第十二話「次のステップへ」
「うん、実に順調のようだね。コトミも毎日のように刃太郎くんのことを楽しそうに話してくれているよ」
「そうなんですか? ふふ、うまくやれているようで安心しました」
「それはうん、いいんですが。なんで卓哉さん家に?」
朝起きて、いつものように舞香さんに挨拶をし朝食を食べようと思ったのだが。
なぜか家のリビングで優雅にコーヒーを飲んでいた卓哉さん。
いつものようにばっちりとしたスーツ姿で舞香さんと楽しそうに喋っていたのだ。
「僕自ら保護者にご挨拶をしないとと思ってね。出勤前に、立ち寄られて貰ったんだよ」
「まさか、社長さんが尋ねてくるなんて思っても居なかったから。こんな安物のコーヒーしか出せずすみません」
「いやいや。十分おいしいですよ。家のメイドが入れるコーヒーに負けないぐらい」
「あら、お世辞でも嬉しいです」
さすがは、社長。
笑顔を絶やさず、インスタントのコーヒーなのに優雅に嗜んでいる。舞香さんも、その卓哉さんの人当たりの良さにこれまた笑顔。
俺は、朝食である食パンをトースターから取り出しバターを丁寧に塗っていく。更に、そこへ焼いた目玉焼きを乗っけてがぶりと齧る。
「うんいいね。朝のトーストの匂いと音。僕は、ご飯もトーストも大好きだ。だけど、最近は忙しいからね。大体トーストで済ませてしまっているんだ」
「社長業というのはやっぱりお忙しいものなんですか?」
「もちろん。だけど、これが人の上に立つ者としての使命。父に負けないぐらい世の中に貢献できる人間として、僕は働いているんです。それに、妻と娘の笑顔があれば疲れなんてどうってことないですから」
はっはっはとさわやかな笑顔で、懐からこの間の天宮総合プールの写真を取り出す。あの後、卓哉さんがいなくなってから駿さんが代わりに映像と写真を撮っていたいらしい。
なんて抜かりのない。
中には、俺達のも混ざっていたんだ。どうやら俺達が競技中の間は、サシャーナさんの部下達が撮っていたとか。
帰る時に思い出としていくつか貰ったんだ。
「まあ、可愛いですねコトミちゃん」
「この笑顔……刃太郎くんや他の友達のおかげなんですよ。最近は、ちょっとした事情で笑顔がぎこちなかったですからね」
「そうだったんですか」
ちょっとした事情とは、力が増大しすぎたことだろう。ちょっとしたことではないが、確かに今考えれば最初に会った時のコトミちゃんは、どことなく退屈そうというか気が抜けていたというか。
俺のことを教育係と認めてから、少しは元気になった。
そして、徐々に力の制御ができるようになっていくと更に増していった。
もう暴走しない。
これからは、もっと自然体でいける。
そう思ったんだろうな、コトミちゃんは。
「おっと。もうこんな時間か。すみません、突然お邪魔してしまって」
腕時計を見て卓哉さんはソファーから腰を下ろす。
そして、舞香さんに一礼した。
「いえいえ。こちらにお邪魔すると連絡が来た時は驚きましたが、私の知らないお話を聞けて楽しかったですよ」
「ありがとうございます。刃太郎くん。これからも、娘のことをお願いしたい。この世界で、楽しく笑顔で暮らせるように」
「はい。俺の出来る限りで、コトミちゃんの笑顔を守ってみせます」
「その言葉を聞けて安心したよ。僕はもう出社する。後で、サシャーナが迎えに来るはずだ。それじゃ!!」
卓哉さんが去った後、俺は自分の皿と卓哉さんの使っていたカップを運んでいく。
俺がコトミちゃんの教育係になってから、一週間ちょっとが経っている。
コトミちゃんとの仲も順調だ。
「今日もコトミちゃんのところに行くの?」
「うん」
それにしても、こっちの世界に来てまさか魔力の制御のやり方を教えることになるとは思っていなかった。こっちでは、もうちょっと平和的に暮らしいこうって思っていたんだけど。
俺がいない間に。
いや、俺が生まれる前からもしかしたらこの世界はすでに変わっていたのかも。
卓哉さんのような人たちがまだいるかもしれない。
「なんだか山下書店で働いていた時よりも大変じゃない? ほとんど毎日だもの」
