第三話「四年間分の想い」
「刃太郎!?」
瀬川舞香の声を背に、威田有奈は自室へと入っていく。
そして、すぐに扉へ背を預ける形で座り込んだ。
「……」
しばらくの静寂の後、有奈は身を抱きふるふると震えだす。
「帰ってきてくれた……」
今まで堪えてきた感情が爆発しそうになっている。だが、この感情を抑えなくてはならない。抑えなければ、もう止め処なく溢れ出るから。
四年間。
そう、四年間も待った。
最初は、自分達を驚かせようとしているんだと考えた。だって、あの刃太郎が自分達の元から何も言わず姿を消すなんてありえなかったからだ。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
抑えよう。
抑えるんだ。
今の自分は、悪い子。
悪い子なんだ。
先ほどの刃太郎の言葉から、もう察しはついている。刃太郎は、あの時の約束を覚えてくれていた。でも。
「四年も……待たせ過ぎだよ、お兄ちゃん。絶対そう簡単に更生なんてしないんだから……」
四年間も有奈は、悪い子で居続けた。
とは言っても、有奈はそこまで悪い子にはなりきれなかった。元々、優等生であり良い子だった有奈は、必死で考えたが……悪い子とは、髪の毛を染めたり、学校の帰りに買い食いをしたり、同じ悪い子と遊んだり、夜遅く帰ったりと、その程度しか思いつかなかったのだ。
ちなみに、今でも有奈は無欠席無遅刻で、成績も常に平均点より上をキープしている。
髪の毛を染めたのも、兄を亡くした喪失感からでは? と学校の先生は優しく許してくれていた。 元々優等生で通っていた有奈は、学校側からとても信用されていたのだ。
更に言えば、髪の毛を染めたのは中学二年生が終わる頃。
それまでは、少し戸惑っていた。
刃太郎が褒めてくれて、母親が残してくれた綺麗な黒髪を汚すことに。だが、それほどの決意がなければ悪い子にはなれない。
刃太郎は……帰ってこない、と。
「お兄ちゃんに意地悪しちゃうんだから……四年分の」
そうと決まれば、先ほど宣言したことを実行に移さなければならない。
感情をなんとか抑え、有奈は立ち上がる。
今まではずっと一緒のベッドで眠っていたが、今日から刃太郎は床で眠ることになる。部屋はそこまで広くない。
これを半分にするには……。
「えっと……まずは、仕切りだよね。あんまり狭いとお兄ちゃん可哀想……ううん、だめ。悪い子になりきらなくちゃ。私の服が入っているタンスをベッド側に寄せるとして……」
それからは、制服のまま少しの模様替えを始めた。
仕切りとなるものは、後で買うことにして今は簡易的なもので仕切ることにしよう。
こうして、模様替えを終え私服に着替えた有奈は全身が写る鏡の前でふうっと息を整える。
「よし。いこう。私は悪い子。悪い子なんだ……」
自分にそう言い聞かせ、決意を新たに有奈は部屋から出て行く。
・・★・・
「……」
「……」
静かだ。
なんて静かな空間だ。
夕食の準備が出来て、三人仲良く久しぶりの食事! という雰囲気ではない。いつもなら、有奈は俺の隣で食べているのに、今は舞香さんの隣で黙々と食べているではないか。
今晩は、俺が大好きなから揚げである。
他にも、シーザーサラダと大根と豆腐の味噌汁。
「い、いやぁ。舞香さんの料理。久しぶりだけど、やっぱりおいしいなぁ」
「ふふ。ありがとう。でも、異世界の料理のほうがおいしかったんじゃないの?」
「異世界……」
舞香さんの言葉に、今まで黙っていた有奈が反応した。
そうだ。
まだ有奈には、俺が異世界に行っていたことを話していない。だからこそ、どうして俺がいなくなったのかも事情を知らないんだ。
……とはいえ、有奈が不良になったということは俺が異世界に召喚されたと予想してのことなのだろうけど。
「そう! 有奈。実は、俺異世界に勇者として召喚されていたんだよ」
「ふーん」
有奈は興味なさげに、味噌汁を啜る。
だが、反応しているということは聞いてはくれているようだ。だったら、このまま話題を膨らませて有奈が興味を示すまで、続ける。
