第七話「夏か……」
「今日は、暑いなぁ……」
もう七月だ。
学生は、そろそろ夏休み頑張っているだろう。有奈も、自室で熱心に勉強していた。俺は邪魔にならないようにリビングでゆっくりしているのが日課だった。
リリーと華燐もそうだ。
まあ、華燐はかなり余裕そうだったが。リリーが大変そうに見えたな。本人自身も勉強が苦手だと言っていたからな。
何度も三人で勉強会を開いて、学校でもちゃんと授業を聞いているらしい。
やっぱり夏休みは存分に楽しみたいよな。
俺も応援するって言ったら、すごく喜んでいたなぁ。
俺も勉強を手伝えればいんだけど……ははは、情けないことに無理。つーか、四年間のブランクがあるっていうか。
元々、勉強も得意ってわけじゃないし。
それよりも……。
「あづいぃ……この体は不便だ……。あの体ならば、こんな暑さどうってことないはずなのに……。刃太郎よ、冷房をつけてくれー」
「自然の風で我慢しろ。それと、少しは恥じらいを持て」
最近は、勉強に忙しくて有奈も真面目に勉強しているようで、監視しなくてもいいとロッサを退かせた。だが、相変わらずそんなのも関係なしに俺のところへ来ている。
今日も、暑い中ご苦労様という感じだ。
ここに来るなり、勝手に冷蔵庫を開けて飲み物を勝手に飲む始末。
俺が地球に帰還してからというもの、もう両手で数え切れないほど俺の家に訪れている。だから、お菓子を置いている場所とかも頭の中に入っている。
「恥じらいだと? 何を恥じることがある。我は、恥ずかしいことなどしておらんぞ」
「……自分の今の性別と服装を考えろって言ってんだよ。TS魔帝さん」
「……おお、そういうことか。なんだ貴様。我の下着を見て、欲情したのか?」
俺が窓を開けてベランダに座っている中、ロッサは俺のほうに足を向けて仰向けに倒れているのだ。
相変わらずのミニスカートなので、下着がちらちら見えてそっちのほうを向けない。
が、性別が変わった魔帝さんはそれをわかっておらず、俺に言われてようやく理解したようだ。
「スカートをぺらぺら捲るな」
「くっくっく。貴様も男だというのはわかった。それにしても、こんな幼き女の体に欲情するとは……所謂ろり」
「違うわ!!」
「ムキになるところがまた怪しいな、ん?」
この野郎……気づかせるんじゃなかった。
明らかに、俺のことを挑発している。誰がお前のような中身が男の体に欲情するかっての。俺は、もっとこう中身も女の子で、胸が大きい子をだな……いや、やめておこう。
「……」
俺はイラッとしたので無言でエアコンのリモコンを手にする。
「お? 冷房をつけてくれるのか」
しかし、俺は冷房ではなく……暖房のほうをつけた。しかも、かなりの高さで。そうだな、たぶん三十度はあったんじゃないかな。
覚えていないけど。
そして、そのまま窓を閉めた。
「おぉ……涼しく―――なってない!? あ、暑い! 暑いぞ刃太郎!? 貴様、暖房のほうをつけたな!」
「はっはっは!! まだその体で暑さに慣れていないだろうってことで。俺が気を利かせてやったんだ。我慢比べといこうじゃないか。今回の勝負だ」
当然、俺も暑い。
しかし、こいつよりは暑さには慣れている。
「ほ、ほう? 我慢比べか? 夏らしい勝負だな」
「当然、魔法で防御するのもなしだ」
「い、いいだろう。しかし、大丈夫なのか? もし、脱水症状で倒れでもしたら今日のバイトに響くのではないか?」
暑い。汗が尋常じゃないほど流れてくる。だけど、これぐらいはあっちの世界の砂漠地帯や火山地帯に比べればまだ……。
あぁ、でもあの時は魔法薬でなんとかしていたからなぁ。
「心配するな。そう簡単に脱水症状にはならない。お前こそ、もう汗びっしょりだぞ」
