プロローグ
ついに始まった第三章!
夏休みになった。
夏休みになったが……俺は学校に通っていないので関係ない。いつものように、山下書店で働き、休みの日にはのんびりとしている。
しかし、そんなのんびりとしていたところに電話がかかってきた。
舞香さんが受話器を取り、はい瀬川ですと対応した。
そして、数回頷いたところで……なにやら驚愕した表情に変わる。
なんだ? とソファーに座ったまま見詰めていると。
「じ、刃太郎。あ、あなたに……なんだけど」
「どうしたんだよ。まさか。警察から?」
この驚きよう、尋常ではない。
俺は、首を傾げながら舞香さんのところへと近づいていく。そして、無言のまま受話器を手により耳に当てた。
「もしもし。刃太郎ですけど」
『初めまして! 私、天宮卓哉様の秘書を勤めております! サシャーナと申します!!』
「え? あ、はい……って、天宮?!」
俺は受話器から聞こえてくる明るい声にも驚いたが、天宮卓哉という名前にも驚いた。受話器から耳を離し、離れて見守っている舞香さんに視線を向ける。
再び、受話器に耳を当てる。
『実は、卓哉様があなたに是非お会いしたいと仰っております』
「ま、マジ?」
『マジです! どうですか? お越しになられますか? 来ちゃいますか? 来て下さいますよね?!』
「あ、いやその」
なんだこの秘書さんは。なんてテンションの高さ。俺のイメージしていた秘書ってメガネをかけていて、クールなタイプなんだが。
やっぱり、イメージっていうものは現実とは違うものなんだな。
「……はい。じゃあ、行きます」
『ありがとうございまーす!! では、お迎えが来ていると思うのでそちらの指示に従ってください! では!! ではではッ!! ガチャリ……』
なんだったんだろうか、彼女は。
「ど、どうだったの?」
通話が切れ、受話器を置いたところで舞香さんがおずおずと近づいてくる。
「えっと、なんだか天宮卓哉さんが俺に会いたいって」
「え!? あの天宮さんが!? じゃあ、あの元気な秘書さんは本物だったのね」
まあ、あんなハイテンションだと疑うよな。
さてこれからどうしよう。
迎えがくるって言っていたけど。とりあえず、準備をしたほうがいいんだろうか。
ピンポーン。
そう思っていると、インターホンが鳴る。
まさか。
「はーい」
舞香さんが急ぎ誰が来たのかと出迎えに。
「どなたですか? ……え?」
ちらっと玄関先を見るとそこには。
「天宮卓哉様のご命令により馳せ参じました。威田刃太郎様はいらっしゃいますでしょうか?」
サングラスと黒いスーツに身を包んだ男達がいた。
これには、舞香さんびっくり。
俺もびっくりだ。もう、迎えがきたとか。仕事が速すぎる。もしかして、ずっと玄関前とかで待っていたのか?
「いますけど」
「準備のほうは?」
「なにか持っていくものとかは?」
「特にございません。もしあるとしたら……覚悟、でしょうか」
……覚悟ね。
それぐらいだったらすぐに持っていける。異世界で何度も覚悟をもっていっていたからな。
・・・★・・・
まるで連行されるかのように、俺は黒服の男達に囲まれリムジンに乗った。
無言のままリムジンは数十分のドライブ後、高層ビルに到着。
そして、エレベーターに乗り込み見たことのない数字まで上がり、とある部屋の前に到着。そこにいたのはふわふわなフリルたくさんの洋服に身を包んでいる少女。
桃色の長い髪の毛に、白く長いウサギ耳が生えていた。俺が到着するなり、黒服達は一礼してエレベーターで下の階へと下りていく。
「刃太郎様ですね! お待ちしておりました! 私、お電話をした秘書! サシャーナと申します!」
ホップ、ステップ、ジャンプな感じに俺に近づいてくる自称秘書さん。
どう見ても、秘書には見えない。
見えたとしてもメイドさんが良いところだろう。それに、また獣耳か……ん? なんかぴこぴこ動いている。
「ど、どうも。威田刃太郎です」
「はいはい! 存じ上げております! とーってもお強くて、お優しいお方だと!」
「どこからそんなことを」
「いいのです! いいのですよ! ご謙遜なんて!! ささ! 卓哉様がお待ちです! さあ、行きましょう!!」
押しが強い。
というよりも勢いがすごい。こんな人を秘書として雇っている天宮卓哉さんっていったいどんな人なんだ? 大富豪の息子で、娘のために遊園地まで作って、そして獣耳好き。
サシャーナさんに手を引かれ、俺は大きな扉を潜った。
そこにいたのは。
「卓哉様!! 刃太郎様をお連れいたしました!!」
