第四話「悪い子記録」
「えへへ。楽しかったね、刃太郎お兄ちゃん」
「ああ。楽しかったけど……疲れるなぁ、この仕事」
アルバイト初日を無事に終えた。
さすがに初日で、完全に制御することはできなかったが。コトミちゃんの才能は、本当にすごい。増大する力を制御できるようになってきている。
とはいえ、まだコトミちゃんの全てを知ったわけじゃない。
これからってところだ。
「すっかり懐かれてしまいましたね、刃太郎様」
「懐かれないよりはマシですよ。それに、不仲だったら教育係が務まりませんから」
現在、俺はマンションへと向かっている。電話では説明したが、改めて俺がこれからやることについて説明しなければならない。
それに、俺は山下書店でもアルバイトがある。
ずっとというわけにもいかないからな。その辺りも、章悟さんや絵里さんと話し合わなくちゃならないが……そこは、卓哉さんがどうにかしてくれるようだ。
なので、俺は保護者である舞香さんってこと。
「ねえ! ねえ!! 今度はいつ遊んでくれるの?」
「そうだなぁ、それは卓哉さんから連絡があるって話だよ」
コトミちゃんは、俺がおんぶをしている状態にある。
外に出る際や、学校に通うときは耳も尻尾も隠している。地球で活動するならば、まずは隠す能力を身につけるべし! とイズミさんに教えられたらしい。
その隣を、天宮家代表としてコトミちゃんの執事である絢波駿さんが歩いている。
いかにも完璧な執事! という風貌で燕尾服がよく似合っている。
整った顔立ちに、黒い髪の毛で右目が隠れている。
「そういえば、駿さん。サシャーナさんはどうしたんですか? いきなりいなくなりましたけど」
「あぁ、サシャーナさんですか。彼女は、イズミ様のご依頼で今夜の晩御飯のお手伝いをしている頃でしょう。ああ見えて、サシャーナさんは味見だけはすごいですからね」
あはは、味見かお手伝いって。てっきり、ああ見えて料理の腕が凄まじいのかと思った。
「サシャーナはだめでも、駿はすごく料理がうまいんだよ?」
「いえ。私など少しできるだけです。実は、私。こう見えて昔は相当荒れていまして。警察のお世話になることもしばしば。料理や掃除とはほど遠い生き方をしていたんです」
「え!? そ、そうだったんですか」
まったく想像できない。
こう見えてっていうのは、言えている。
「ですが、そんな私をイズミ様が導いてくれたのです。この右目も、荒れていた時の証のようなもの。あの時のイズミ様のお言葉は今でも心に染みています」
「なんて言ったんですか?」
「こんなところで燻っているぐらいなら、私の下で働け。拒否権はないと」
うわぁ、確かに言いそうだな。でも、それが駿さんを正しい道へと導いた。そういう人が、いるだけで人っていうのは変われるものなんだな。
「だからこそ、私はコトミ様を全力でお守りすると誓いました。とはいえ、コトミ様は私がいなくともご自分でなんとかできてしまうのですが」
「あはは。それは確かに」
下手をすれば、兵器でも簡単に潰してしまうかもしれないからなぁ。普通の人では、護るよりも護られるほうになるだろう。
そんな子の教育係をすることになった俺。
これからどうなっていくのか。
「あ! あそこが刃太郎お兄ちゃんの家だよね!」
「ああそうだ。たぶん、時間帯的に舞香さんはまだ帰って来てはいないと思うから少し待つことになるかな」
「では、お時間まで待たせていただきましょう」
俺は、開錠し二人と一緒に中に入っていく。そして、舞香さんが帰ってくるまでリビングでテレビでも見ながら待っていよう決めた。
しかし、突然コトミちゃんが離れどこかへ行ってしまった。
おそらくトイレだろうと俺は思ったのだが。
「刃太郎お兄ちゃん! これ! これ!!」
帰ってきたコトミちゃんは、一冊のノートを手に俺の隣にどかっと座りおもむろに開く。
どうやら日記のようだ。
俺は日記を書くことはないので、俺のではない。
ということは。
