第十九話「夏祭りに向けて」
瀬川家に滞在して四日の昼。
俺達は、最後ということで全員で二人の手伝いをすることにした。俺と舞香さんは、厨房で亮治じいちゃんと礼子ばあちゃんのサポート。
その他は、注文と配膳をしている。
今回が最後ということで、いつもなら店の中だけなのだが。あの日以来、ファンがついてしまったようでまた店に入りきらないほどの客が足を運んでいた。
なので、店の外にもテーブルと椅子を用意している。
子供からお年寄りまで、皆楽しそうに、おいしそうに料理を食べていた。
「焼肉定食二つのお客様、お待ちいたしました」
「うひゃあ! きたきた!」
「いやぁ、にしても有奈ちゃん美人になったなぁ。もう高校二年生だっけ?」
「は、はい。そうです」
むむ? あれは確か常連の大工。
昔から、ここでよく食事をしているのは、知っている。エプロン姿の有奈にナンパをしているのか? 俺が覚えている限りでは、鉢巻をしているおっさんは既婚者だったはずだから大丈夫か?
でも、もう一人のほう。
知らない顔だな。
見た目的に、二十代前半で入ったばかりか。でもまあ、料理に夢中だから問題はなさそうか。
「黒髪の頃もよかったけど。茶髪のほうも似合ってるね。な? お前もそう思うだろ!」
「え? あ、はい。めっちゃ似合ってる思うっす!!」
焼肉定食に夢中だった新顔は、真っ直ぐ有奈のことを見詰めてはっきりと言い切る。
当たり前だ。
有奈は、髪の毛の色が変わろうと可愛いに決まっている。
「あ、ありがとうございます」
素直に褒められて照れている有奈は、お盆で口元を隠しつつ次の料理を取りに戻ってくる。
「お水でーす!」
「おやまあ、ありがとうね」
「まだ小さいのにお手伝いなんて、偉いじゃないか。なあ、ばあさん」
「ええ。そうですね、おじいさん」
「でも、運ぶことしかできないんだー私」
お年寄り達に大人気のコトミちゃん。いや、ある一部には危険な視線を送っている奴らもいるが俺が目を光らせているから大丈夫だろう。
「それでもお手伝いしていることは、偉いことだ。なあ、ばあさん」
「そうですね、おじいさん」
「そう? だったら、もっと頑張らないと! いくぞー!!」
コトミちゃんの笑顔と元気な姿は、自然と見ている者達まで笑顔にしてしまう。それほどの力があるのだと確信している。
さて、ここまで平和な感じだったが。
問題は外だ。
外は、主にサシャーナさんが担当しているのだが。
「うおおおおん!! サシャーナちゃん!! もうお別れしてしまうのですかあああっ!!」
「俺達は……俺達は、悲しい!! マジで悲しい!!」
「サシャーナちゃんのウサ耳と太陽のような笑顔が見れないなんて、絶望だああ!!!」
特にファンを獲得したのは、サシャーナさんだった。
なんというか、どこかのアイドルみたいに親衛隊のようなものがいつの間にか出来上がっているというね。
それもそのはずか。
あの見た目で、さらにサービス精神が半端なかったもんな。料理を食べにきたのではなく、サシャーナさんに会いに来るというなんとも迷惑な客達だったが。
サシャーナさんのスペシャルな対応で、ちゃんと料理を食べてくれた。
「悲しむことはありません! 皆さん!!」
ずびし! と天へと人差し指を突きたてサシャーナさんは悲しむ親衛隊に叫ぶ。
「私は、今日で帰りますが。皆さんの心に、私という存在は生き続けます!」
「さ、サシャーナちゃん……!」
「なんて神々しい!!」
俺にはまったく見えないが、彼等には後光が見えている模様。
「さあ、涙を拭いてください。今日は、あの太陽に負けない満面な笑顔で最後を飾りましょう!!」
「よっしゃあああ!」
「元気出てきたぜええ!!」
「サシャーナちゃん、ヤッフー!!!」
「その調子です! さあ、その勢いで注文をするのです!!」
失礼かもしれないが、サシャーナさんは年齢的に言えば彼ら、というよりも俺すらも越えるんだけど。
だから、ちゃんづけになんだか違和感があったり、なかったり。
見た目的には、ちゃんづけでもおかしくはないんだけど。
「こら。手が止まってるわよ」
「ご、ごめん。舞香さん」
ははっと苦笑していると、脳天に軽いチョップを喰らう。注文はまだまだある。手を止めている暇なんてないんだ。
「有奈様。次のお料理ができあがりました。五番テーブルにお持ちして頂けますでしょうか?」
「あ、はい!」
「……あぁ、そういえばいたな」
俺と、舞香さんが厨房に入ろうともやはりそう簡単には捌ききれない。なので、急遽助っ人を投入。
外に、どこから持ってきたのかわからない簡易なキッチンで手早く料理を作っていくコトミちゃんの執事駿さん。
黒い燕尾服でびしっと決めているが、暑くないのだろうか?
