第十七話「神聖剣アイオラス」
「お前もいい加減俺に付き纏うのはやめにしないか?」
「何を言うかと思えば。貴様が邪魔をしなければ! 貴様が俺を倒さなければ!! このようなことにはならずに済んだのだ!!」
それは確かにそうだ。しかし、見つけてしまったからには。そして、目の前で何か良からぬことをしている者がいれば、俺は止めなくちゃならない。
勇者として、いや人間として。
こいつがやっていることは、許してはおけない。
「さあ、光太!! 今こそ、黒き力を解放し、憎き男を殺すのだ!!」
「言われなくても!」
ザインの指示に光太は動く。
だが、それはすぐに止まった。
ロッサが、前に出たからだ。
「光太よ! 貴様、いったい何をしているのだ!!」
「ば、バルトロッサ様……くっ! これは! バルトロッサ様のためなのです!!」
「我のためだと?」
「そんな奴らと一緒にいては、バルトロッサ様が! 魔帝が! 変わっていってしまいます!!」
光太の言いたいことはわかる。
こいつは、こっちに来てからというものもう魔帝としての威厳というか、魔族だとは思えないほど人間じみてきている。
姿だけではなく。ゲームで遊ぶ様子、食べ物をおいしく食べている様子など。昔の魔帝バルトロッサの面影がどんどん薄れていっている。
しかし、俺はそれでいいと思っている。
暴れられるよりは、もう第二の人生として歩むべきだ。まあ、纏わりつかれるのはかなり疲れるけど。
「全ては、そいつの! 勇者のせいなんだ!! 貴様が……バルトロッサ様を殺したせいで!!」
「ま、待ってください! それは言いがかりだと思います! だって、お兄ちゃんは勇者としての使命を果たそうとしただけで!」
俺のせいは言いがかりだと、有奈が叫ぶ。
「うむ。その通りだ、光太よ。刃太郎は、勇者として我を倒したに過ぎん。確かに、ここに来てからは生活習慣が変わったかもしれない。しかし、我は我だ。魔帝バルトロッサだ!」
そして、それを肯定しつつも自分は魔帝バルトロッサだと叫ぶロッサ。光太も、ロッサの言葉を聞き、そんなことは自分でもわかっているという表情になる。
「しかし、バルトロッサ様!!」
「ええい!! なにごちゃごちゃと!! ここには言い争いにきたわけではない!! 貴様は、あの男を、自分から今の生活を奪っていく男を!! 殺しに来たのではないのか?!」
いつまでも攻撃をせずに、口論していた光太に苛立ったザインは手をかざす。
「ぐああああ!?」
「ひゃっ!? な、なにあれ!?」
さらに黒の力とやらを注ぎ込んだのか。
このまま戦わずに、済ませたかったのに。余計なことをしやがって。
「ふはははは!! まどろっこしいのは無しだ!! 刃太郎よ!! 今から貴様を殺す!! 俺の邪魔をしたことを後悔するがいい!!」
ザインの手から徐々に入り込んでいき、黒き力は光太と完全なる融合を果たした。爆発的に増大しその波動で、吹き飛ばされそうになるほどだ。
これは、まずいな。
なにがまずいって。光太はいまや普通の人間だ。そんな光太がパワーアップしたザインの力を全て取り込むとなると堪えられるはずがない。
このままだと、光太の体は壊れてしまうだろう。
「いいぞ、いいぞ!! さあ、踊るがいい!! 黒き力で!!」
「殺す! 殺す!! 俺から、日常を奪おうとする貴様オオっ!!!」
もう、光太の意識はないかのように狂喜乱舞し、黒き剣から槍まで空中に出現させる。ドーム内を埋め尽くす勢いだ。
「この大馬鹿ものが!! 簡単にそのような男に支配されるとは!!」
「仕方ないだろ! あいつは今は普通の人間なんだ! それよりも、ロッサ! 有奈達のことを頼んだぞ!!」
「頼むだと? 貴様はどうするつもりなのだ!」
こうなってしまったのなら、もうやるしかない。
こんな状態がいつまでも続いたら絶対ドームが壊れて、外にいる人達に見られてしまう。
「ちょっと本気を出す。今から俺は……ザインをこの世から消し去る」
勇者らしからぬ言葉と共に俺は駆ける。
あんな攻撃にドームが耐えられるわけがない。
