第二十話「夏祭り開幕」
「ハッ!」
「なんの!」
俺は、イズミさんと戦っている。なぜ、イズミさんと戦うことになったのか。俺がいつものように、いやいつも以上にコトミちゃんの特訓に力を入れていると、イズミさんが突然手合わせしてくれと言ってきたのだ。
それをコトミちゃんもサシャーナさんも、ノリノリでやれと言うから、逃げ場がなくなり。
しかし、イズミさんがどれぐらい強いか気になってはいた。
本当は、木刀などで戦うつもりだったのだがやりあってすぐ崩壊してしまったので。もうちょっと耐久度が高い実体剣でやることになった。
「お母さんがんばれー!!」
「刃太郎様も頑張ってくださーい!!」
応援の声を受けながら、ガキン! ガキン! と剣のぶつかり合う音が響き合う。剣と剣で打ち合うのはなんだか久しぶりな気がする。
帰還してから、剣で戦ったのなんて天宮遊園地でアイオラスを出した時だけだったよな?
しかも、あれは、剣の打ち合いではなくただ俺が相手を切り裂いていただけ。
今回のは、本物の打ち合い。
しかも、相手は俺が召喚された世界とはまた別の世界。そこの姫騎士が一人。卓哉さんと結婚した今でも鍛錬は続けているとのこと。
こうして打ち合っていると強いと感じる。
十分ほど、ずっと打ち合っていたが俺はイズミさんの小さな隙を見切り、剣を弾き飛ばし終結。
弾き飛ばされた剣はサシャーナさんがキャッチした。
丁度、くるくると回転して見学している二人のところへ飛んだのだ。
「ふっ。強いな、やはり」
「ありがとうございます。でも、イズミさんも相当ですよ。さすがは、姫騎士ですね」
「姫騎士など、卓哉と結婚し、コトミを生んでから名乗ったことなど一度もない。今の、私はただの人。愛する夫と娘を持っている、な」
「ただの人じゃ、ここまで打ち合えませんって」
それもそうか、とイズミさんは苦笑し、俺へと近づいてくる。そして、そのままパン! と背中を叩いた。
「その調子で、娘を頼む。君のような強者が教育係ならば安心だ。君の実力は、卓哉以上だろうからな」
「そんなこと言ったら、卓哉さん落ち込むんじゃないですか?」
「この程度じゃ、卓哉は落ち込みはしない。それに、落ち込んだとしても私が慰めてやれば一発で復活する」
あぁ、そういえばサシャーナさんが言っていたな。イズミさんは、すごく甘やかすタイプだって。落ち込んだ卓哉さんを慰めるイズミさん。
なんだか容易に想像できてしまっている。
最初出会った時は、できなかったのに。
「いやぁ、まさかイズミ様を打ち負かしてしまうとは! イズミ様の手から剣を弾くなんて、卓哉さんでも出来ませんでしたのに」
「卓哉は、色々と甘いからな」
「イズミ様も相当ですけどねー」
「はっはっは。相変わらず言うではないか、サシャーナ」
軽口を許してしまうほどの仲の良さか。異世界にいた頃から、こうだったのだろうか? それとも卓哉さんと出会ってからなのか。
でも、こういう関係っていいよな。
仕える者としては忠義は大事だ。けど、こういう気軽に笑い合える関係はもっと大事だと俺は思っている。
「お母さん! 私も、刃太郎お兄ちゃんと戦いたい!!」
「お? やる気のようだな、コトミ。どうだ? 刃太郎くん。今度は娘と戦ってみないか?」
「そうですね。ちゃんと特訓として、なら」
「ええー! 私、本気で戦ってみたいよ!」
さすがに、本気で戦うのはやめておこう。不満そうにしているコトミちゃんを何とか説得して、今まで通り組み手で終わった。
「ふおおお!!」
「もっとです! もっと気合いを入れるのです!! ふおおおお!!!」
休憩中、サシャーナさんとコトミちゃんの戯れをイズミさんと見守りながら、俺はこんなことを問いかけた。
「あの、イズミさん。なんで急に俺と?」
「君と手合わせしてみたいと思ったのもあるが……なんだか胸騒ぎをしてしまってな」
「胸騒ぎ? それって」
コトミちゃんのことだろうか。
「わからない。だが、つい先日、コトミが暴走した時の夢を見てしまったんだ。それからだ。妙に落ち着かなくて」
「……あの、イズミさん」
「なんだ?」
コトミちゃんの力の根源について話そうと思ったが、彼女の言葉を思い出し言葉が詰まる。別に話してもいいはずだ。
だって、イズミさんはコトミちゃんの母親なのだから。
だけど……。
「いえ、なんでもありません」