「きゃあ! 本当に執事よ! 生で見れるなんて!」
「しかもすごいイケメン!! あの、写メ撮ってもいいですか?!」
「すみません! 私にもお料理作ってください!!」
地元の女子達だろうか。どこから聞き付けたのか、駿さんに黄色い声を浴びせている。駿さんは、ずっと俺達のことを遠くから見守っていたのだ。
何かあった場合の時に備えて。
「申し訳ございません。先にご注文されているお客様の料理を作らなければならないので。少々お待ち頂けますでしょうか? お嬢様」
「きゃああ! お嬢様だって!!」
「私にも言ってくださーい!!」
いつもは、平穏で静かな定食屋だが。
今日は、一年で一番騒がしい日になっただろう。
・・・★・・・
「ってことがあったんだ。いつも以上にすごく楽しかったよ」
「よかったね、有奈。いい思い出が作れて」
「うんうん、よかった。それはすごくよかった。でも! まだ夏休みは終わっていなーい!! のだ!!」
帰宅後の次の日。
あっちであった出来事を、リリーや華燐に楽しそうに話していた有奈。まるで、その姿はあの無邪気だった頃の有奈のように見えた。
コトミちゃんの自室に、俺、有奈、リリー、華燐、優夏ちゃん、そらちゃん、駿さんがいる。
有奈が一通り、思い出を話したところでリリーが勢いよく立ち上がった。
それに、びっくりしたそらちゃんはジュースを飲んでいた途中だったので、若干むせてしまう。
「けほっ! けほっ!」
「こらこら、高校生。小学生をびっくりさせないの」
むせているそらちゃんの背中を優しく擦りながら、リリーのことを叱る華燐。視線が集中する中、リリーは静かに座り込み、そらちゃんに一言謝ってから話を続けた。
「皆も知っていると思うけど。明後日には、夏祭りがあるんだよ! 今回は天宮家が主催だから、もう! すごいことになるに違いない!!」
「そうなのか? コトミちゃん」
「うん! お父さんもお母さんも、サシャーナもすっごく話し合ってたの私見た!」
そういえば、サシャーナさんは大事な用事があると言ってどこかに行ってしまったんだよな。明後日ってことは、その打ち合わせってことになるのか。
「そんな大事な時に、ついてきてくれたのか……」
なんだかんだで、サシャーナさんってすごい人だよな。いつも笑顔を絶やさず、結構働いていて、表には疲労の色を見せない。
今も、俺のサポートをしながら夏祭りに向けて頑張っている。
「サシャーナさんは、働き者ですからね。それに、普通の人間とは違い、底知れない体力をお持ちなんだそうです。サシャーナさんは、言っていました。自分が働くことで、皆が幸せになる。笑顔になるのなら、やってやりますと」
駿さんの言葉に、俺は昨日のことを思い出した。
笑顔か……あれも、サシャーナさんが望んでいたこと。
笑顔のために、働く。
それが源になっているのだろう。
「さ、さすが天宮の秘書さんだね。あたしだったら、絶対疲労で倒れちゃうかも……」
「本当にすごい人だったのね。いつも、遊んでいるところしか見ていなかったから。ね? そら」
「う、うん。いつも、私達に優しくしてくれるお姉さん、て感じだったよね」
皆からも、そんなに働き者だとは思われていなかったようだ。でも、改めてそう言われると、やっぱり卓哉さんの秘書さん。
すごい人なんだなと、尊敬してしまう。
「それにしても、夏祭りかぁ。いつもは、コトミとそら、あたしの三人だったけど。今年は、このメンバーで行くの?」
「そのほうがいいよ! だって、人数が多いほうが楽しいし!!」
夏祭りは、異世界に行く前だとやっぱり有奈と舞香さんの三人で回っていたなぁ。途中で、クラスメイト達にあって、このシスコンが! とかよく言われていたっけ。
だけど、今年は違う。
チラッと有奈の様子を窺うと、とても楽しそうにどんな催しがあるんだろうね? と話し合っていた。
「それじゃ、明後日の夏祭りに向けて、話し合いを続けるぞー!」
『おお!!』
明後日ということは、まだ満月まで一日猶予がある。
でも、あの時のコトミちゃんが脳裏から離れない。
「どうしたの? 刃太郎お兄ちゃん?」
っと、俺のことを見上げるコトミちゃんが視界に映る。きょとんっと首を傾げているコトミちゃんを見て、俺は小さく笑い頭を撫でた。
「こら! 気安くコトミの頭を撫でるな!! このロリコン!!」
「ゆ、優夏ちゃんっ。それは失礼だよっ」
「刃太郎さんは、やっぱり小さい女の子のほうがいいんですか?!」
「なにを言ってるんだ!? リリー!?」
さてさて。第三章も終盤に差し掛かりました!
……というか、後一日の猶予があるでいいんですよね? あれ? 数え間違えてないですよね!?
やべぇ、自分で書いておいて、わからなくなってきた。
これも、夏のせいなのか……!