もうここはあいつに頼るしかないようだな。俺は、攻撃が解き放たれる前にポケットからとある指輪を取り出した。
それは、剣の装飾が施されている指輪。
使うつもりはなかったんだけど。
「貴様、その指輪は!?」
さすがは魔帝。
気づいたようだな。まあ、それもそのはずか。今から、俺が呼び出すのは……魔帝バルトロッサを切り裂いた剣だからな。
「さあ、契約の名の下にもう一度、俺と共に戦え!! 神聖剣アイオラスッ!!!」
俺の言葉に呼応し、指輪が光り輝き、魔方陣が展開。そこからにゅっと飛び出した剣の柄を掴み取り、強引に抜き取った。
現れたのは、鎖で覆われた白刃の剣。
こいつをこっちの世界で抜くことになるなんてな。
「何をしようとも遅い!! この黒き嵐を防ぎきれるものか!!!」
普通なら、無理だろうな。
だけど、今の俺は。
「解き放て! 全てを白に染める力!!」
鎖が砕け、白刃は解放される。振りかざした一撃が、こちらへと降り注ぐ全ての黒を消し去った。静寂に包まれた空間の中で、ザインは唖然としている。
「す、すごい……」
「あんなにあったのに、一瞬にして消えちゃった!?」
「いつ見ても身震いする力よ……」
「な、何をした! 貴様ぁ?!」
ハッと我に帰ったザインは、いったい何をされたのか理解できない様子で身を震わせ、ただただ俺に叫ぶ。
俺は、小さく笑いアイオラスの切っ先を突きつけ説明してやった。
「こいつは、魔法とかの特殊な力を白に染める力だ」
「白にだと?」
「そうだ。つまり、お前の黒き力は俺の白の力に消滅させられたってことだよ」
「あの力があったから、我も苦戦を強いられたと言っても過言ではない」
だが、この力も何回でも使えるわけではない。使えば使うほど、俺に疲労が溜まり、最悪気絶してしまうかもしれない。
「そんな力が?! ならば! 白く染めらないほどの黒を見せてやろう!!」
「そうはさせねぇよ!!」
こっちにも色々と事情があるからな。
一気に決めさせてもらうぞ。
怒りのままに、ザインは黒き力を全て解き放とうとするも、それよりも早く俺は間合いを詰める。どでかいことをするには、時間がかかる。
その隙を狙わないわけがない。
まずは、光太とザインの繋がりを断つ!
「なにぃ!?」
「ぐっ!?」
正確に、光太へと黒き力を注ぎ込んでいたザインの腕を断った。血は流れず、ただ黒き力が溢れ出ているだけだ。
ザインとの繋がりを断ち切られた光太を受け止め、俺は乱暴かと思ったがロッサへと投げ捨てた。
「くっくっく。ここまで力をつけたというのに、こうもあっさりやられるとは」
切られた腕を押さえ、冷や汗を流しながら不適に笑むザイン。
「だが! 俺は、死なぬ! この世に、負の感情がある限り! 俺は、何度でも蘇ってみせる!! 残念だったな、刃太郎よ!!」
ざまあみろ! と言いたげな表情で高笑いをしているザインだが、俺の言葉にそれは止まる。
「いいや、お前はここで終わりだ」
「なに?」
もう、こいつと対峙はしたくない。
これっきりにしてもらう。
俺は、アイオラスを振りかざし、呼びかけた。
「起きろ、アイオラス」
『もうとっくに起きてるっての。なんだよ、相棒。もう俺を抜くことはないんじゃなかったのか?』
「け、剣が喋った!?」
そう、俺の剣アイオラスは喋る剣。本当は、喋って欲しくないんだけど。仕方がないことなんだ。今からやることはこいつとの同時詠唱でしか発動しないものだから。
『おうよ! 可愛いお嬢さん! 俺の名は、アイオラス! ちょー! かっこいい剣だ!』
「お喋りはその辺にしておけ」
『へいへい。わかってるって。それじゃ、始めるぜ』
《我、白き世界を望む者なり》
同時詠唱をした刹那。
ザインの背後にあった黒き渦は消え去り、白き渦が代わりとばかりに現れる。そして、腕や足、体などを拘束するように鎖が巻きついた。
「な、なんだこれは!?」
《さあ、旅立て悪しき者よ。永遠に。終わりなき白の牢獄へ》
「ぐああ!? ひ、引き込まれる……! なんだ、なんなのだこれは!?」
何度も鎖を引き千切ろうとするが、なすすべなく白き渦に吸い込まれていくザイン。詠唱を終えた、俺は静かにこう告げた。