「そうか。……君は、結構抱え込むタイプのようだな。そして、自分よりも他人を最優先にして考えるだろ?」
「どうでしょうか。まあ、人助けは嫌いじゃないですけど」
もしかして、イズミさんは何かを見抜いている? もしかすると、俺が隠していることもわかっていたりして……。
・・・★・・・
あっという間に、時は過ぎ夏祭り当日になった。
人々は、これから始まる花火やイベントを楽しみに待っている。多くの屋台を巡り、とても賑わっていた。
「ども! 私が一番乗りですね!!」
皆のことを待っていると、サシャーナさんがいつもと変わらない服装で到着した。
「今日ぐらい、他の服を着てもいいんじゃないですか?」
「いえいえ。私にとってこれが正装! どこへでも着ていけるものなので!」
「でも、この中だと一段と目立ちますよその服」
「目立つのには慣れています!!」
そっかー、慣れているのなら大丈夫そうだな。
「刃太郎様こそ、普通の私服ですけど。着飾らなくてよろしいのですか? こちらで、色々と用意致しましたのに」
「俺、そういうの苦手で。やっぱり慣れた服のほうがいいっていうか」
「そうですかー。じゃあ、私と一緒ですねー」
「そうですね」
人のことを言えないなと、苦笑して俺はしばらく夏祭りを楽しんでいる人達を見詰めた後、コトミちゃんが来る前にサシャーナさんへと静かに問いかけた。
「なあ、サシャーナさん」
「なんです?」
「コトミちゃんの……暴走についてなんですけど。サシャーナさんは、見ているんですよね」
まだ一日猶予がある。
だけど、明日には力の根源が表に出てくる。今までの暴走とは全然違うだろうが、聞いておかなければならない。
映像などでは見ていたのだが、やっぱり実際に体験した人からのリアルな話を聞けば、対策も色々と練れるはずだ。
「あぁ、そのことですか。……そうですね。あれは、コトミ様が小学校に入学したばかりの頃でした。当時からとてもお強かったコトミ様は、私の部下達と組み手のようなものをしていました。最初は、ただただじゃれている、という感じだったのですが」
いつも明るい表情のサシャーナさんだったが、その時はとても辛そうで、とても怖がっているかのような表情を見せた。
よく見ると、肩が小刻みに震えていた。
「その力は、私達を破壊せんと大暴れしました。あの時のコトミ様は、獣。理性がなくなり、ただひとつのことを実行する獣でした。イズミ様がお止めにならなれなければ今頃私や部下達は、この世には……」
ちょっと軽率すぎたかな。
あんなに明るいサシャーナさんに嫌なことを思い出させてしまった。俺は、震えるサシャーナさんを見てそっと手を握り締める。
「刃太郎様?」
「すみません。嫌なことを思い出させてしまって」
「ふふっ。そのお詫びとして、手を握ってくれたんですか? なかなかやりますね。普通の女の子なら、惚れちゃうかもしれないですよ?」
「さすがに手を握っただけじゃ、無理ですよ。恋愛に関してうとい俺でもわかります、それぐらい」
どうやら震えが止まったようなので、俺は手を離そうとする。が、サシャーナさんのほうからまた握り返してきたのだ。
「もう少しお願いします。お詫びとして」
「了解です。でも、有奈達が戻ってくるまでですよ。さすがに、恥ずかしいので」
「私は別に恥ずかしくないですよー」
「俺が恥ずかしいんです」
それから、数分後有奈達は、天宮家から用意された浴衣を着用して仲良く到着した。そして、到着するなり華燐が首を傾げた。
「なんで取っ組み合っているんですか?」
「刃太郎様が、おんぶをしてくれないのです!!」
「だから! お詫びはもうしたじゃないですか!!」
「あの程度では、満足しません! さあ! レッツドッキング!!」
あの後、サシャーナさんはテンションが戻り風呂場で俺を押し倒した時の勢いで、おんぶをしろと飛び掛ってきたのだ。
それを阻止しようと、取っ組み合っていたところに有奈達が到着。
「お詫びって……お兄ちゃん、私達の居ない間に何かしたの?」
いかん、すごく疑いな視線が俺に突き刺さっている! 優夏ちゃんは、明らかにコトミちゃんを俺に近づけさせないとばかりに盾になっている。
「何もしてない! ただちょっと話していただけなんだ!」
「そんな! さっきのことは遊びだったんですか!?」
「サシャーナさんも悪乗りしないでください!!」
夏祭り開幕からドッと疲れてしまった。




