第十九話「現れる帽子の少年」
『ご覧ください! 今、空軍が謎の空へと飛び立ちました! 突如として現れた謎の空。各国の科学者達も、不可解だ、まったくわからない、世界の終わりだ、と悲痛の叫びを上げているようです! 一体、世界はどうなってしまうのでしょうか?!』
今、世界がどんな状況なのか。
それをテレビやネットで調べていたのだが、案の定大騒ぎだ。
俺は、テレビを消して天宮家の一室にあるソファーと腰を下ろし、天井を見上げる。
「まだ、そこまで変わっていないってことは、まだニィ達が必死に戦っているってことだよな……」
次元の管理者が現れてから、もう二時間が経っている。
だが、彼女が目を覚ます様子はない。
いや、当たり前か。あれだけの傷を負っていたんだ。そう簡単には目覚めることはないだろう。彼女が目覚めるのが先か、ニィ達が……いや、そんな最悪なことを考えるのはやめるんだ。
だけど、今の俺に何ができる。
次元を渡ろうにも、俺にはその術が無い。唯一使えるロッサでさえ、ニィ達が戦っている次元。つまり、次元の管理者の住処に行くことはできない。
今の俺にできるのは、ニィ達の無事を祈るのと次元の管理者が早く目覚めるのを願うことだけ。
「……だめだ。落ち着かない。様子でも見に行くか」
と、次元の管理者が眠る部屋へと向かおうと立ち上がった刹那。
「お兄ちゃん!!」
「刃太郎さん!!」
学校にいるはずの有奈達が部屋を訪れた。
「お前達……学校は?」
「さすがに、この騒ぎだからまともに授業なんて行えないって」
「体育館に集合することになったんだけど」
「どうやら、私達三人は同じ考えだったらしくて。抜け出してきちゃいました」
そういう、ことか。まあでも、この騒ぎだ。体育館にずっといるはずがない。どこかに、避難するのも時間の問題だ。
それに、普通の場所よりもここのほうがいくらかはマシだろう。
「サシャーナさんから聞きました。ニィ達が、戦っているんですよね?」
真剣な、それでいてニィ達を心配している表情を見せる三人。俺は、リリーの問いに短くああっと答えた。そして、助けに行こうにもそこへは次元の管理者でなければ行けないことも。
俺達が今できるのは、ただただ待つだけ。
「今から、様子を見に行くところだったんだ。一緒に行くか?」
「うん」
その後、俺は有奈達と一緒に次元の管理者が眠る部屋へと向かった。部屋の前には、駿さんが立っており、俺達を見て一礼した。
「お見舞い、でございますね」
「はい。今、大丈夫ですか?」
「今は、サシャーナさんが付きっ切りで看病をしております。どうぞ、中へ」
駿さんがドアを開け、俺達は部屋へと入っていく。
中に入ると、すぐサシャーナさんが気づき、一礼。
「まだ目を覚ます様子はありません。ですが、イズミ様やクルス様の治療のおかげで傷のほうは治っています。なので、後は体力のほうが回復すれば、おそらく」
こうして見ると、普通の小さな女の子、だよな。
アイマスクも半分になっていたので、今は外されている。どうやら、サシャーナさんが直していた途中だったようだ。
そっと、彼女の前髪を撫でる。
熱っぽいな。呼吸も荒いし、これじゃあまだまだかかりそうだ。それに、もし奇跡的に目が覚めても力を使えるかどうか。
「なんて顔をしているのだ、貴様は」
「うるせぇよ。俺だって、どうしようもない時はこんな顔をするっての」
ボディーガードとして、サシャーナさんと共に一緒に部屋に居たロッサは、のん気に特大の肉まんを食べながら俺の顔を覗いてくる。
そう、俺だって万能じゃない。むしろ、できないことが多い。俺は、戦うことしかできない。戦って、誰かを救うことしかできない勇者だ。