「今日はバーガーショップで食べたトレイなどをそのままにした。そして帰るつもりだったけどやっぱり迷惑だと思ったのでちゃんと捨てることにした。今日も失敗……」
「なんでしょうか? これは」
「えっと」
俺は、ノートの表紙を覗く。そこに書かれていたタイトルは今日の悪い子記録だった。その瞬間、俺はあぁこれは有奈のだなっと。
いや、なんとなく察していた。
この微妙なまでの悪い事と反省で。
可愛い絵まで描いている。
「コトミちゃん。これを元の場所に戻してくるんだ」
っと、言おうと思ったが気になってしまっている自分がいる。だめだ、他人の日記を見るだなんて。しかも妹のだぞ? だめだ、見てしまっては。
だけど、気になってしょうがない。
「今日は、もうちょっと悪い子になりきるために耳にピアスをつけようと試みた。だけど、やっぱり痛そうだし。お兄ちゃんが帰ってきたからそこまでしなくてもいいかな……」
「ねえ、刃太郎お兄ちゃん。これを書いている有奈って刃太郎お兄ちゃんの妹?」
「ああ、そうだ。ご覧の通り、可愛い奴だろ?」
「これ、悪い子記録って書いてあるけど。有奈お姉ちゃんって全然悪い子になりきれてないよね?」
おっと、小学生にもわかってしまうのか。あれは、誰から見ても悪い子にはなりきれていない。本人も自覚しているようだけどね。
さて、そろそろ日記を戻さなければ。
そう思っていた刹那。
「お、お兄ちゃん……」
「あっ」
有奈が帰って来てしまった。そして、有奈の日記を見ているところを見られてしまった。その事実を見た有奈はぷるぷると震え、終いには。
「あっ! 悪い子になりきれていないお姉ちゃんだ!」
「はうっ!?」
純粋なまでの精神攻撃を受けた。
「あ、有奈! すまない! 日記を勝手に見たことは謝る!」
「お兄ちゃんの」
ふらっと立ち上がり。
「馬鹿ああああっ!!!」
「おぶっ!?」
鞄を俺の顔面に投げ捨て飛び出して行ってしまった。俺は、やってしまったとそのまま倒れこむ。
「おっと。大丈夫ですか? 刃太郎様」
駿さんがキャッチしてくれた。
しかしながら、俺は放心してしまった。出来心だったとはいえ、これはやばいことをしてしまった。
どうする。絶対、有奈に嫌われてしまった。これは、更生させるどころか不良の道へと突き進んでしまう? それはだめだ。
なんとしても俺は……。
その後、なんとか意識を取り戻した俺のところへリリーから電話がかかってきた。
『あの、なんだか突然有奈が家に泊まるって泣きながら言い出したんですけど。なにかあったんですか? あ、このことは有奈には話していませんから』
有奈はどうやらリリーの家に行っているようだ。今からでも、直接謝りに行きたい。でも、今の状態で言っても逆効果か?
「そうだったのか。いや、なんていうかさ。見ちゃいけないものを見てしまって」
『……なるほど。あの、有奈のことはあたしに任せてくれませんか? なんとか落ち着かせてみますので』
「いいのか?」
『刃太郎さんのお役に立てるなら!! それに、有奈はあたしの友達ですから』
なんていい子なんだ。こんな友達を持てて有奈は幸せ者だな。俺も俺で、どうやって謝ったらいいか考えないとな。
他人の日記を勝手に覗いたんだ。普通の謝罪では、だめだろう。それに、兄として妹を泣かせてしまったことちゃんと反省しないと。
「ありがとう、リリー。しばらく妹のこと頼んだ」
『お任せください! それでは、失礼します』
「うん、また」
「ごめんなさい、刃太郎お兄ちゃん。私が、勝手に日記を持ち出したから……」
通話が終わると、コトミちゃんがしょんぼりした様子で頭を下げてくる。
俺は、ふっと笑い頭を撫でた。
「大丈夫だよ、コトミちゃん。それに、止めなかった俺も悪いんだ」
「有奈お姉ちゃん。怒ってないかな?」
「うーん、怒ってはいないと思うけど。今度会ったら一緒に謝ろう。な?」
「うん。わかった」
「刃太郎様。舞香様がご帰宅なられたようですよ」
俺は、わかりましたと頷き自室からコトミちゃんと一緒に出て行った。




