第一話「困惑と再会」
俺は、目の前の現実を受け入れられないでいた。
異世界で常識離れしたことを体験してきた俺だったが、ここに来てまさか驚愕することが地球で起ころうとは……。
現在、俺は尾行をしている。
自然に、そして周りから怪しまれないように俺はうまく変わり果てた妹有奈の後を追っている。有奈は、俺が知っている有奈よりも成長している。
というか、あの制服は俺の通っている高校の学生服だ。
俺の知っている有奈は中学生なはずなのに……。
「それでさ、有奈さぁ。最近、帰り遅いけど親とかになんか言われてない? あたしなんてさぁ、すっごく言われるんだよね」
「私も。これ以上遅くまで遊んでいると小遣い減らすぞって言われちゃってさ。まあ、自分で稼げば良いんだけど」
両脇にいる女子高生達は、どうやら違う高校の生徒のようだ。
それにしても、有奈……帰りが遅いのか。
「すごく言われるかな。でも、最近は舞香さんも遅いからその前に帰れば大丈夫」
「そっかー。有奈のところはいいよね。その舞香さんって人と二人暮しなんしょ?」
まあ……仕方ないことか。
俺は、行方不明ってことになっているだろうし。二人暮しって言われてもおかしくはない。だが、俺はこうして帰ってきた! 今日からはまた三人仲良く、と言いたいところだがとりあえず今は、どうして有奈があんな感じになってしまったのかを観察しなければ。
これは決してストーカーをしているわけではないのだ。
可愛い妹があんな不良な感じになった理由をしりたいだけなんだ。俺の尾行スキルをなめないほうがいい。
異世界で数え切れないほど尾行をしたからな、犯罪者相手に。
「うん、そうだよ」
あ、有奈ぁ……もうお兄ちゃんのこと忘れてしまったのか?
「あれ? でもさほら、何年か前にさ。行方不明になった高校生いたよね? 有奈と同じ高校のさ」
「あ、そういえば。確か、その人の苗字って……」
そうだ! そのまま俺の話題を!! と思っていたが。
「私、そういう話題興味ないから。あ、ほら。カラオケ屋着いたよ。そんな昔話なんて止めて。歌っちゃおうよ!!」
「あ、待ってよ有奈!」
「置いてかないでよー!!」
なんてこった。俺の名前が出る前にカラオケ店に着いてしまった。さすがに、歌わないのにカラオケ店に入るのがあれだし。
いやだが……うーんどうしよう。
最低限の金しか持ってきていないし……だってほら? ちょっと探索してすぐ戻る予定だったから、そんな大金を財布に入れていないし。
入っていても、千円ポッきり。
「……仕方ない。家に帰って二人が戻るのを待とう」
その後、俺は昼食をハンバーガーで済ませもうしばらく情報収集に費やした。そんで、わかった。俺が感じていた違和感に。
どうやら、一年、ではなく地球ではもう四年近くも経っていたようだ。
だからだ。
有奈が俺の高校の制服を着ていたのは。ちなみに、俺の通っている学校は中高一貫であり、いずれ有奈は昼休みになると俺のところへやってきては一緒に食べようと……あぁ、思い出しただけでも頬が緩んでしまう。
それにしても四年も経っているとは……なんてこった。俺は一年だと思っていたのに。じゃあ、有奈が俺のことを忘れていても……あぁ、だからあの時有奈と一緒にいた女子高生も数年前って言っていたのか。
「はあ……この調子じゃ、俺のことを覚えている人なんていないんじゃ……」
若干、落ち込んだ気持ちでマンションに戻ってきた俺は頭を悩ませていた。
どうすればいい。
もし、このまま戻って有奈や舞香さんが帰ってきて、その時の反応が俺のことを忘れているような感じだったら……。
「ん?」
戻ってくると、視界に入ったのは……舞香さんの姿だった。
変わっていない。
四年が経っているということは、舞香さんはもう三十二歳のはずだ。それでも、まったく見た目が変わっていない。
いや、なんだかどこか儚げな雰囲気がある。俺が知っている舞香さんは元気な美人だったけど。
黒い髪の毛をポニーテールに束ね、灰色のジーンズと白いシャツ。そして赤い上着を身につけ、横目から見ても大きいとわかる豊満な胸。
手には買い物籠がある。どうやら、買い物帰りのようだ。
ど、どうする。
声をかけるか? いや、かけるべきだろう。俺達は家族なんだ。たとえ四年が経っていようとも……だ、大丈夫なはずだ。
「ま」
一瞬言葉が詰まるが、ここで臆していてはだめだと息を大きく吸う。
「舞香さん!!」
「え?」
振り向いた。
俺はその場で硬直したまま、舞香さんの反応を伺っている。や、やべぇ、すごく緊張している。魔物や魔帝と戦っていた時でもこんな緊張なかったのに。
心臓の鼓動が、すげぇ脈打っている。
「…………」
「…………」
見詰め合ったまま、静寂に包まれる。
車の走る音や風の音だけどが聞こえる中。舞香さんは震えだした。震えだし、口を右手で押さえ涙を流している。
「刃太郎……なの?」
舞香さんが名前を呼んだ瞬間、俺は嬉しさで満ちた。
そして、年甲斐もなく笑顔で首を縦に振る。
「そうだよ。俺だ……刃太郎だ。帰ってきたんだ……舞香さん!!」
「刃太郎……!!」
嬉しさのあまり舞香さんは買い物袋を落とし、俺に飛びついてきた。
それを俺は軽々と受け止め、力強く抱きしめる。
あぁ……やっぱり舞香さんは……温かいなぁ。この温もり……俺達を引き取ってくれた時も、そうだったけど安心する。
「ずっと……ずっと……! ずっと探していたのよ! どこに行っていたのよ……!! 馬鹿!!」
「ごめん。本当にごめん。ちょっと説明し辛い、事情に巻き込まれてさ……。連絡しようにも連絡できなかったんだ。だけど、もうそれは終わった」
「でも、ここにいるってことはもう終わったのよね? これからはずっと一緒なのよね?」
「もちろんだ。もう舞香さんを悲しませるようなことはしないよ。これからは、ずっと……一緒だ」
俺は一年。
しかし、舞香さんは四年。
俺とは比べ物にならないほど、俺のことを想ってくれていたんだ。このままずっと抱きしめていてもいい。四年間の想いを俺が全て受け止めてやるんだ。
「あら?」
「ん?」
しかしながら、そんなことを言っている場合じゃなかった。
隣の部屋から出てきたおばさん。
あれ? 俺が知っている限りあそこは若い男性が住んでいたはずじゃ……あ、まあ四年もあれば引越しとか色々あったんだろう。
でも、まずい。
見られた。
そして、あのにやにやした表情絶対勘違いしている。
「まあまあ。瀬川さん。もしかして、彼氏? お邪魔だったかしら」
「え? あ、いや違うんです! この子はその……!」
おばさんに言われて舞香さんは、反論するが離れようとしない。
俺はすでに、手を離しているが舞香さんが離してくれないのだ。
「いいのよぉ。恥ずかしがらなくても。瀬川さんもまだ三十代でしょ? 幸せを掴んじゃわないと!」
「だ、だから違うんです! この子は、む、息子っていうか、えっと、だから!」
舞香さん。とりあえず、離れないと誤解されたままっすよ。それからというもの。おばさんの大きな声を聞いてまた知らない人が現れ、勘違いをされ、ようやく離れ事情を説明した舞香さん。
これで三十代……舞香さんの慌てよう可愛かったな、正直。