第五話「威田兄妹」
「この辺りは、かなり異質だね」
有奈が、そういうのも当たり前だ。
もうすぐ二月になるとはいえ、まだ冬。
しかも、山の中だ。
かなり北側に来ているので、尚更雪が積もっているはずなのだ。ここに来る途中もそれはもう、一面の雪景色を堪能してきたばかりだ。
それなのに、俺達が現在通っている山には、雪が無い。いや、この山だけに雪が積もっていないと言うのが正しいか。
その原因は、この先に封印されている奴だろうな。
「長靴を履いてきたけど、無駄だった見たいだな」
てっきり雪がかなり積もっていると思っていたからな。とはいえ、普通の靴も持ってきているから問題は無い。
「……結界か」
山を登って、二十分ほどが経ち、強力な結界が張られている場所へと辿り着く。わかる。ここからでも、見えるんだ。
かなり開けた空間があり、その奥に祠のようなものがあるのが。そこから、黒い靄のようなものが漏れ出している。
「辿り着いたようじゃな。ここまで近づくと奴の怨念がひしひしと肌で感じられる」
「だけど、臆してなんていられない。それに、ここには俺達の父さん達が来た可能性が高いからな」
それに、封印が解けそうになっているなら、俺が倒す。
これ以上被害が広がらないうちに。
道端で拾った粘土で作られた剣を、ポケットに仕舞い俺は足を進ませる。
だが、通せん坊するように一人の老人が現れた。
「よしなさい。この先には行ってはならん」
「……おじいさん。もしかして、威田一族の生き残りか?」
「なぜそのことを。もしや、お前さんは」
ほぼ閉じているのではないかと思うほど細かった眼がはっきりを開き、俺達のことを見つめる老人。俺はああっと短く頷き、有奈は俺の隣に移動してきた。
「俺達も、威田の血を受け継いでいる。刀児って名前に聞き覚えは無いか?
「お前さん、刀児の息子なのか?」
どうやら、知っているようだな。それにも、俺は短く頷く。
「俺は、この先の封印されている奴を倒しに来た。威田の生き残りとして。二百年の因縁に決着をつけにきたんだ」
「……無理だ。確かに、お前さんから感じられる力は凄まじいものだ。だが、今の奴は長年。いや、二度も封印され相当苛立っている」
「二度って。その二度目の封印をしたのって、もしかして」
と、有奈の問いかけに、老人は頷き語り続ける。
「お前さん達の父親。刀児だ。奴は、十年ほど前にここを訪れ、次元封印の札で二度目の封印に成功したのだ。だが……すでに瀕死だった刀児の力では、限界があった。そして、余計に奴の怒りを買うだけだった」
老人は、結界の奥にある祠を見詰め、肩を落とす。
やっぱり、父さんはここに来ていたんだな。
その事実を知った俺達は、老人に優しく微笑みかける。
「大丈夫です。私達は、負けません」
「なに?」
「その通りだ。おじいさん。俺達は……絶対負けない。そして、絶対そいつを倒す」
父さんのためにも、威田のためにも。
そして、俺は結界に近づき、人差し指で触れる。
「なっ!? 結界をそんな容易く……!」
「有奈。行くぞ」
「うん」
「おい、わしを忘れるではない!」
「お前は、そこで見ていろ。ここからは、俺達威田の問題だ」
ついてくる旋風丸に待っていろと言うが、それでも旋風丸は言うことを聞かなかった。それどころか、関係なくは無いと言い出す。
「わしはが倒すはずだった相手を倒されたのじゃ。わしは、怒っておる! じゃが、勘違いをするでないぞ? 別に刀児のためではない。ただ、戦う相手を奪われ個人的に怒っているだけなのじゃ!!」
「……素直になればいいものを」
「な、なんじゃと!」
「ま、まあまあ」
これから決戦時だというのに、緊張感のない空気で俺達は祠に近づいていく。すると、待っていた! とばかりに一気に次元封印の札が弾ける。
そして、祠からは塞き止めらた水が一気に噴出すかのように黒い靄が辺り一面に広がった。それは、徐々に人の形になり、目の前に現れたのは着物姿の女性だった。
白く長い髪の毛、赤い瞳に、更に真っ白な着物。
くすくすと笑い俺達を見詰めている。
「威田。威田の匂いがします。そこのお二方。威田の一族ですね? ですが、その隣にいる小娘。そなたはわらわ達と同じ妖怪ではありませんか」
「うむ。まさしく! わしは、旋風天狗の旋風丸じゃ! おぬしがこの辺り一帯を住みかとしていた妖怪じゃな? 名をなんと申す!」
「あらあら。お元気なことで。わらわは、白尾妖怪の仙姫と申します。それで、そちらは?」
「刃太郎と有奈だ。……ひとつ聞いておく。お前、刀児って名前の男を知っているな?」
「あぁ、知っていますよ。刀児……ええ、知っています。一人でわらわに挑んできた勇ましい威田の生き残り! あの時のことはよーく! 覚えております。あぁ……楽しかったですねぇ。あの時の彼は滑稽でした」
「滑稽、だと?」
その言葉に、俺はもちろんのこと有奈も旋風丸も眉を吊り上げる。楽しそうに、懐かしそうに語る仙姫は徐々に妖力を高めていき、声音も大きくなっていく。
「ええ! 滑稽の一言ですよ! なにせ、何の力のない人間と一緒だったのですから! 考えなかったのですかねぇ。それが自分の枷となると」
「そ、そいつはお前達の母親に憑依し、刀児を苦しめておったのだ!! き、気をつけるんだ!!」
老人の言葉に、反応し仙姫は自らの体をまるで幽霊のように幽体化させる。
「そう! こうして、人間に憑依しあの男が無抵抗になったところで憑依した人間で滅多打ちにしてやったんですよ!! さあ、お前達もそうしてあげます!!」
叫び、真っ直ぐ有奈へと向かっていく仙姫。
危ないと老人は、少ない霊力を高めるが。
「……我が身を護れ」
「なっ、なにぃ!?」
有奈は焦ることなく、冷静に神力を開放。そして、聖鎧により仙姫の憑依を阻害した。予想外の出来事に、予想外の力に老人はもちろんのこと仙姫も旋風丸も驚愕。
だが、俺は余裕の笑みを浮かべつつも、元の姿に戻る仙姫を睨んだ。
「お父さんの、お母さんの命をあなたが奪ったの?」
静かに怒る有奈の言葉に、臆しながらも仙姫はまだ余裕だと笑って見せた。
「そ、そうです! 無様でしたよ。あの人間達は。ですが、まさか次元封印の札を持っていたとは思いませんでした……しかも、男のほうはかなりしつこく。あれだけ体を」
「もういい」
「はい?」
「もういいって言ってるの。お兄ちゃん、私ここまで怒るのなんて初めてだよ。それに今は力がある。だから」
「ああ。お前なら心配はいらないだろうけど。もしもの時は、俺が止めてやる。……旋風丸。下がっていろ」
俺達は、静かに旋風丸から離れていく。旋風丸自身も、俺達の威圧と怒りを感じ、素直に下がってくれた。
有奈のこんなにも怒っている姿は、俺も初めて見た。有奈は、怒るにしても優しい一面があるためそこまで怖くない。
けど、今は違う。父さんを、母さんを殺され、更に神力のせいか威圧感が桁違いだ。
「おい、仙姫」
「な、なんです?」
「ここからは、マジで倒しにいくぞ。言っておくが、俺達は優しくねぇからな!」
そして、俺は剣を取り出し、第三までの魔力を一気に開放させた。




