第六話「異世界と地球」
あれから、俺は二人との接し方を変えた……わけでもなく。普段通り接している。そのほうがあっちも接しやすいと思うし。
まあ、あっちはあの話し合い以降ちょっと接し方が変わったかな。例えば華燐は、霊能力と魔法という違いがあれど、不思議な力を持っている同士仲良くしていきたいと前よりは柔らかくなったかな?
失礼かもしれないけど。前は、ちょっと避けぎみだったというか。ある一定の距離を空けていたような気がしたんだ。
それが、あの話し合いを得て少しだが縮まった。
リリーはというと……うん。前とあまり変わってないかもしれない。いやちょっとは積極的になった、かなぁ?
「で、有奈は相変わらず悪い子を演じ続けていると。うーん、どうしたらいいかなぁ」
あれ以来、ちょっとガードが硬くなったような気がする。無理もない。あの二人に結構過去を話されたからな。そう簡単には、更正しないぞ! という意思を感じた目だった。
いやー、実に可愛かったなぁ。
「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞー」
あの時の有奈を思い出しつつ俺は牛丼屋へと入っていく。
そしてなにも考えず空いている席に座った。で、何となく隣へ視線を向けると。
「……」
「あっ」
そこに座っていたのは、松田光太。ロッサの世話をしている男だった。
やばい……なんてところに座ってしまったんだ。
しかし、会いたくない相手だからと言って、すぐに席を立つのは……。
「ご注文がお決まりになりましたらボタンを押してください」
そんな事を考えていると、店員さんが来てしまった。
「あっ、じゃあお願いします。えーっと、チーズ牛丼の並で」
「チーズ牛丼の並ですね。畏まりました。オーダー入りまーす」
それから沈黙。
俺は、ただただスマホをいじっている。
「お待たせしました。チーズ牛丼の並です」
すぐにチーズ牛丼はきた。俺は、箸を取りさっそく食べようとしたところで動き出した。
「おいお前」
「……なんでしょうか?」
ここはあくまで目上の人から話しかけられたという反応で返す。
「お前、バルトロッサ様とどういう関係なんだ?」
やっぱりそっちの話かー。
さて、どう答えたものか。下手なことは絶対言えない。もし、下手なことを言えばこいつの逆鱗に触れるだろうからな。
「あいつとは」
「あいつ?!」
「……ロッサとは」
「ロッサ?!」
こいつは手強い。突然叫びだしたことで周りにいた店員や客はこちらに視線を向けている。俺は、苦笑いしつつこいつとの会話を続けた。
「バルトロッサとは、敵同士。それ以上でもそれ以下でもないです」
「本当なんだろうな?」
まあ確かに最近は有奈のことで手伝ってもらっているけどさ。ただ、それは俺があいつに勝って、従わせているだけなんだ。
特別の仲って言えば特別だけど。
「嘘は言ってません」
「……そうか」
よし。これでやっとチーズ牛丼が食べれる。
「刃太郎よ。ここにいたのか。探したぞ!」
お前はなんてタイミングで現れるんだー!