「他人の心配をしている場合か?」
「誰も心配なんてしてない。早く倒れろって言っているんだ」
「ふははは……これはあえて汗を出しているに過ぎん。貴様こそ、早く気を失え」
その後、数分間堪えていたが、ついに暑さに耐え切れずマンションの外へと出て行ったロッサ。
俺がガッツポーズと共にエアコンを止めて、窓を全開。
冷蔵庫に入っている缶ジュースを外で一気飲みした。
これが勝利の美酒というものなのか、とな。
・・・★・・・
「そっかー。学生さん達は、そろそろ夏休みなのかー」
「懐かしいな、夏休み。俺達も、夏休みとか冬休みみたいな長期休みはすごく楽しみにしていたもんだよなぁ」
ロッサとの我慢比べの後。俺は、何事もなかったかのように山下書店へとバイトに来ていた。もう少しで、夏休みということで学生の客は少なくなってしまった。
この店って、極力参考書類は売っていないからなぁ。
一応あるって言えばあるんだけど。ほとんどが、漫画やライトノベル、ブックス、一般小説など。
「俺もなにか力になれればって思っているんですけど……」
「一緒に勉強すればいいんじゃないか?」
「それ、考えましたけど。俺も勉強は苦手なほうなんですよねー」
章悟さんの提案は俺も考えた。
だが、教える前に、俺も年齢的には学生なわけで。
「じゃあ、褒めてあげればいいんじゃない? あの三人だったら、刃太郎くんに褒められたり応援したりすれば絶対喜ぶはずよ!!」
「褒める、応援……」
まあ、それぐらいなら俺にでもできるかな。実際、俺が応援したら喜んでくれていたし……。
でも、ただ褒めるってだけじゃ……むむ。
「ところで……あそこでずっとこっちを見ている人は知り合い?」
「……知らない人です」
と、章悟さんが言うのは立ち読みをしながらこっちをちらちらと見ている男。黒服でとても目立っている。
「でも、ずっとこっち、というかあなたを見ているような気がするんだけど」
「気のせいですよ。さあ、二人もお仕事に戻ってください」
「はいはーい」
「すみませーん! ちょっと聞きたいんですけど!」
「はい、ただいまぁ!」
絵里さんは在庫確認。
章悟さんは、客に呼ばれてそれぞれ仕事に戻っていく。しかし、未だに俺のことを見詰める黒服で、腕に包帯を巻いている怪しい男。
こんな暑い日だというのに、よくまああんな真っ黒な格好でいられる。見ているこっちが暑くて堪らない。
「ふっ」
結局、俺のことを観察するだけ観察して、去って行く。
去ると同時に、紙飛行機を俺のほうへと飛ばしてきた。
めんどくさいが、俺はそれをキャッチして中身を確認する。
「貴様に二度もやられた俺だが、今度はそうはいかない。貴様を苦しめるため慎重にいかせてもらう。……ザイン」
別に俺がやったんじゃないんだけど。
実際、トドメを刺したのはロッサなわけだし。あいつを倒したのも、もう一週間前か。今回は復活が早いな、あいつ。
今はバイト中だから、無理だけど。なにかをする前にもう一回ぶっ倒しておくか……。
「あら? さっきの人。結局なにもせずに帰っていったの?」
在庫処理が終わったのか、絵里さんが話しかけてくる。
「あの人。もう夏だっていうのに、すごい格好していたな。あれで汗ひとつ流していないっていうのがすごい」
「あっ、もしかしてあれじゃない? 中に冷房機能がついているとか!」
「おおー! そういう服だったのか、あれ。だから、あんな黒い服でも涼しげな顔をしていたんだな」
違います。あれは、ただ風と水の魔法を合わせて夏の暑さから身を守っているだけなんです。確かに、そういう服はありますけど。
あれは、魔法によるものなんですはい。