「最初は、大変だったなー。だっていきなり学校の帰りに召喚されたんぜ? そんで、目の前には白い髭を生やした王様と俺を召喚した召喚師達がたくさん! そこで、困惑していた俺に王様は告げたんだ。お前は世界を脅かす魔帝を倒すため召喚された選ばれし勇者なのだ! ってな」
「選ばれしっていう響き。なんだか、ぐっとくるものがあるわね」
舞香さんが相づちをする。
興味があるのはもちろんのこと。有奈が興味を示すように協力してくれているようだ。舞香さんも、有奈が元に戻るため協力を惜しまないと言ってくれた。
ありがとう、舞香さん。
「そうだなぁ。最初は驚いたけど、ずっと憧れていた異世界召喚だったし。困っている人達を放っては置けなかったからな! 俺は、神聖剣と呼ばれるものを手に魔帝の軍団を次々に倒して……!」
「……」
「あ、有奈!?」
一番早く食べ終えた有奈はご馳走様とも言わずに話の途中でその場から立ち上がる。
「そういうの興味ないから。あ、今からお風呂入るけど……覗かないでよ?」
キッと睨む有奈の目と言葉に俺はお、おうとしか頷けなかった。
そして自室から着替えを持って風呂場へと向かった有奈。
再び舞香さんと二人きりになって俺は……ふっと小さく笑ってしまった。その笑いの意味は、自分が情けないからだ。
妹を更生するだなんて約束したのに、ただ妹の一言だけで臆してしまうなんて。もっと強引にいったほうがいいか? だが、強引にいって嫌われたりはしないだろうか?
「くっ! 世界を救った男なのに妹一人でこの体たらく! 情けないぜ……!!」
「だ、大丈夫よ刃太郎! 有奈も有奈で悪い子を演じているだけだと思うから!」
「ほ、本当かな?」
「そうよ! ほ、ほら。一番大きいから揚げよ。はい、あーんして」
舞香さん。
落ち込む俺を励ましてくれる舞香さんに感謝を込めて、俺は素直にから揚げを食べた。めっちゃジューシーで噛みごたえがある。
ごはんが進む! そうだまだまだ。有奈が本気なら、俺だって負けない。
「ねえ、刃太郎」
「なに?」
「これからのことなんだけど。あなたはどうするつもり?」
これからのこと。
そうだ。
俺はまだ年齢的には学生だ。しかし、四年も経っているということは、俺の居場所なんてもうないんじゃないか? そもそも、こっちでは四年も経っているのに俺がまだ十七歳って言っても信じてくれるとは思えない。
舞香さんは結構簡単に信じてくれたけど、こっちはすごく現実的な世界だからな。頭の固い人達は、絶対信じてくれない……とは限らない。
ちゃんと舞香さんにやったように魔法を目の前で見せたりしたらなんとかなるか?
「えっと、俺がバイトをしていた本屋は?」
「まだあるわ。だけど、もうあなたは一度解雇されてるの」
「だよな……」
当たり前だ。
四年間もずっとそのままにはしてはおけないだろうし。
「でも、あの子ならもう一度雇ってはくれると思うわ。この間、、バイトさんが辞めて人が少なくなっちゃったーって、嘆いていたもの」
「……なるほど」
正直に言えば、有奈と一緒に学校に通いたい。しかし、可能性としては、やはり働くほうが可能性としてはあるかもしれない。
「で、でも、大丈夫か?」
「大丈夫よ! あの子も、私と同じでファンタジー系とか大好きだから! 明日、一緒に行ってみましょう、刃太郎。絶対、異世界のことを話せば盛り上がるわよ!」
まあ確かに、あの人ならありえるな。
……高卒、というか高校中退で働くか……他のところならちょっと難しそうだけどあの本屋なら。稼ぎはひとつでも多いほうがいいだろうし。
うん、学生生活を再び過ごしてはみたかったけど、さすがに仕方ないよな。
実際、学校を四年間も行方知らずのままだとどうなるんでしょうか?
色々調べましたが、まだ詳しく理解できておらずなので。
除籍……という処分になるんでしょうか? さすがに、四年間も学校を空けていれば……うーん。この作品では、もう主人公の居場所はない、みたいな感じで進めていますが、どうなのでしょう?