ほっと安堵したところに、空気を読まず魔帝ちゃんが現れた。当然、光太は自分ではなく俺のことを探し、俺のことを呼んだので相当ショックを受けているようだ。
しかも、光太を無視して真っ直ぐ俺のほうへ向かってくる。
「ほう。チーズ牛丼か。店員! 我も一緒のを頼む!」
「チーズ牛丼の並でよろしいでしょうか?」
店員は、ロッサの言動をそこまで気にしておらずそのまま対応している。
「うむ。それでいい」
などと言ってなぜか俺の隣に座る。
「それでいいじゃねぇよ。なんでこのタイミングできた?」
逆隣にいる光太に気を付けつつ、小声でロッサに喋りかける。
現在、奴は放心状態にある。
「なにを小声で言っている。もう少し大きな声で言わぬか」
「……俺の右隣にご注目ください」
「光太がどうかしたのか?」
刹那。
名前を呼ばれたからなのか。光太は、ハッと意識を取り戻す。どうやら、気付いていなかったわけじゃないようだ。
ただ、無視していただけということか。
「バルトロッサ様! こいつと一緒に食事なんてしては!」
「心配するな、光太よ。我と刃太郎はもう何度も共に食事をした仲だ」
「なん……ども……」
あーあ。また放心してしまったよ、この人。すごくめんどくさいなぁ、まったく。
「しかし、それもこいつを油断させるため。別に仲良くなるためではない。我とこいつは宿敵同士なのだからな」
残念ながらもう聞こえてなさそうだぞ、ロッサさんよ。そういうのは、先に言わないと勘違いというのが起こるんだ。まあ、こいつに言っても無理だろうけど。
「お待たせしました。チーズ牛丼の並です。ごゆっくりどうぞ」
そうこうしている間に、ロッサのチーズ牛丼が来てしまった。俺はまだ半分も食べていない。
「うむ。では、いただくとしよう」
ご丁寧に、手を合わせてから食べる魔帝。箸使いも、かなりうまくなったようで……。
その後、自力で再び意識を取り戻した光太だったが、俺はもう会計まで済ませていたので、逃げるように店から出ていく。
「む? 逃がさぬぞ!」
まるで、ドラマのような感覚で牛丼代をその場に置き、俺を追いかけてくるロッサ。
「追いかけてくるんじゃねぇ! お前は、部下と一緒にいろ!!」
「ふははははっ! 誰が、そのような命令を聞くか!」
いや、マジで一緒にいてやれって……。
「ば、バルトロッサ様ぁ!」
「お客様! まだお会計が済んでませんよ!」
哀れなり松田光太。お前の忠誠心は本物だと思うが……今の魔帝は俺に勝つまで追い続けるという信念に加え、おそらく地球に毒されてしまったせいで変わった。
あの頃の魔帝はもう……なんかすまん。
・・・☆・・・
「うぅ……わかんなーい!! やっぱり、勉強苦手ー!!」
リリーと華燐は、学校が違えど有奈と一緒にテスト勉強をしていた。夏休み前のテスト勉強。これで赤点を取ってしまうと、夏休みが大半無くなってしまう。
そんなのは嫌だ。
リリーは、必死になってテスト勉強をしているが……昔から勉強が苦手だった彼女にとっては、試練だ。
「頑張りなさいよ。今年の夏は、刃太郎さんと思い出作りするんでしょ?」
「もちろん! 夏休みの間に、猛アタックして一杯思い出を作るんだから!! 一緒に海に行って! 一緒に夏祭りに行って!! 一緒に……ひ、一夏の……えへへ」
これはかなりの重症だ。
妄想が暴走して、だらしないほどに顔がゆるゆるになっている。このままでは、勉強が進まない。
「でも、赤点を取ったら」
「ハッ!? そ、そうだ。そんな思い出作りも赤点という悪魔が全て奪い取っていくんだ……!」
よかった。有奈の一言で、リリーは正気を取り戻したようだ。
「有奈も、思い出。作りたいよね?」
「え? な、なんのこと?」
突如として、矛先が有奈に向けられた。
油断していた有奈は、綺麗に書いていた文字に明らかな乱れが。
動揺している証拠だ。
「だって、四年ぶりなんでしょ? たくさん、思い出を作りたいって思わないの?」
「そうだよ! 今年の夏は一味も二味も違う! 刃太郎さんがいるから!!」
バン! とテーブルを叩くリリー。
が、すぐ華燐に抑え込まれ静かになる。
「まあ……作りたい、かな……」
「お? 今日は素直だね」
「ちょ、ちょっとだけ更正したから。ちょっとだけだけど……」
それでも、今までの有奈からしたら良いほうだ。この調子で素直になってくれれば、と華燐は小さく笑う。
「さーて。それじゃあ、夏休み前のテスト。なんとしても、赤点を取らないようにしないとね。特に、リリー」
「が、頑張る!! だから、何卒教えくだせー! 先生方!!」
と、本気でお願いするリリーを見て、有奈と華燐はしょうがないなーっと苦笑した。
夏休み……うっ!? 頭が……!
色んな意味で頭痛が……。