せめてノックぐらいしたほうがよかったんじゃ。
「お? 来たね」
とても、とても広い部屋だった。軽くパーティーができるかもしれないほどの。外の様子が見れるほどの大きなガラスの壁。
そこの近くにこれまた大きなデスクがあり、そこに立っていたのが黒いスーツにネクタイなどビジネスマンのようなきっちりとした格好の男。
これぞ仕事ができる男! という雰囲気だが。
「なんだこの部屋は」
「素敵だろ?」
部屋に飾られている絵画やグッズ。それら全てが、獣耳が生えている美少女達ばかり。犬から猫、ウサギやキツネまで。
様々な獣耳を生やした美少女達のグッズが部屋中に飾られている。
そこで、俺は全てを察した。
あ、この人なんだか親しみやすいかも、と。
「まあ、はい。すごく」
「ははは。いい返事だ。初めまして、威田刃太郎くん。僕は、天宮卓哉。そうだね……君と同じような体験をした者、と言っておこうか」
「同じ体験?」
卓哉さんの言葉に首を傾げた刹那。
目の前から、突然卓哉さんが消える。いや、消えたんじゃない。ものすごい速さで俺に近づいてきたんだ。
「っと!」
「さすがだね。いやぁ、もう少し若ければ、いけたかもだけど。やっぱり、歳はとりたくないものだね」
「なに仰られますか! 卓哉様はまだお若いじゃないですか!!」
「ありがとう、サシャーナ」
俺にはそれが見えていた。
そのおかげもあって、卓哉さんの拳を俺は受け止められた。隣では、サシャーナさんが笑顔で拍手をしている。
すごく手荒な歓迎だな。だけど、これで理解した。
「卓哉さんも、もしかして異世界に?」
「ああ。十五年も前だ。僕は、当時十五歳だった。父さんや母さんと一緒にイギリスへ旅行中だったんだけど。その途中、突然浴場で異世界へ召喚されたんだ」
浴場からって。
すごいところから召喚されたんだな、卓哉さんは。
「いやぁ、びっくりしましたよ。突然全裸の男が現れるんですもん!!」
「もしかしなくても。サシャーナさんって」
「はい! 卓哉様と共に異世界で戦い、卓哉様と共に地球へ来ました!! あ、ちなみに天宮遊園地で働いているのは、私の部下です!! ですです!!」
あ、やっぱり。となると、このぴこぴこ動いている獣耳は本物ということか。
「はっはっは。僕は、獣っ娘が大好きでね。いやぁ、いいよね。愛くるしい獣耳に尻尾。僕が撫でると皆気持ち良さそうに目を細めてくれるんだ」
部屋中に飾られているグッズを眺めながら、卓哉さんは語っていく。自分がどれだけ、獣っ娘が好きなのかを。
「その、卓哉さんはどれくらい異世界に?」
「そうだね。ざっと二年かな」
「二年も!? じゃあ、こっちでは大騒ぎになっていても」
俺が一年で四年だったから、卓哉さんの場合は八年? 単純計算でそうと考えれば俺だって知っている大騒ぎに。
「いやいや。僕が戻ってきた時はね、まだ十分程度しか経っていなかったんだよ。地球で」
十分しか経っていない。
そうか。何も、俺と同じじゃないんだ。異世界なんて数え切れないほどあると考えるべきだ。
俺の世界とはまったく逆に、全然こっちでは経っていないってこともありえる。
「僕もびっくりしたよ。二年間も異世界で生活していたのに、帰ったらたった十分しか経っていないんだからね。まあ、一番びっくりしたのは、両親だったかもしれないが」
「そうですね。浴場から出てきたら、私達のような者がぞろぞろと現れれば! でも、私はそんなことをお構いなしにご挨拶をしましたよ! これからお世話になるのですから!!」
「両親も目を丸くしながら、つられるように頭を下げていたのを今でも思い出すよ」
俺でもびっくりする。風呂から出てきたと思ったら、獣耳を生やした美少女達と一緒にだなんて。
「まあ、両親も変わった人達だったからね。彼女達のことをすぐに受け入れてくれたよ。ただ、世間には彼女達の正体は知らせていない。あくまで、天宮の関係者、というだけしかね。……っと、昔話はここまでだ。君を呼んだ本題について話しあおうか」
デスクに戻り、何かを操作した。
すると、天井から出てきたのは大きめの映像機。
「刃太郎くん。君には、ちょっとしたアルバイトをしてもらいたい」
「アルバイト?」
「ああ。その内容なんだか」
映し出されたのは。
「僕の娘と遊んでほしいんだ」
「……え?」
キツネ耳を生やした可愛らしい少女だった。
第三章は、夏の思い出が盛りだくさん!
夏休み……苦い思い出しか思い浮かばない。書くのはつらいけど、こんな夏休みだったらなぁ……という願望を混ぜつつ書いていこうと思います。




