第十八話「何もできない」
「……まだ帰っていないのか」
当日になっても、ニィ達は帰ってきていなかった。
確かに、こんなことは前にもあった。
その時はまだ時間軸の違いがあったヴィスターラに戻っていたからだ。だが、今回は状況が状況だけに、当日になって何の連絡もない。
戻ってこないことが、心配になってきている。
舞香さんと有奈が出かけると俺は一人マンションのリビングのソファーに何もせずただただ座っている。いつもなら、隣にリフィルがゲームをしていて、ニィがエプロン姿でテーブルを拭いている。
一人でいるのは、こんなにも静かなものだったんだな……。
なんだか久しぶりだから、違和感があるな。
「刃太郎よ!! 遊びに来てやったぞ!!」
「わしも来たぞ!!」
「……まあ、いないよりマシか」
玄関から騒がしい二人の声に、ふっと小さく笑い出迎えに行く。
そこには、俺を付けねらう見た目だけ小さな少女達が立っていた。
「珍しいな遊びに来たなんて」
いつもなら、さあ! 勝負だ!! と来るのに。
「ふん。貴様が言ったのであろう。今の問題が片付けば、我と真剣勝負をしてくれると。それまで、仕方ないから貴様の遊び相手をしてやろうと思ってな」
「わしは、お主達の遊び相手じゃからな。当たり前に来てやったのじゃ」
無理に来なくても良いんだけど、今はよしとしよう。
丁度、今日はアルバイトが休みだし……いや。
「とはいえ、まだ終わったわけじゃない。気は抜くなよ?」
「わかっている。その辺りへの配慮は忘れてはいない」
「そうじゃ! 刃太郎よ! なぜ、わしを誘わなかったのじゃ!!」
そういえば、あの時旋風丸は一度自分が封印されていた森へと行っていたんだったな。もしかしたら、父さんに関するものがあるかもしれないってな。
だが、あったのは自分を封印していた札の切れ端
その後は、渡した金で自分が封印されていた間に生まれた食べ物や小物などを買って楽しんでいたようだ。念のため、問題を起こさないように御夜さんや響についていってもらったけど。
「いや、それは」
「わしも外国に行きたかったぞ!!!」
あ、そう。
「行きたいなら隣にいる奴に頼めばすぐ連れて行ってくるって。それよりも、早く上がれ。玄関先で騒がれると近所迷惑になるからな」
「こ、こ奴にじゃと……!」
「ふん。どうした? 頭を下げぬのか?」
旋風丸を軽く挑発しているロッサ。結局、旋風丸は最後まで頭を下げることなくとりあえず玄関から離れソファーに腰を下ろした。
なにかニュースになっているだろうかとテレビを点けたところ。
『皆さん! ご覧ください!! 先ほどまで満点の青空だったのが……まるでオーロラができたかのようです!!』
「……なんだこれ」
緊急ニュースのようだった。そこで、見慣れたニュースキャスターが色鮮やかなオーロラがかかっているかのような不思議な光景を背にしていた。
テレビから視線を離し、自分の目で外を見ると確かに空の色がおかしい。
「おお! どうなっておるのじゃ、これは!?」
「刃太郎よ」
「ああ。もしかして、これって」
次元の歪みが影響しているのか? だが、突然どうして。まだ次元ホールが開き、異世界人を誘うまでだったはずだ。
それが、いきなり全国ニュースになるほどの騒ぎに……。
ネットで調べてみたが、今の状況は地球半分まで広がっているようだ。テレビでも、ネットでも大騒ぎ状態。
「バルトロッサ! 今すぐ天宮家に!!」
「ふむ。よかろう」
「わしも行くぞ!!」
俺はすぐ保護した異世界人達の下へと向かった。もしかしたら、何かしらの影響が出ているかもしれない。ロッサの次元ホールで、天宮家へと向かった俺達。
「刃太郎様!」
「サシャーナさん!」
出迎えてくれたのはサシャーナさんだった。そして、その後ろからは俺達が保護した異世界人達も。
「お、おい! こりゃあどういうことなんだ!?」
「お空が、綺麗……」
「ちょっと飛んできてよろしいでしょうか?」
「いえ、だめですよ。あれは」
「クルスさん。あの空が何なのかわかるんですか?」
俺の問いかけに、クルスさんは真剣な表情で見詰めながら。
「一度だけ同じ現象を見たことがあるんです。あれは、こことは違う次元で神々が戦っている影響。戦いの余波で空間がおかしくなっているんだと思います」
こことは違う次元で、神々が……まさか。
『そう、です。今、次元の狭間で……彼女達が……あぐっ!?』
「お、おい!?」
突然、現れたのは次元の管理者だった。
だが、かなりボロボロだ。
アイマスクも片方だけなくなっており、姿が露になっている。俺の近くに現れたため、なんとか受け止めることができたが。
「サシャーナさん!! すぐに部屋の準備を!!」
「か、畏まりました!」
「傷の治療ならば、私が! 多少ですが治癒の力を持っています!!」
「お願いします、クルスさん」
外では、傷に響くだろうと体を揺らさないようにロッサの次元ホールで家の中へと移動をする。そして、その場に次元の管理者を仰向けにし、クルスさんは手をかざし治癒を始めた。
「話はサシャーナから聞いた。私も、治癒の力を持っている。手伝おう」
「お願い致します、イズミ様」
二階飛び降りたイズミさんも加わった。これで、一命は……。
「おい、俺にはさっぱりだ。なにが起こってやがるんだ?」
傷ついた次元の管理者を見て、不安がるティッタの頭を撫でながらベイクが問いかけてくる。
「おそらく、状況はかなり最悪だ。さっきも、クルスさんも言ったが今神々が別次元で戦っている。俺の仲間なんだが……昨日から何の連絡も無い」
「そして、そこに倒れている奴がその連絡が取れない神々と一緒に行動を共にしていたのだ」
ロッサの言葉に、ベイクは目を見開き治療を受けている次元の管理者を見詰める。
「じゃあ、こいつがボロボロの状態で現れたってことは」
「……それは、わからない。今、あっちでどんな状況なのかは。だが、あいつらは簡単にはやられない。俺はそう信じている」
「今すぐそこへと行くことはできぬのか? そ奴も次元ホールとやらを使えるのじゃろう?」
確かに、ロッサも次元ホールを使える。
だが。
「無理だ。次元の管理者たるそいつがいるところへは、次元の管理者の案内なしには辿り着けないと言っていた。おそらく、全盛期の我でも不可能だろうがな」
「つまり、そ奴が起きぬ限りわし等は何もできぬ、ということか……刃太郎よ。あの神々は」
そこまで言って、旋風丸は口を閉ざす。
おそらく、俺の表情を見て察したのだろう。俺が、誰よりもあいつらを心配していて、誰よりも助けに行きたいと思っているのを。
「お部屋の準備が整いました!!」
二階から響くサシャーナさんの声に俺は顔を上げる。
「わかりました。クルスさん、イズミさん。治療のほうは?」
「ああ。大体は終わった。続きは、部屋のベッドに運んでからにしよう」
「はい。じゃあ、俺が運びます」
と、俺が次元の管理者を抱きかかえると、イズミさんが肩に手を置き呟く。
「大丈夫か?」
「……大丈夫、です」
正直、大丈夫ではない。こうしている間にも、ニィ達は世界を護るために戦っている。
くそ、何が勇者だ。自分の世界が大変だっていうのに、大事な仲間達危ないっていうのに、何もできないなんて……!