「まあ、こっちは働いているというよりも遊んでいるっていう感じだし。なんだか、仕事をしているって気がしないんだよな」
使った食器を洗いながらははっと苦笑いをする。
山下書店で働いていた時は、平和だったけどちゃんと働いているって感じしたもんな。
「でも、いやじゃないんでしょ?」
「まあね。それに、世界のためって言われちゃ元勇者としてはやらないと。ところで、舞香さん。時間、大丈夫?」
食器を洗ったところで、俺は時計を指差す。
舞香さんはハッと気づき、慌てて立ち上がり玄関へと駆けていく。
「そ、それじゃ今日も頑張ってね!」
「舞香さんも、気をつけていってらっしゃい」
さて、お寝坊さんな妹を起こしに行きますか。
・・・★・・・
「ふわぁ、ねむぅ」
「私も……やっぱり長期休みになるとつい遊んじゃうよねぇ」
「こらこら、二人ともだらしないぞ」
まったくもってそうだ。
長期休みはついつい遅くまで遊んでしまう。特に部活動に入っていなければ尚更だ。とはいえ、毎日遊んでいると疲労が溜まってしまう。
遊ぶのが楽しくても、ちゃんと休むことも大事だ。
そのための長期休みなのだから。
「だってさー」
「ねー。というより、刃太郎さんが凄すぎるんですよ。あれだけ動いているのに、全然疲れていないって」
「俺は、あっちで鍛えたから。それよりもほら、御呼ばれしているんだからしゃきっとしないと」
そう、今日は有奈やリリーの二人が天宮家に御呼ばれしている。本当は、華燐も呼ばれていたのだが、どうやら用事があるとかで来れないらしい。
どうやらもっと仲良くなりたいとか。
そして、高校生とはどんな感じなのかを聞きたいと。
俺達は今コトミちゃんの部屋に移動している。
「それにしても広いね。華燐の家よりも大きいかも」
「言えてる。それに、天宮家はここ以外にもいくつか別荘があるって」
「むむ。いかにもお金持ちって感じだね、別荘! あたしもそういうの持ってみたいなぁ」
そんな話をしていると、コトミちゃんが自分から出迎えてくれる。
部屋の前で手を振っていたので俺も振り返した。
当然、駿さんも一緒だ。
「お待ちしておりました。刃太郎様、有奈様、リリー様」
「ねーねー、華燐お姉ちゃんはなんで来れないの?」
「うーん。詳しい事情は聞いてないけど。来れないだけの用事ってことなんだよ」
おそらくだが、鳳堂家に来た依頼をしているんだろう。夏になると霊が活発化するって行っていたし。この時期は、いつも以上に依頼が殺到するようだ。
「ごめんね、コトミちゃん。華燐にも色々とあるんだよ」
「代わりに、私達が遊んであげるから」
「うん! わかった! でも私これから刃太郎お兄ちゃんと修行しなくちゃなの!」
毎日欠かさず魔力の制御をする。
これが、夏休み中の宿題みたいなものだ。
この一週間ちょっと。
ずっと魔力の制御をしてきたが、ようやくコトミちゃんは五十まで魔力を制御することができたのだ。それが嬉しくて、コトミちゃんは前よりもやる気に満ちている。
すでに次のステップに上がっているが、どうしたものか。
「では、ご見学など如何でしょうか? 危険がないようにこちらで結界をお張り致しますので!!」
「あ、サシャーナ! やっほー!」
「どもども! それで、どうです? ご見学なされますか?」
突然現れたサシャーナさんに二人は驚きながらも、互いに顔を見合わせてうんっと首を縦に振る。
「はい、見学します!」
「コトミちゃんの頑張っている姿見てみたいから」
「というわけです。如何ですか? 刃太郎様!」
「如何って」
本来なら、危険があるから有奈達には他の場所で待機してほしいんだけど。視線が。コトミちゃんや有奈、リリーの視線がすごく突き刺さってくる。
「……はあ。しょうがないですね。特別ですよ」
「はい、刃太郎様の許可を頂きました!」
「その代わり、ちゃんと二人を守っててくださいよ?」
「かしかまり!!」
本当に大丈夫なんだろうか。いつものように軽い返事をするサシャーナさんに、不安を持ちながらも俺達はいつもの部屋へと向かった。




