外伝~先に言っておく~
というわけで、外伝開始です。
これは、刃太郎達が知らないバルトロッサの物語。数話程度で終わる予定ですが、楽しんで頂けると嬉しいです。
「朝だ!!」
がばっと勢いよく布団から飛び起きる銀髪の少女。
血のように真っ赤に染まった瞳を輝かせ、髪の毛をツインテールに結び、パジャマを脱ぎ捨て、私服へと着替える。
台所では、同居人であり、養ってくれている男性が味噌汁を作っているようだ。
「光汰よ! 朝飯はまだか!」
「丁度いいタイミングでできました、バルトロッサ様」
彼女の名は、バルトロッサ。またの名をロッサという。
本来は、異世界で世界を侵略せんと奮闘していた魔族の頂点だったのだが。勇者である威田刃太郎により、それを阻止され、一度命を落とした。
生前が男性だったのが、転生の術を、やられる直前でやったため性別が女に。力も、格段に落ちてしまっているが、 バルトロッサはそこまで気にはしていなかった。
「うむ。今日も、味噌汁の良き匂いが、我の食欲をそそる。ヴィスターラにも、味噌汁があればよかったものを……」
「地球の食べ物は、魔界やヴィスターラにいた我々では考えられないものばかりですからね」
エプロン姿のまま味噌汁が入った器をテーブルに置く男の名は、松田光太。今でこそ、一般なサラリーマンであるが、昔は魔族であり、バルトロッサの部下だったのだ。
バルトロッサが、こんな姿になっても彼は敬い続けている。いや、むしろ今の姿のほうが昔よりも敬い方が倍になっているだろうか。
いやむしろ、敬っているというよりは……。
「おかわりだ!」
「はい、おかわりですね」
バルトロッサは、よく食べる。
通常の人の倍、三倍、四倍……ともかく、よく食べるのだ。その食べる姿は、見ている側からすればとても幸せそうに見え、こちらも何かを食べたくなる。
毎朝、軽く米三合は食べ、すぐに出かける。
バルトロッサが、部屋に篭ることはかなり稀なことで、大体は外を出歩いている。
「バルトロッサ様。お昼代とおやつ代を補充しておきました。あ、それと今日は少し遅くなると思いますので」
「うむ。了解した。では、我は行く! 貴様も、仕事に励め!!」
「はっ!!」
二人が住んでいるマンションは、かなり格安なところ。
元々は、光太が家賃にあまり金をかけたくないと探しに探し、選んだところ。ただ働いては、帰ってのつまらない日常を繰り返していた光太だったが、今ではバルトロッサと一緒に住んでいる。
それだけで、彼の日常は大きく変わったのだ。
今日も、いつも以上に気合いが入り、会社へと向かうことだろう。
「今日は少し遠い場所に行ってみるか」
光太と別れたバルトロッサは、人気の無いところで次元ホールを発動させる。毎日を同じところで過ごさず、彼女は次元ホールで色んなところへと遠出をしている。
「……ここは、森か」
一度行ったところならば、いつでも行くことができる。しかし、ランダムに別の場所に繋ぐことで、バルトロッサは毎日を楽しんでいた。
今回は、どうやら森の中に繋がったようだ。
「特に何もない森だな。つまらん」
しばらく森を歩き、何もないことにはあっとため息を漏らす。人の気配もまったくしない。動物のような気配はいくつか感じられるが、それだけ。
どうやら、相当な田舎の森へとやってきてしまったようだ。
長居は無用。
次に行くか、と次元ホールを発動させようとした刹那。
「む? この気配は……」
ここから約三キロ地点から、人の気配。そして、大きな力を感じ取った。
「くっくっく」
無駄ではなかった。そう思ったバルトロッサは、気配を感じたところまで次元ホールを繋げ、移動。
辿り着いた先で見たものは……。
「くっ!」
「お姉ちゃん! しっかりして! お姉ちゃん!?」
怪我を負った少女と、それを心配している少女だけだった。どうやら、大きな力はすぐこの場から立ち去ってしまったらしい。
喜びに浸っておらず、すぐに行けばよかったと思いつつバルトロッサは二人の少女に近づいていく。
それに気づいた少女達は、警戒心を高める。
「だ、誰ですか!?」
と、栗色のストレートヘアーの少女を庇いながら、サイドポニーの少女が叫ぶ。
「通りすがりの魔帝だ」
「魔、帝?」
「小娘ども。ここにいたはずの邪悪で大きな力はどこに行った?」
バルトロッサが確認できる範囲には、いない。
まさか、自分と同じように次元移動を?
「小娘どもって……私と歳が近いように見えるんですが」
「言っておくが、我は人間ではない。貴様らと一緒にしてもらっては困る」
「やっぱり、人間じゃないのね! は、葉月! 下がって!」
「だ、だめだよお姉ちゃん! そんな体じゃ……! こ、ここは私が!!」
「それこそ、だめよ! あなたじゃ……!」
なにやら、バルトロッサを敵と判断している模様。
確かに間違っては居ない。
だが、今のバルトロッサには盟約。いや、約束がある。それが、ある限り人を襲うことはできないのだ。魔族としてはもどかしいことだが、自分で言ったことは決して曲げないと決めている。
「勘違いをするな、小娘ども。我は貴様らの命など、欲しくはないわ。それに、我は聞いた。ここに先ほどまで居たはずの邪悪で大きな力はどこへ行ったのかと」
「そんなこと、信じるわけ……!」
格好を見る限り、この日本に居る霊能力者、それか陰陽師の類だろう。知り合いに、似たような存在がいるためすぐに理解できた。
おそらく、この二人は戦っていたのだろうが、簡単に返り討ちに遭い、姉のほうは怪我を負った。
「別に信じずともよい。我は、ただ居場所を聞いているだけだ。……しかし、答えぬというのなら仕方あるまい。自分で探すとするか」
そう言って、少女達の横を横切ろうとする。
だがしかし。
「ま、待ってください!」
「なんだ?」
妹のほう。葉月が、バルトロッサの腕を掴み歩みを止めさせた。
「あの……敵じゃ、ないのなら。その、協力して頂けないでしょうか!!」
「葉月……!? あなた、何を……くっ!?」
妹の発言に、反論をしようとしたが怪我で言葉が続かない。
「協力だと? この我に言っているのか?」
そんなもの、聞くわけがない。
何を馬鹿なことを言っているんだ、とバルトロッサはずっと腕を掴んだままの葉月を見詰める。
「お願い、します。このままじゃ……このままじゃ、私達の村は。ううん、村だけじゃない。被害は更にひどくなるかもなんです……! お願いです! さ、探すのは得意なんです! だからその……」
「……先に言っておく」
「は、はい」
びくびくしている葉月に対し、バルトロッサは。
「我が、貴様らに協力をするのではない。貴様らが我に協力をするのだ」
「そ、それじゃ……!」
「まずは、話を聞かせよ。我が戦うべき、相手のことをな」