「悪いが、お前が今から行くのは何もない白き牢獄だ。そこは、一度入ったら出ることは不可能。不死身ならば、殺さずに閉じ込めておけばいい。さあ、永遠を過ごせ。白の世界で」
「黒が……黒が、白に染まって……ゆ、く……」
ザインを完全に消えたことで、ドーム内はまた静寂に包まれる。
「お、おにい」
「ふん!!」
「ええええ!?」
「け、剣を投げ捨てた」
『おいおい、相棒。もうちょっと優しくしてくれよ』
抵抗するかのように、魔方陣に入っていかないアイオラス。
柄だけ出た状態で話しかけてくる。
「うるさい、戻れ」
『はいはい。じゃあな、お嬢さん方! またいつか会おうぜ!!』
有奈達が驚くのも無理はない。俺は、あれだけのことをやってのけた剣を元の場所へと返したのだから。だが、こうしないとだめなんだ。
本当だったら抜くつもりなんてなかった。
「よ、よかったんですか? あんな別れ方をして?」
「これで良いんだ。あいつはこの世界にいるだけでなにかしらの影響が起こるかもしれないんだ。そのことは、あいつ自身もわかっている。それにあれぐらい乱暴にしてもあいつがなんとも思っていないさ」
「そ、そうだったんですか」
「それにしても、あのような力があったとはな……なぜ使わなかった?」
あの力は、ロッサにも見せてはいない。
色々と理由はあるが、一番の理由は。
「あの時は、お前を倒すのが使命だった。牢獄に閉じ込めるんじゃなくてな」
だが、こうやって転生してくるんだったら、閉じ込めておけばよかったって後悔してる。
それに、こんな力勇者らしくない。なにもない、永遠の牢獄に閉じ込めるなんて力……。
だから使いたくはなかった。
こんな力を……皆の前で。
「えっと、とりあえずこれで一件落着! っと、言いたいところだけど」
チラッとリリーにつられて出入り口のドアを見詰める俺達。
外は絶対大騒ぎになっているはずだ。誤魔化そうにも、言い訳が思いつかない。
どうしようかと悩んでいたところに、扉が開く音が聞こえる。
「お客様! 外に出てもらっても構わないでしょうか?」
「え!? あ、えっと……はい」
「ど、どうしよう! あたし達どうなっちゃうのかな?」
「ちゃんと事情を説明すればきっとなんとか、なるかな?」
一同、ロッサ以外不安な気持ちのままバニーガールに指示されるままドームから出て行く。
「あ、あれ?」
これには、ロッサも驚くしかなかった。
すでに、観戦していた客は、どこにもいない。それに、隣のドームもドアが開いており、静かだ。
いったいどうなっているんだ?
「あの、ドームのことなんですけど」
「大変申し訳ありませんが、機材を修復するため、この施設はしばらく封鎖致します。なので、お客様方は、施設外へと移動をお願い致します!!」
「……わかりました」
さすがにおかしい。
だが、ここで追求しても何も答えてくれない。そう直感した俺達は、素直に施設から出て行く。
そして、外に出た俺達は先に外へ出ていた客達の声を聞いた。
「たくっ。機材トラブルかよ。せっかく楽しみにしていたのになぁ」
「しかたねぇよ。まだ試作品なんだからさ。これまで機材トラブルが起こらなかったのが、不思議なぐらいだって」
と、青年二人がため息を漏らしている。
そしてその近くでは女子高生ぐらいの二人が首を傾げていた。
「でも、あの二番ドームのあれってなんだったんだろうね?」
「あぁ、あの般若の仮面が出てきたやつ? あれは、これから導入しようと思っていた敵キャラだって噂だよ」
「もしかして、導入前に出てきたから不具合が起こった、とか?」
「その辺りは、係員に聞いても機材トラブルだ、としか言わないんだよね」
思っていたより、騒ぎにはなっていなかった。
こちらとしては一安心、と言ったところなのだが。
そういえば、バニーガールは光太のことに触れなかった。普通なら、入っていない者が出てきたら追求するはずなのに。
この遊園地……いったいどうなっているんだ?
ふいに、施設前にいるお姉さん達へと視線を送ると、ただ笑顔を返してくれるだけだった。




