第二話「天宮コトミ」
「というわけで、百万円を手に入れたんだけど」
『え? え? どういうわけなの?』
俺は舞香さんが心配しているだろうと思い電話をかけている。事情をちゃんと説明したのだが、ぶっ飛んだ話だったのでさすがの舞香さんでもついてこれなかったらしい。
そりゃあ、社長の娘と遊ぶアルバイトをすることになった。
その娘は、世界を滅ぼしかねないので俺が教育することになった。
前金で百万貰った。
なんて話、常人だったら困惑するレベルだ。
「兎に角だよ。俺は、これからその子と遊んで帰るから。たぶん、遅くはならないと思う」
『大丈夫なの? 話を聞く限りかなり危険な感じがするんだけど』
「心配いらないって。今度は、突然いなくなったりしないから」
『……わかったわ。あなたのことだもん。きっと無事に帰ってくるわよね。でも、待たせすぎはだめよ?』
「了解。それじゃ」
これでよし。
スマホをポケットに入れ、待っていてくれたサシャーナさんのところへと駆ける。
「お待たせしました」
「いえいえ! それでは、コトミ様のお部屋はこの先です! いざ! 出陣ですよー!!」
俺達は天宮家の豪邸へと訪れている。
黒服さんが運転する車で移動し、到着した時はびっくりした。やっぱり金持ちの家っていうのは、こうも広く豪華なものなんだと。
普通に考えて、ここは日本なのか? という雰囲気だ。
だって、門を潜ったり、庭を車で移動するんだぞ? こんなの普通はありえない。
自宅の中も、これまた豪華な感じで、シャンデリアは……まあ、あっちの世界にもあったから見慣れていたけど。
ここが地球だってわかっているから、なんだかな。
「サシャーナ。その少年が卓哉が選んだ戦士か?」
移動の途中だった。
目の前に現れたのは、銀髪の女性だった。キリッとした赤い瞳に、強い意志が伝わってくるかのような声、雰囲気。
が、それとは裏腹に、頭に生えている二つのキツネ耳と太くふさふさしている尻尾。
桃色のエプロンを身に着けており、俺はすぐに察した。
この人が、卓哉さんの。
「あ、イズミ様! はい、そうです!! この方が、コトミ様の教育係に任命された威田刃太郎様でございます!!」
「ほう」
雰囲気が変わった。
まるで、品定めでもしているかのようだ。くっ! 真剣な空気なのに、エプロン姿というこのどう反応していいかわからない状況……俺はどうすればいい?
「いい体つきだ。そして、血の匂いも」
「……俺、そんなに匂いますか?」
「私は、他とは違って完全に落とした匂いでも嗅ぎ分ける事ができるんだ。それに、一般人にしては、君は身に纏うオーラが違いすぎる」
「イズミ様は、あっちの世界では最強と名高い姫騎士の一人だったんです!! ちなみに、私はその下で働く部下でした!!」
最強と名高い、ね。確かに、雰囲気とか口調とか、俺を普通じゃないって見抜く辺り彼女も普通ではないよな。
っと、そういえば。
「初めまして、イズミさん。俺、威田刃太郎っていいます。今日から、娘さんの教育係として頑張りたいと思います」
「初めまして。私は、イズミ。天宮イズミだ。気づいていると思うが、卓哉の妻であり、君がこれから教育するコトミの母だ。よろしく頼む」
「こちらこそ」
差し出された手を握り返し、挨拶完了。
これから、娘さんの教育をするんだ。親への挨拶はしっかりしないといけない。それにしても、十七歳で教育係か……まだ学生って年齢なんだけど。
ま、これも普通じゃない者の勤めだ。
「ではな。私は、肉じゃがを作っている途中なのでな。サシャーナ、後は頼んだぞ」
「かしこまり!!」
「刃太郎。君も、娘を頼む。情けない話だが、娘の力は私達を超えてしまった。親としては嬉しいのだが、やはり今後のことを考えると制御の仕方を理解しなくちゃならない」
「出来る限りのことはしてみます」
頼んだ、とイズミさんは去って行く。
その後、俺達はコトミちゃんがいる部屋へと向かった。やっぱり、外から見たまんまだ。移動するだけでも、普通の家よりかかる。
もう家というよりも、大きな宿泊施設だな。
部屋、どんだけあるんだ?
「それにしても、卓哉さんってああいう女性が好きだったんですね」
「意外でしたか? でも、イズミ様はああ見えて、結構甘やかすタイプなんです。結婚して、コトミ様が生まれても、卓哉様はイズミ様にすっごく! 甘えちゃっているんですよ」
「マジっすか?」
「マジです!」
逆に、卓哉さんが甘やかしているかと思ったけど。
あの卓哉さんが甘える。
なんだか容易に想像できてしまった俺は、大丈夫なんだろうか。
「ささ、到着ですよ。刃太郎様。ここがコトミ様のお部屋になります」
「ここに」
いよいよだ。
なんだか緊張してきたな。ある意味での先輩の娘さんの教育。しかも、世界を滅ぼしかねないほどの力を持っている。
写真を見る限りでは、とても可愛い子なんだけど。
「コトミ様ー!! 教育係をお連れしましたー!!!」
だから、ノックぐらいしましょうよサシャーナさん。
勢いのまま、部屋へと入っていく。
印象としては、可愛い部屋だ。
たくさんの人形や、クッションなどがあり、全体的にファンシーなふわふわ部屋だ。そんな部屋の中心で寝転がっている黒髪の少女。
キツネ耳と尻尾。
あれがコトミちゃんか。どうやら、ずっと俺達が来る事がわかっていたらしく、じっとこっちを見詰めている。
ゆらりと、起き上がり動いた。
「っと!」
まるで、俺に抱きつくように飛びついてくる。
なんだか、卓哉さんの時みたいだな。
やっぱり、親子ってところか?
「お兄ちゃんが、教育係?」
お兄ちゃん……良い響きだ。
「そうだ。俺の名前は、威田刃太郎。気軽に刃太郎って呼んでくれ。コトミちゃん」
「くんくん」
軽い自己紹介をすると、いきなり俺の匂いを嗅ぎ始めた。
そして、再び俺の目を真っ直ぐ見る。
黒髪は卓哉さんから、キツネ耳や尻尾、瞳はイズミさんからってところか。
「刃太郎お兄ちゃんから、私と同じ匂いがする。強い力の匂いが」
「それって匂いでわかるものなのか?」
「わかる。だって、私の鼻はお母さんと一緒で特殊だから。うん、いいよ。刃太郎お兄ちゃんを私の教育係として認めてあげる」
ぴょんっと俺から離れ、手を引くコトミちゃん。
「さっそく、私と遊ぼうよ」
「なにをして遊ぶんだ?」
「当然、これで」
そう言って、コトミちゃんは火の玉を何個も空中に出現させた。いきなりバトル開始か……。
「火の玉ジャグリング!」
など思っていたが、まさかの展開。そっかー、火の玉ジャグリングかー。
それだったら、普通のバトルよりは。
「じゃない! 危ないでしょ!? こんな燃えるものが一杯あるところで」
「えー! だめなの?」
くっ。威力が凄まじい上目遣いだ。だが、俺は教育係。この子に力の制御なんか教えるのが仕事。
「ここじゃだめってことだよ。安全な場所なら良いんだ」
「そっかー。わかった! じゃあ、安全な場所にいこう。ついてきて。刃太郎お兄ちゃん!」
「了解」
「では、私も!!」
卓哉さん。イズミさん。俺、頑張ります!