でも、そんな戦うことですら今のところ何の役にも立っていない。
「……これでも食え」
俺を元気付けてくれているのか。食べかけの肉まんを渡してくるロッサ。
「まさか、魔帝に元気付けられるとはな」
「元気付けているわけではない。ただ、食えと言っているだけだ」
「……」
無言のまま、食いかけの肉まんを受け取り俺は齧り付く。
うまいな……。
「おい! なんか、変な奴が来よったぞ!!」
「変な奴?」
旋風丸の騒がしい声に俺達は振り返る。
すると、すぐその変な奴というのが視界に入った。
帽子を深々と被った少年。
風船ガムを膨らましながら、部屋に入って来た。
「久しぶり」
「貴様は……誰だ?」
「わ、忘れちゃったのロッサ!?」
「ほ、ほら。年末の時に、時が止まって」
ロッサの言葉に、苦笑しながら有奈とリリーが説明するとあーっと思い出したようだ。そう、現れたのは忘れもしない。
年末に地球の時を止め、ゲームを仕掛けてきたとんでもない奴。
今は、ニィ達の監視下に置かれていると聞いていたが……。
「どうしてあなたがここに。まさか、この騒ぎを利用して」
構えるサシャーナさん。が、帽子の少年ルーヴは違う違うと否定した後、風船ガムを紙に包み込み、眠っている次元の管理者に近づいていく。
俺は警戒心を高めるが、ルーヴに敵意がないことに気づきそれを解く。
「今、地球の神々が被害を最小限に抑えるため結界を張っている」
「地球の神々が?」
「僕は、ニィーテスタ達の監視下だけど、今そのご本人達は次元の狭間で戦っている。だから、盟約に従い僕は地球の神々達に従っている」
「貴様は、伝令役ということか」
「そんな感じかな。ニィーテスタ達が居る場所は、確かに次元の管理者の力でなければ簡単に行けない。それを知っていて君達は、ここで立ち往生をしているんだよね?」
「……ああ」
どうしようもないんだ。
助けに行こうと思っても、そこへいくための手段が無い。俺達の沈んだ表情を見て、ルーヴは笑い何もない空間から七色に輝く宝玉を取り出す。
「それは?」
「地球の神々が力を終結させ作り上げた次元の宝玉。これを使えば、ニィーテスタ達のところへといけるはずだよ」
それを聞き、俺達は目を見開く。
「それで、いけるのか?」
「ああ。これは、君達のために僕が持ってきた。何度も、地球の危機を救った君達に神々は全てを託した、てことだよ。さあ、どうする?」
どうする、か。そんな問いかけは何の意味もない。
俺は、その七色の宝玉に手を伸ばす。
「もちろん、行くに決まっている」
「まあ、そうだよね。……でも」
取ろうとしたが、ルーヴは遠ざけてしまう。
「君達が戦おうとしている奴は、数々の世界を破壊してきた存在。次元の覇者シュバイト。簡単に勝てる相手じゃない。あの神々が同時に挑んでいるのに、苦戦しているほどだ」
「世界を破壊してきた……」
「た、確かに神様達が連携して戦っているのに、苦戦しているってことは、とてつもなく強いってことだよね」
今までの敵とは格が違う、ということか。
「しかも、シュバイト自身も神だ。この意味、わかるか?」
つまり、俺達はこれから神を倒しに行くってことだ。どんな歴史でも、神に挑むのは。神を倒すのは、何かしら影響を確実に及ぼす。
俺も、ニィとは色々と競ってきたが、それは競技や遊び程度。
今から挑むのは本気の神への挑戦……。
「あまり、時間はないけど。少し考える時間をあげるよ。まあ、早めの決断を期待しているよ」
ルーヴが立ち去り、しばらくの静寂が部屋を包み込む。だが、それを破ったのは俺だった。
皆を見渡し、俺は。
「皆、聞いてくれ」
決断と共に、皆にとある提案をした。




