので、また地道に探すために街に繰り出した俺。
今日は休日だ。
有奈、リリー、華燐の三人とハンバーガーショップに集まって他愛のない会話に華を咲かせようと思っていたのだが、華燐の顔色が明らかに悪かったので心配になってしまった。
それはどうやら、私生活にも影響が出ているらしい。
「ほ、本当に大丈夫ですから。あっ、ちょっとすみません」
華燐が持っていたスマホが反応していた。それに気づいた華燐は、席から離れていく。
「もしかして、依頼かな?」
「どうだろ? でも、もし依頼だったら心配。今の華燐は相当疲れているから、途中でなにかあったら……」
話が終わったようで、戻ってくる華燐。
「すみません。ちょっと用事が出来てしまって。これからその、家に」
「あ、うん。大丈夫だよ俺は」
「あたしも。でも、大丈夫? きついなら休んだほうがいいんじゃ」
「ううん。平気。それじゃ、また今度!」
明らかに作り笑顔だった。
一礼して店から去って行く華燐の後ろ姿を見送った俺達は、顔を見合わせる。
「ねえ、お兄ちゃん。やっぱり、華燐ちゃんのこと心配。なにかできないかな?」
「そうだな。俺も何かしてやりたいけど。鳳堂の仕事だろうから。部外者である俺がどうにかできるかどうか」
「部外者じゃないですよ! 刃太郎さんはあたし達の大事な……だ、大事な、えっと」
「青春なのですー」
「ひゃう!?」
リリーが口篭っていると突然現れる。周りの人達は、自然とこちらに視線を向けてしまっている。なにせ見た目だけは美少女で、更に白衣とか羽織っているからな。
どう考えても、一度は見てしまうだろう。
「ニィさん。どうしてここに?」
「引き篭もりよ。やっと外に出てきたか」
「まだ三日しか引き篭もっていないのですよ。あっ、ポテト食べていいですか?」
「あ、はい。って、誰ですかこの人」
華燐の食べかけてであるポテトを頬張るニィを見て、声をかけるリリー。
「ただの引き篭もりだ」
「神様なのですよー」
「神様!?」
「引き篭もり神だ」
「それって引き篭もりのプロってことですか?」
「そうだ」
「違うのですよー。もう刃くんは意地悪なのですー」
さて、冗談はこのぐらいにするか。いや冗談じゃないけど。実際こいつは引き篭もろうとすれば、いくらでも引き篭もれるだろう。
まあ、今は人間の体から永遠には無理だろうけど。
「で? マジで何をしにきたんだ?」
「実はですね。コンビニに物資を補充しに行った時になんですけど。魔帝を見かけたんですよー。まあ、見た目も変わって、力もかなり弱まっていましたけど」
「あー、あいつね」
というか物資って。飲み物と食料は十分あったはずだろうに。まさか、三日であれだけの量を全部消費したっていうのか?
少なくとも二週間分はあったと思うんだが。
「ふふ。まさか、勇者というあろうお方が魔帝をそのまま放置にしていたとは。そんな事実はあっちに知れ渡ったらどうなるか」
「とか言いつつお前もどうこうしようとは思っていないんだろ?」
「ふふ。さすが刃くんなのです。まあ、今の彼、いや彼女なら放置していても大丈夫なのです。もし、なにかあっても刃くんが責任を取ってくれるのですよね?」
「はいはい。責任はちゃんと取りますよ」
それを聞いて、ニィは満面な笑みを浮かべ自分で頼んでいたコーラのMサイズを一気に飲み干し立ち上がる。
「では、本題といくのです」
「本題?」
「あのお馬鹿さんのところへ行くのです。さあ、わたしについてくるのですよ。ありっち~」
「ええ!?」
「あ、有奈!?」
「お前! ちょっと待て!!」
突然、有奈の手を引いて店から出て行くニィを追いかけて俺とリリーは後に続く。こっちにきて一週間ちょっとでやっとやる気になったのか。
ニィの後に続くこと数分。
辿り着いたのは、大きな塀に囲まれた家。長い階段の上に、それはある。階段付近にある看板に目をやるとそこには鳳堂家と書かれていた。
「おい、まさか」
「はいなのです。ここにあのお馬鹿さんがいるのですよー」
俺は全てを察した。
どうしてあれだけ華燐の顔色が悪かったのか。どうして、あれだけ華燐が忙しそうにしていたのか。
これは、本気を出すしかないな。
あの馬鹿がこれ以上の好き勝手をしない内に。
「……」
「お兄ちゃん?」
なるほど、やっぱり結界を張っていたか。これで、俺の察知を避けていた。元々攻撃が得意で、それ以外が平凡、いや苦手だった俺にはあいつを気配だけで察知するのは無理な話だった。
経験していたはずなんだがな。
まあけど。
「おー。さすが。この結界を簡単に壊してしまうなんて」
拳に魔力を圧縮させて、叩き込むことで結界は破壊される。
ここに張られていた結界は、人避けにもなっていた。それに、ニィの聖域と同じく許可がある者ならば通れるようにもなっていたはずだ。
一度、この目で見ていたからな。
「ま、こういうことだったら得意だからな。さあ、華燐を助けに行くぞ」
「助けに? もしかして、さっき言っていたお馬鹿さんという人が華燐を?!」
「ああ。おそらく、いや絶対だ。これ以上続けば、確実に鳳堂はやばいことになる。その前に、止める!」
待っていろ、華燐。今、助けに行くぞ。




