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第九話「囁き」

「むう……まさか、この我が刃太郎以外の人間に負かされるとは」


 先日のことを思い出しながら、バルトロッサはぶつくさと呟いている。

 目玉焼きの黄身を割り、一口サイズに箸で綺麗に切り分け口に運ぶ。


「あのリリーという女……なかなかいい動きをしておった」

「そ、そうですか。あ、バルトロッサ様。ご飯のおかわりはいかがですか?」

「うむ、貰おう」


 ここは、松田光太が住んでいるマンション一室。

 元異世界で魔帝バルトロッサの部下だった魔族。しかし、バルトロッサが勇者刃太郎にやられる前に命を他の者に奪われてしまう。


 そして、気づけばこの地球という世界で人間として生まれ変わっていた。記憶はあるが、力はない。まったく違う世界に最初は戸惑いながらも、今では親から離れ一人立ちしている。

 恋も実らず、楽しいこともなく、毎日会社に通っては一人寂しくマンションで過ごしていた。

 そんな時出会ったのが、生まれ変わったバルトロッサ。


(最初は目を疑ったなぁ……でも、あの言動。そして、バルトロッサ様しか知らない知識)


 いきなり、銀髪の美少女から話し掛けられた時は、どきっとした。なにせ、二次元から飛び出してきたかのような美少女だったからだ。

 それに、あのバルトロッサがやられたなど信じたくなかった。

 が……今はこうして、寂しかった何もない一室に憧れ、敬っていた方が目の前にいる。もう、あんなつまらない毎日はない。


「さあて、今日は確実に刃太郎を仕留めなければ!」

「……」


 おかわりしたばかりの白米を一気に口に入れ、ハムスターのように頬を膨らます。


(……か、可愛い)


 あの頃のバルトロッサはかっこよく、男であっても惚れるほどだった。

 しかし、性別が変わってしまったことにより、普通に可愛いと思ってしまっている。ただ、これは恋愛感情ではない。

 ただ純粋に、子供のように可愛いと思っている。


「けど、そんなこと本人には言えないよな……」

「む? なにがだ?」

「いえ。なんでもないです」


 そうか、とバルトロッサは立ち上がる。


「では今日も奴に挑みにいくとしよう!!」

「あ、バルトロッサ様!!」


 呼び止められなかった。バルトロッサは、今日も刃太郎と勝負するために出かけていく。ぽつんっと残された光太はバルトロッサが使っていた食器を見詰める。


「くっくっくっく。どうだ? お前がせっかく掴んだ生活があの男。刃太郎に壊されていくぞ?」


 現れたのは、今だのデフォルメ姿のザイン。

 光太の肩で悪魔のように耳元で囁く。


「俺の力を使えば、刃太郎などどうということはない」

「だけど、お前も二度やられているんだろ?」


 光太は、食器を洗いながらザインの言葉に惑わされないように精神を保っている。


「確かに、俺は二度やられた。しかし! それは、十分に力を蓄えていなかったからだ! 俺は学習する。奴のことを観察し、そしてこの世界の負の力をずっと蓄えてきた! それを、貴様に与えてやる。貴様のその感情……怒り、嫉妬。十分に俺の力を扱えるだろう!!」


 水面に移る自分の顔を見詰め、光太は思う。

 怒り、嫉妬……その感情は、わかる。

 自分の今の生活を、刃太郎という一人の男に壊されていく。目の前で、何度か見てきた。今や、バルトロッサは刃太郎に夢中。


 牛丼屋の時だって、自分のことを探しにきたのではなく刃太郎を探していた。

 そして、さっきも……。

 そろそろ会社に出社しなくてはならない時間だが、光太はまだ水面に移る自分を見つめている。


「さあ、決断しろ!! このまま壊れていくの見詰めるか、壊れるのを己の手で守るか!!!」


 にやっと不気味に笑い、目の前で黒き力を見せ付けるザイン。

 それに光太は……。


「バルトロッサ様……俺は……!」


 手を伸ばした。




・・・★・・・




「今頃、リリー達はテストか……」


 ちなみに、笠名は一足先にテスト期間を終えて、後は返ってくるのを待つだけ。二人がテストの間、有奈は一人だ。

 だから、今は。


「お疲れ様、有奈」

「う、うん……」


 アルバイトへ行く前に有奈を褒めている。

 ココアを入れて、それを手渡し隣に座った。


「お前なら大丈夫だろうけど。ドキドキだなぁ、テストが返ってくるまでの間ってのは」

「……」


 話してくれない。

 そろそろ有奈は、学校へいく時間なんだがその前に色々と話しておきたい。


「なあ、二人がテスト終わったら四人で一緒に遊ばないか? 俺、久しぶりにお前と遊びたいんだ」

「……」

「テスト明けだけじゃない。夏休みになっても……いや、これからも。お前と仲良く、な」


 俺の言葉を最後まで聞いた有奈は、無言のまますっと立ち上がり鞄を持って歩き出す。

 だが、すぐに足を止めた。


「楽しみだね、皆と遊ぶの……」

「あ、有奈……」


 それだけ言って走り出す。

 くう……! 俺も楽しみになってきたぜ。


「よかったわね、刃太郎」

「ああ! あ、ところで。そろそろだよな、宝くじの当選日」

「ええ。あなたから貰ったこの宝くじ。当たるといいわね」


 あの後、俺は買った宝くじ十枚を舞香さんにプレゼントした。もし、当選したら舞香さんに全てあげるつもりでいる。


「もし、すごい金額が当たったらどうする?」

「そうねぇ……新しい食器や家具なんかを買うかしら?」

「そ、そんなのでいいのか?」

「今のところはそんな感じかしら? あ、そろそろ会社に行かなくちゃ。刃太郎。アルバイトに遅れないようにね!」


 新しい食器や家具を買う、ね。

 もうちょっと欲を出したほうがいいのに。


「……」


 一人になったところで、俺は警戒していた。

 いつものパターンならば、ここであいつが現れるはずだ。


「……ふう。来ないか」

「っと、思わせておいて現れる我!!」


 安心しきったところに、頭上から次元ホールを使い現れる。この野郎……日に日に現れるパターンを変えてきやがって。


「ちなみに、ちゃんと靴は脱いできた!!」


 言うとおり、靴は玄関先にあった。


「……」

「……」


 無言のまま俺は立ち上がり、玄関へと向かう。

 そして、靴を履いて外へ出る。

 バルトロッサも靴を履いて俺の後を追いかけてきた。

 鍵を閉め、エレベーターに向かう。


「……」

「……」


 無言の空間。

 ただただ下に下りていくのを待っている。何も喋らない俺達。

 一階に到着し、エレベーターから離れ、歩き出す。


「……」

「……」


 それはただ喋らないという意思。

 無言のまま俺達は、ただただ歩き続ける。


「……」

「……おい、刃太郎。なぜ何も喋らない」

「はいお前の負け」

「なに!? まさか、最初に喋ったほうが負けという勝負だったのか!?」


 あー、今日もいい天気だなぁ。まだ、バイトまで時間あるけど、何をしようか。あっ、そうだ。四人で遊びに行くところを決めておこう。


「待て! そんな勝負認めないぞ!!」

「うるさい。俺は今忙しいんだ。お前と遊んでいる暇はない」

「遊びではない! 戦いだ!!」


 今までやってきたことが、戦いだとは俺は思っていない。

 エアホッケーに始まって、どうだ? ジェンガとか先日のシューティングや格ゲー。……我慢比べは勝負かもしれないが。

 まあ、こいつとやっているのは大体遊びだろう、うん。

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